朗読
2.朗読
父親が帰宅すると、ミツコの声が聞こえた。
「ねぇ、次はこの本ね。」
どうやらミツコは祖母の部屋に居るらしい。
父親が「ただいま」と言いながら祖母の部屋をのぞくと、新聞を読んでいる祖母の脇に
絵本を持ってミツコが座っている。
「むかしむかし…お父さんお帰りなさい。」
「お帰り」
「ただいま、ミツコはもう字が読めるんだ。」
「うん、日本語だけね。」と言いながら絵本を持って、立ち上がる。
「駄目よ、ミツコ。お父さんも早く手を洗ってうがいをして。」
ミツコは、父親に抱き上げられるのが大好きなのだが、このところ風邪が流行りはじめたので、神経質になっている祖母がミツコを制止する。
ミツコは座り直しながら「お父さん、早く手を洗ってきてね。それで顔も洗うんだよ。」
「おう、すぐに洗ってくるよ。」
「ちゃんとガラガラが聞こえないとダメなんだよ。私いつもお祖母ちゃんに言われるの。それでね。終わったらすぐに来てね。」
父親は大急ぎで洗面所に行き、うがいをして顔を洗う。
タオルで顔を拭いているところに、絵本を片付けたミツコが近づいて両手を差し出す。
ミツコを抱き上げながら「あれ、絵本はもういいの?」
「うん」
「あなた、お帰りなさい。」
対面式のキッチンで夕食の準備をしている母親は、一瞬顔をあげただけですぐに手元に視線をもどす。
父親は、兄が国語の教科書を朗読をしている食卓に近づきミツコを下すが、ミツコは当然のように椅子に座った父親の膝に乗ってくる。
祖母は「あらためて、お帰り。」と言いながら父親と自分にお茶を淹れ、湯呑を差し出す。
「ミツコがもう本を読めるとは知らなかったよ。」
「うん、そうだよ。」と自慢げに言うミツコに、祖母も「今日はだいぶ絵本を読んでくれたよ。」とニコニコしながらお茶を飲む。
ちょうど朗読が終わった兄が「じゃあ、これよんでみて」と教科書の文を指し示すが、ミツコはそれを一瞥して「私は日本語しか読めない」と言う。
兄は「これも日本語だよ。」と自慢げに言うので、手元を覗き込むとカタカナが書いてある。
「私の知っている日本語じゃない。お兄ちゃんの意地悪!」と言いながら、父親の膝から身を乗り出して兄を叩くと、兄は「参った、参った、降参」と言いながら教科書を仕舞いに行く。
「そういえば、今日ミツコと散歩をしていたら佐藤さんにお会いしてね。少し話し込んでいた時にちょうどお兄ちゃんが帰ってきてね。」
「それで?」
「ミツコが小母ちゃんにクイズを出したの。」
「私ね『問題! 私とお兄ちゃんと どっちが強い?』って訊いたの。お父さんどっちが強いか分かる。」
「それはお兄ちゃんだろ。」
「違うもん。強いのは私だもん。いつだってお兄ちゃんは『降参』って言って逃げていくでしょ。」
「そうだね。」
「でしょ、強いのは私だよね。そしたら小母さんは『優しいお兄ちゃんだね』って言ったんだよ。いつも意地悪するのに。」