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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第三章 腹黒王子の錬金術
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王の四 悪魔

 血臭が城の外を、濃く生々しく這い回っている。

 それに誘われた獣の遠吠えが闇を裂き、黒塗りの空に蝙蝠が舞う夜──


 その日は、月の冴える夜でもあった。


 新法が定められてから今日で一週間。

 ぽつりと建つ城は相変わらずの小ささだったが、その雰囲気のせいもあってか、巨大な化け物の城のような、不気味な威圧感を醸し出していた。


 足しげく機嫌をうかがいに来ていた貴族すら、訪問がぱったりと絶えて久しい。

 甘言の見返りに刃が落ちて来ると、そんな噂が飛び交ったからだ。


「恐怖ってのはな、見える場所で少し見せつけるだけでいいんだ。一つ見せれば後は人々が勝手に脚色をつけて、一の恐怖を十にも百にもしてくれる」


 そうすれば周知の手間もかからない。それが、公開処刑を決めたウォルゼーの言い分だった。

 実際、死刑は城の回りを中心に数回だけ行われ、地方ではほとんど行われなかったが、それでも噂に後押しされるよう、地方の犯罪までもが一気に減った。


 新法を悪法とみなし、城へと殴りこむ者がいる一方、貧民として一生を終えるよりはと国の駒に志願し、金銭と引き換えにその手を血に染めた者も無数。


 ──国民同士の殺し合い。


 それは、この国の歴史上、最も人倫にもとる日々だった。



[*]



「苦労したと言うわりには容赦ないな」


 死体はとうに片付けられていたが、恐ろしく静かな夜が、処刑の恐怖を物語っている。

 そんな中でセライヴァと向き合い、背側の窓から入る風を浴び、ウォルゼーはニヤニヤと笑っていた。


「苦労したからだよ。だって本当に殺したのは、公開処刑にした数人だけだぜ? 噂じゃ何百人も殺された事になってるけどな、おれはそんなに殺してねえ。恋人に愛想つかされた奴とか、普通に山で獣に食われた奴の家族なんかが、勝手に『国に殺された』と言って回っているだけだ。まあ、そうすりゃ本人達は同情してもらえるし、その話を真に受けた阿呆が犯罪に手を染めなくなるしで、おれとしては手間が省けていいんだがね」

「阿呆、か」

「ああ、阿呆さ。阿呆の作り話を、阿呆が信じ込んでいるだけだ。なかなか面白い喜劇だろう? おれはなーんも頼んでねえのに、国に逆らうとろくな事にならねえって印象だけが一人歩きして行くんだぜ。まあ、この恐怖に民が慣れちまう前に、舵を切る方向は変えなきゃならねえがな」


 どうよ? と喉を鳴らすウォルゼーの顔へと闇が落ちる。

 月光を背負い、影を床に伸ばすその肩が、愉悦でかすかに震えていた。


「のしあがる度胸も根性もねえ奴が、半端に知恵を付けるから不満で動きが取れなくなるのさ。本当に幸せになりたけりゃ、余計な事を考えずに生きるか、どうにかする方法を考えるかだ。努力もあきらめも選べねえ奴が、不幸ってやつを手にするんだよ。そうした連中は声こそでけえが、じゃあ不満をどうにかするために何かするかと言えば、大半が努力もしねえ」


 そう語るウォルゼーの隣には品々の山。

 その全てが、死刑にした者の所持品から漁って来た物だった。


「まあ、そうした不満だらけの連中におれは何の恩もないからな。そう言う奴にまで恩を感じ、大事にしようっていう、お優しい王子様はもう国外だ」


 窓の外に視線を馳せても、延々と続くのは無明の夜。

 その遥か向こうに本物の王子であるジニーがいるのだろう。詐欺師のウォルゼーを善人だと信じて。


「道化」

「うん?」

「使える民を育てると言ったな。そんな事で育つのか? 往々にして民は勝手なものだ。甘やかせばつけあがる、脅せば逃げるか牙をむく。だから使い捨てて行くのが一番賢い」


 使い捨て、ほとぼりがさめた頃に再び刈り取れば良い。

 そう、草でも刈るように言うセライヴァに、ウォルゼーがひょいと肩をすくめた。


「その力がありゃあな。だが力をつける前にうまく刈り取るのも手間なもんだ。おれは面倒な事はしたくねえ。勝手に民同士で敵視し合い、バカが死ぬぐれえがちょうどいい。全てを束ねるのはもう少し後だ、今じゃねえ」


 言って、からからと笑ったウォルゼーが、集めた遺品の前に座り込む。

 そこにあるのは山積みの指輪、首飾り、腕輪、小箱、そして数え切れない程の硬貨。


 がさごそとそれらの品を漁るウォルゼーの姿が、壁に影となって映り込む。

 その様子に嫌悪の目を向け、セライヴァは言葉を吐き捨てた。


「最悪だ」

「ん?」

「貴様と話していると、薄汚い悪魔と話している気になって来る。……耳が腐りそうだ」


 主たるベルザは残忍だ。民からすれば悪逆の限りを尽くす彼女も、その被害者を装うウォルゼーも、どちらも悪魔に他ならないだろう。

 けれどもベルザに比べ、ウォルゼーのやり口はひどく汚い。

 糖蜜に濡れた蜘蛛の糸をたぐって、にたにたと笑う化物のようだとセライヴァは思った。

 そのウォルゼーはと言えば、変わらぬ笑みを浮かべているばかり。


「悪魔じゃねえよ、薄汚ねえ肥溜めの乞食だ」

「それを、平然と言う辺りも気にいらん」


 ウォルゼーの内心が見えぬ辺りが、ことさらに薄気味悪くて仕方がない。


「貴様は妙な男だ、王ではない……だが、民でもない」


 少なくてもセライヴァの知る「王族」とは印象が違い過ぎる。

 ここに来るまでに、様々な王を殺して来たが、ウォルゼーはそのどれとも違う。


 例えば、派手な言い回しで民心を鼓舞していた王を屠った時は、先導者を奪われた国民が大いに嘆き、喪に服し、後を追うように自害した。

 また別の時は、独善による粛清で民の反感を買っていた王をも屠った。

 この時はベルザ達が民に大いに感謝されたのだが、その後、独裁者が変わったに過ぎない事に気付いた民が謀反を起こし、結果として側近達に虐殺された。


 かくして流れ着く先々で思うがままに破壊を振りまいて来たと言うのに、この道化だけはなかなか、主の反感を買わないのだ。

 滅ぼすに価する一面を見せないと言うか、いつになっても本当の「王」になろうとしない辺りが、ベルザの嗜虐心をうまい具合に空回りさせてしまうのだろう。

 セライヴァがいくら挑発しても、脅しても、ウォルゼーは飄々(ひょうひょう)と知略を巡らせる事をやめようとしない。

 おかげで、実に扱いにくい相手だとセライヴァが自覚するまでに、それほどの日数はいらなかった。


「貴様の考えは、本当にわからん。どうにも、とらえどころが無さすぎる」


 乞食として上流層を憎んでいるのなら徹底して貴族を殺しただろうし、出自に対して卑屈になっていたのだとすれば、見下された瞬間に激昂しそうなもの。

 それなのに、冷静に国の在り方を変えていく様子や、奇術師めいたその手法は──

 平等にて慈愛の象徴であると言うこの国の神に、じわじわと反旗をひるがえす魔性のように思えてしかたなかったのだ。どこか。

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