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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第二章 帰省
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民の一 帰省(2)

 そして今。


「にぎぎ……」

「もう、あきらめたら?」


 疲れた手足をほぐすマイニーの隣で、干し肉相手にシャンが奮闘していた。

 いぶした肉の香ばしさがこれでもかと食欲をそそるのに、なかなかうまくちぎれないという情けない状況だ。

 ベンと別れてから今まで、かれこれ数十分は頑張っているシャンを見て、マイニーがあきれた顔をする。


「切ってもらえば良かったのに……」

「うるせ、おいらを甘く見んなっ!」


 同じ男だ、おいらに食いちぎれないはずがあるか! と改めて干し肉に宣戦布告をつきつけるシャンに、マイニーが肩を落とす。


「ほんと、言い出したら聞かないんだから……」


 強情なんだから、と眉をひそめ、皮袋から出した豆を口に入れる。

 それから、うんと伸びをして体をほぐし、マイニーはシャンに笑いかけた。


「ねえ、シャン」

「かってえなあ、くそ。石かよ、このやろ」

「ねえってば。どうしても欲しい物って何だったの?」

「へっ?」

「だから、どうしても欲しい物」


 言ってたじゃない、とマイニーが身を乗り出す。

 途端に、シャンがぽろりと干し肉を落とした。


「な、何だよいきなり。やぶからぼうに」

「別にいいじゃない。もう、あきらめたんでしょ? その欲しい物とやらを手に入れるの。だったら、もう教えてくれてもいいじゃない」


 ねえ、と額を寄せるマイニーに、シャンがぐっと言葉に詰まる。

 それから拾った干し肉を口まで運び、なぜか食べずにまた下ろし、恨みがましい目でマイニーを見て、シャンはふてくされた表情で口を開いた。


「お前だけだぞ、教えるの」

「う、うん」

「ほ、他に絶対に言うなよ! おいらだって似合わねえと思ってるんだからな!」

「言わないってば」


 まあ、あきらめた事を聞き出されるのって微妙な気分よね。

 そう思って耳を澄ましていると、消え入りそうな声でシャンがつぶやいた。


「あんただ」

「……」

「……」

「……どうして?」


 思わず聞き返したマイニーの前で、ぼっとシャンが耳まで赤くなる。


「ど、どうしてってそりゃあ! その……ずっと前に王妃様の行列来た時にさ、あんた、綺麗なドレス見て『いいなあ』って言ってたじゃないか。だから……その、だからよう」


 そう早口にまくし立て、あたふたと視線をそらして下を向く。

 ああ、言わなきゃ良かったと、後悔したってもう遅い――


「と、とんでもねえ事言ってるのはわかってるよ! でも、それもおしまいだ!」

「シャン」

「お、おいらはおいらの生活で充分だって決めたんだ! だ、だから今のは忘れて……」

「シャンってば」


 目を合わせようともしないシャンを、ふわりと抱きしめてマイニーが笑う――


「あのね、シャン。あたしの一番欲しかったものが今、あたしの腕の中にあるの」


 そっと、優しく――精一杯の思いを込めて。


「好きよ、シャン……大好き」


 そう耳元でささやいたマイニーに、シャンが、泣き笑いの顔でぎゅっと抱きついた。

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