王の三 改変
「盗難、殺人は死刑、死刑……」
自室で、羽ペンでさらさらと書きつづる新しき法。
それと共につぶやき続けるウォルゼーは、また、ずいぶんと上機嫌だった。
「自衛もできぬ民に国を守れると思うか? 否、否。壁も立てず、危険を避ける手段も考えず、何かあれば運が悪いと泣くだけの民はこの国に不要だ」
隣にはセライヴァが立っている。
常からして不機嫌そうな彼女は、今夜はウォルゼーと一緒と言う事もあって、その度合いに一段と磨きがかかっていた。
「自殺はどうする? 死に追い込めば殺人と、現法には定められているが」
敬意も、そして愛想もなく言い放つセライヴァに、手を止めたウォルゼーが顔を上げる。
そこから少しの間を置き、ペン先でセライヴァを示し、ウォルゼーはニヤリと黒い笑みを浮かべた。
「はっ、冗談じゃねえよ。死を選ぶのはそいつの勝手だ。相手が自殺させようとして来たなら、そこからさっさと逃げればいい」
「それは……国外逃亡をすすめているようにしか聞こえんぞ。この国が死ぬほど苦しいと思えたら、その時は国外へ逃げろと」
「推奨しているのさ。機転も利かねえ奴を大事に抱えた所で国益にはならんだろ? いつか誰かが何とかしてくれる、なんて本気で期待している奴が国の肥やしになるものか。仮にそいつらを大事にしてやったとする。それで、国は何の得をする?」
思案の沈黙が一つ、挟まった。
その思案を引きずった声で、セライヴァが答えを返す。
「せいぜい恩義か……その程度だな。粉骨砕身で国のために働く民に育つとは思えん」
「いい答えだ」
くるりと羽ペンを回し、ウォルゼーが笑う。
「自殺ってのは他殺より簡単だ、殺す相手が抵抗しねえからな。自殺をちらつかせながら『罪を被せるぞ』って脅せる国は、言いかえりゃ自分って言う人質を盾にした脅迫が通る国だ。そんな物騒な国なんざおれは嫌だね、平和主義なもんで」
「平和主義……か」
よくぞまあ、その口でほざけたものだ。
そう喉から出かかった言葉を飲み込んで、代わりに浮かんだ質問を投げかける。
「不始末の責任を取るための自殺は?」
セライヴァの母国、ヅェンラインでは刑の一種として、責任を取るための自殺が推奨されている。
死にたくないのに死ななければならない恐怖に怯えながら、それでも皆の前で自殺しなければならないのだ。
「どうする?」
「採用するさ。そう言うやり方は嫌いじゃない」
死刑には本人の自殺も含める、と。
楽しげな顔で、ウォルゼーがペンを走らせた。
「親が子を自殺に追い込んだ場合は? 罪から外したものの理由も教えておけ」
「何だよ、ずいぶんと聞きたがりだなあ。そいつもみんな姫さんのため、か? くっくっく、泣けるねえ。こんな小物に警戒するほど姫さんが大事か」
素晴らしい忠義心だとおどけて笑うウォルゼーに、さっとセライヴァが顔色を変える。
直後、ばんッ! と机に手を叩きつけたセライヴァが、怒りまかせに叫び降ろした。
「あの方は不憫な御方なのだ!」
そう怒鳴るセライヴァを見上げ、ふうん、とウォルゼーが気のない返事を放る。
しばしの沈黙。それをため息で払い、ウォルゼーは興味なさげに紙に視線を戻した。
「別に何だっていいさ、感情論なんてどうでもいい。なあに、姫さんの機嫌を損ねる事はしねえよ。何度も言ったろ? おれは、命が惜しいんだ」
[*]
そして数日が過ぎた。
「さて」
城下を見下ろせる窓の近く。
そこの大理石で作られた壁にもたれ、ウォルゼーは満足そうに笑っていた。
芳醇な香りをほころばせる美酒を片手に、目を向けた城外には無数の死。
新たな法の下、殺された民の死体がこれでもかと散乱していた。
「おれが欲しいのは、国を肥やす民だ」
椅子へと腰を降ろし、頬杖をついて威厳をにじませながら言い放つ。
「だから、まず税率を上げようと思う」
「国民が死に絶えるまでか?」
「いいや。あんたらはそうやって民を殺し回る殺戮台風だろうが、この国の民は少ねえ。束ねても軍事力にすらならん。まずは有効利用しねえとな」
「……道化風情が」
詐欺師の分際で、何を偉そうに。
そんな感想を胸に抱き、偽の王を睨み降ろす。
「で、どう使う気だ」
「まず、援助関係の物は全て廃止だ」
育児のための手当て、弱者のための手当て。そうした物を、一つ残らず取り払う。
そう明言するウォルゼーを、セライヴァが小さく笑い飛ばした。
「暴動が起きるぞ」
いくら死刑を徹底させても、それを行う方が弱ければ本末転倒。
やはり底の浅い男かと、ようやく溜飲を下げた心地で目を細め、
「私は貴様の盾にはならんぞ。私の部下も、全てだ」
暴動が起きたとして、彼を守ってやる気は少しもないのだと。
露骨に態度で示し、セライヴァは鷹揚に腕を組んだ。
せいぜいうろたえるがいい、と笑う彼女に、ウォルゼーが手を止める。
かと思えばふらりと天井を仰ぎ、そのまま椅子に背を沈めた。
「なあに、国の駒として日雇いで使ってやるさ、もちろん報酬高めでな。暴動を起こして国を変えるより、それを制圧する側に回る事で金が入るとしたら? 同じ命の危険をおかすなら、どうせなら金が大井方を選ぶだろ?」
「さあ、どうだか。一部はそうかも知れんが」
「そうさ、暴動ってのは群れの心理だ。同じ不満を持つって同属意識が生む連帯感だ」
「……」
「だから、おれがその意識を逆に煽ってやる。『隣人を敵に回してでも、金銭を稼いで家族を養っている』と。そう思える連帯感を駒共にくれてやる。雇っている間はな」
ただし、永久雇用は一切しない。
なまけ方を覚えられては困るし、そのせいで枠が開かないのも困るからだ。
重ねて言うなら、
「肩書きだけの無能はいらねえしな」
そう言う理由だった。
「いずれ、味をしめて何度も駒になる奴らが出て来るだろう。そう言う連中に指揮を任せればいい。働きに応じて額は吊り上げてやるさ、成果が出ればな」
そうして鎮圧した民の財を、自由にする権利を駒達に与える。
そんな、さながら山賊の言い分じみた案を出すウォルゼーに、セライヴァが眉をひそめた。
「空論にしか聞こえん」
あるいは世迷い事。
なにしろ攻め込んだ時の護衛も王も、あまりにも脆かった。
剣を持つ事を知らぬ腕だった。
だから、
「ありえんな」
「そう見えるだけだ」
間髪入れずにウォルゼーが言い返す。
「砂粒の山だって、下の方は固えんだよ」
敵や危険の心配もなく、育ち守られる頂上たる王族。
対する民衆は、常に上がいて横がいて、自然と鍛えられているのだから。
「どんだけ道徳を語っても、誰しも腹の底じゃ他人の死を願った事があるはずだ。理由はどうあれ一度はな」
罪人に対し怒りを覚え、死して償えと思うも同じ事だと。
「ま、そう言う奴の方がおれは好きだがね。そうでなけりゃ、やられるままだ」
例えば残忍な犯罪者に対し、命をもって詫びろと拳を握りしめる群集。
それは裏返せば、善意と言う理由さえつけば、他者に殺意を向けられる証とも言える。
「そいつらに『正しく人を殺す権利』をくれてやるだけだ。ただし、嘘の告発をした奴は死刑。嘘が多けりゃ、拷問と強制労働の後に死刑。だが、それじゃ木は肥えん。そうだなあ……」
ゆらゆらと指先でペンを揺らし、案を考えるべく沈黙を挟む。
その間にグラスを傾けて喉をうるおし、ウォルゼーは再びペン先にインクをまとわせた。
「努力に褒美でこたえてやろうか。その年、特に多く税を納めた数人に税金を返す」
つまり還付する、と。そう書き連ねるウォルゼーに、セライヴァが不審の目を向けた。
「民を育てるのではなかったのか? それでは貴族が楽をするだけだぞ」
単純に納税の大小で割り切るなら、配下を多く持つ貴族が有利。
そんな事で国民が育つのかと問うセライヴァに、ウォルゼーが軽く鼻を鳴らす。
「心配ねえよ、殺人は死刑だ。今までみてえに『言う事を聞かないと殺すぞ』なんて脅す事も無理になる。ま、命がけで下を殺す度胸が連中にあるなら別だろうが、そんな事はねえ。弱い犬が良く吠えてただけさ」
こんな感じでな、と指で犬の影絵を作り、わんわんぎゃん! などと白々しい鳴き声までつけて楽しげに笑う。
「なあに、無能な貴族共が偉そうな顔してられんのも今のうちだ。そのうち馬鹿共が孤立する。おれが、王のおれがそれを許可しているからな」
「死なない程度に痛めつける奴が出た場合は?」
「やられた側が逃げ出すか、相手を殺すかするだろうよ」
「……」
「どんな正統な理由があっても殺人は死刑だ。『貴族に痛めつけられるぐらいなら、貴族を殺して国に殺されてやる』と。そう思った奴が動けば、少なくとも余計な貴族が一人減る。そうせずに支配を離れたなら、そいつは後々まで長く使える。無駄にはならんさ」
そこまで一息に言い切って、さらりと最後の一文を書き足してペンを置く。
そうして立ち上がったウォルゼーの後に、不満顔のセライヴァが続いた。