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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第一章 詐欺師、企む
3/29

王の二 婚礼(1)

挿絵(By みてみん)

 婚礼の話は伝令によって、国民、さらに諸国へと伝わった。

 当日は、恐ろしくも美しい姫を見ようと、多くの者が城下に集まった。


 婚儀の為に仕立てられた、上質な絹地を幾重にも重ねた雪のようなドレス──

 それを優雅に着こなしたベルザが、降り注ぐ祝花の下で晴れやかにほほえむ。


「ご成婚、おめでとうございます!」

「おめでとうございます! ウォルゼー王、万歳!」


 あちこちから上がる、祝いの言葉と彩りの乱舞。

 その上には爽やかな青空が、歓喜の声を包み込むように広がっていた。


「素晴らしい国民性ね」


 賛美の声を浴びながら、皮肉のようにベルザがつぶやく。


「そう言う国さ」


 ウォルゼーが答えた。『そう言う国』だ。


 侵略で踏みにじられた村以外に、ベルザを脅威と思う者はいない。

 城内の死体は、とっくに片付けられて跡形もない。


 目にしてもいない危機に対して、心から焦燥感を抱く者は少ない。

 そして何より、自分に火の粉が降りかかる事を恐れる者が大半――


 良く言えば協調性があり、悪く言えば事なかれ主義。

 ラムーグの民は、そんな国民性を持っていた。



[*]



「音楽を」


 短く告げるベルザの声に、指揮者がタクトをくるりと回す。

 ほどなくして、優雅な音楽が会場に流れ込んだ。


 金管が伸びやかな音を奏で、木管が深みのある音を奏で、そこに弦楽器の音色が混ざり込む。

 そうして始まった和音がゆったりとした旋律を辿りながら、人々の談笑を邪魔しない程度に会場を満たして行った。


 若草の絨毯に並ぶテーブルを飾る料理は、どれも一級のものばかり。

 その全てが素材を選び抜き、手間と時間をかけたものだった。


 つややかな蜂蜜色に焼き上げられたパイ。味わい深い具沢山のシチュー。

 そして香草の風味を絡めて焼かれた肉の隣には、胡椒を練りこんだパンや、とろりと熟成の行き届いたチーズが並べられている。


 丁寧に炒られた葉で淹れられた金色の茶は、後に苦味を引かないすっきりとしたもの。

 さらに貴婦人の持つグラスに満たされた葡萄酒から、甘い香りがゆっくり、ふわりと風に溶けて行った。


 それらを楽しむ民を見下ろし、バルコニーでベルザが陽光を浴びる。

 そこに、初老の貴族が歩みよった。


「おめでとうございます王妃様。貴女様の未来に、どうか祝福がありますよう……」

「貴方は?」

「バロウドと申します。前王には大層お世話になりまして、ぜひとも、現王様にもと」

「そう……」


 クス、と小さくベルザが笑う。

 刹那、すっとその瞳が細まった。


「私はその前王を殺した侵略者よ。それでも忠誠を?」

「はい、私は国に仕える者。なにとぞ王女様の御慈悲を」


 是非、と再び辞儀を成したバロウドをベルザが見つめる。

 そして、数秒の沈黙が流れ――


「わかったわ。後で話をしましょう。今夜、城にいらっしゃいな」

「はい」

「素直でよろしくってよ」


 楽しみにしているわ、と。

 軽やかに笑うベルザの声が、青い空へと溶けて行った。



[*]



 その夜、城へと貴族達が呼ばれた。その中にはバロウドの姿もあった。

 美しい花に彩られた白い廊下に、蝋燭の灯が暖かな光を投げかけている。

 その間をすらりとした夜会の黒装で歩み、ベルザは足を止めた。


「ギュンタム」


 名を呼ばれた甲冑の騎士が、自分よりも小さな主へとガシャリとかしずく。

 顔まで全てを鎧で覆い、片膝をついた重厚な巨躯――

 そこに、ベルザが歌うように指示を下した。


「全員の首を落としなさい」

「な……っ!」


 動揺の声は、すぐさま恐怖の悲鳴、そして沈黙へと移り変わった。

 ギュンタムが持つ戦斧は、人の背丈をゆうに超える重量級。

 それが宙に振るわれ、唸るのを終えた時、貴族は全て物言わぬ死体と化していた。


 ウォルゼー、ベルザとその側近であるセライヴァ、ギュンタム。

 その四人を除いて、ここで息をしている者はもういない。

 人だったものの断片が、床に悪趣味な絵のように転がっているばかりだ。


 あまりにも正確な斧の一撃、苦しむ暇すら与えなかった一閃。

 そのせいか、転がった首はめいめいに苦痛よりも驚愕の表情を浮かべていた。


「上出来よ、ギュンタム」


 ごろりと足元に転がって来た首を見下ろし、ベルザがそっと笑みを浮かべる。

 辺りには後に掃除で呼ばれるであろう給仕が、卒倒しそうな光景が広がっていた。


「これでよろしくて?」

「おっかないねえ、見事なまでに容赦ない」


 ウォルゼーが顔をしかめ、頬を引きつらせて笑う。


 ――最も、この舞台をあつらえたのはウォルゼーだったのだが。

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