王の二 婚礼(1)
婚礼の話は伝令によって、国民、さらに諸国へと伝わった。
当日は、恐ろしくも美しい姫を見ようと、多くの者が城下に集まった。
婚儀の為に仕立てられた、上質な絹地を幾重にも重ねた雪のようなドレス──
それを優雅に着こなしたベルザが、降り注ぐ祝花の下で晴れやかにほほえむ。
「ご成婚、おめでとうございます!」
「おめでとうございます! ウォルゼー王、万歳!」
あちこちから上がる、祝いの言葉と彩りの乱舞。
その上には爽やかな青空が、歓喜の声を包み込むように広がっていた。
「素晴らしい国民性ね」
賛美の声を浴びながら、皮肉のようにベルザがつぶやく。
「そう言う国さ」
ウォルゼーが答えた。『そう言う国』だ。
侵略で踏みにじられた村以外に、ベルザを脅威と思う者はいない。
城内の死体は、とっくに片付けられて跡形もない。
目にしてもいない危機に対して、心から焦燥感を抱く者は少ない。
そして何より、自分に火の粉が降りかかる事を恐れる者が大半――
良く言えば協調性があり、悪く言えば事なかれ主義。
ラムーグの民は、そんな国民性を持っていた。
[*]
「音楽を」
短く告げるベルザの声に、指揮者がタクトをくるりと回す。
ほどなくして、優雅な音楽が会場に流れ込んだ。
金管が伸びやかな音を奏で、木管が深みのある音を奏で、そこに弦楽器の音色が混ざり込む。
そうして始まった和音がゆったりとした旋律を辿りながら、人々の談笑を邪魔しない程度に会場を満たして行った。
若草の絨毯に並ぶテーブルを飾る料理は、どれも一級のものばかり。
その全てが素材を選び抜き、手間と時間をかけたものだった。
つややかな蜂蜜色に焼き上げられたパイ。味わい深い具沢山のシチュー。
そして香草の風味を絡めて焼かれた肉の隣には、胡椒を練りこんだパンや、とろりと熟成の行き届いたチーズが並べられている。
丁寧に炒られた葉で淹れられた金色の茶は、後に苦味を引かないすっきりとしたもの。
さらに貴婦人の持つグラスに満たされた葡萄酒から、甘い香りがゆっくり、ふわりと風に溶けて行った。
それらを楽しむ民を見下ろし、バルコニーでベルザが陽光を浴びる。
そこに、初老の貴族が歩みよった。
「おめでとうございます王妃様。貴女様の未来に、どうか祝福がありますよう……」
「貴方は?」
「バロウドと申します。前王には大層お世話になりまして、ぜひとも、現王様にもと」
「そう……」
クス、と小さくベルザが笑う。
刹那、すっとその瞳が細まった。
「私はその前王を殺した侵略者よ。それでも忠誠を?」
「はい、私は国に仕える者。なにとぞ王女様の御慈悲を」
是非、と再び辞儀を成したバロウドをベルザが見つめる。
そして、数秒の沈黙が流れ――
「わかったわ。後で話をしましょう。今夜、城にいらっしゃいな」
「はい」
「素直でよろしくってよ」
楽しみにしているわ、と。
軽やかに笑うベルザの声が、青い空へと溶けて行った。
[*]
その夜、城へと貴族達が呼ばれた。その中にはバロウドの姿もあった。
美しい花に彩られた白い廊下に、蝋燭の灯が暖かな光を投げかけている。
その間をすらりとした夜会の黒装で歩み、ベルザは足を止めた。
「ギュンタム」
名を呼ばれた甲冑の騎士が、自分よりも小さな主へとガシャリとかしずく。
顔まで全てを鎧で覆い、片膝をついた重厚な巨躯――
そこに、ベルザが歌うように指示を下した。
「全員の首を落としなさい」
「な……っ!」
動揺の声は、すぐさま恐怖の悲鳴、そして沈黙へと移り変わった。
ギュンタムが持つ戦斧は、人の背丈をゆうに超える重量級。
それが宙に振るわれ、唸るのを終えた時、貴族は全て物言わぬ死体と化していた。
ウォルゼー、ベルザとその側近であるセライヴァ、ギュンタム。
その四人を除いて、ここで息をしている者はもういない。
人だったものの断片が、床に悪趣味な絵のように転がっているばかりだ。
あまりにも正確な斧の一撃、苦しむ暇すら与えなかった一閃。
そのせいか、転がった首はめいめいに苦痛よりも驚愕の表情を浮かべていた。
「上出来よ、ギュンタム」
ごろりと足元に転がって来た首を見下ろし、ベルザがそっと笑みを浮かべる。
辺りには後に掃除で呼ばれるであろう給仕が、卒倒しそうな光景が広がっていた。
「これでよろしくて?」
「おっかないねえ、見事なまでに容赦ない」
ウォルゼーが顔をしかめ、頬を引きつらせて笑う。
――最も、この舞台をあつらえたのはウォルゼーだったのだが。