表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第十章 茨の主
28/29

王の十四 指輪

 暁が、焦土を白く照らし上げる。

 生き残った者にも、死んだ者にも、朝日は等しく降り注ぐ――

 藍の夜の色を夜明けの光が薄める頃、ラムーグから戦乱の音が消えた。

 折れた剣、そして壊れた槍が散らばる城下に訪れたのは、寒いほどの静寂だった。



[*]



 夜明けを告げる光の中、ギイと響いたのは蝶番を軋ませる音。

 真っ暗な小屋と外を隔てる、小さな扉が開かれる音だった。

 その音色に、思わずベルザが剣を握る。

 けれども扉を開いた者は、警戒に値しない相手だった。


「セライヴァ……」

「戻りました……我が主。そして道化よ、貴様はどこまでも、実にどこまでも私の機嫌を損ねてくれるな。ふふ……」


 ギュンタムに肩を支えられて笑う、傷だらけの側近の皮肉。

 それに目を細めるベルザに続いて、ゼイムスが扉の方へと顔を向けた。


「そいつあ悪かった。首尾は?」

「貴様の言う通りにやって来たさ、ラムーグとイーリャンをあの腑抜けた王子にくれてやる。いたく感謝されたぞ、さすが命をかけて王子を守ってくれた方なだけあると」


 実に鳥肌が立つ感謝だった、と笑いながら肩を手でさすり、セライヴァがおどけてみせる。


「貴様の正体を、一つ残らず伝えてやろうかとも思ったぐらいだ」

「……」

「まあ、話はせんよ、主が困る。時に要らん心配をされたぞ、貴様はどうするのかと」


 ラムーグを捨て、イーリャンを捨てたら居場所がなくなるのではないか。

 それではあまりにも申し訳ないと、そう王子に心配されたのだ。


「ラムーグに家を構えるのなら、いくらでも土地を出すそうだが?」

「いらねえよ」


 朝日に目を細めながら、軽く応じたゼイムスがベルザを見る。


「おれは、姫さんの故郷をもらう予定でね」


 彼女と共に、ハイラが治めていたヅェンラインの王となる。

 だからラムーグなんて必要ない。

 そう言い切ったゼイムスを、セライヴァが軽く笑い飛ばす。

 さながら諦めと、納得を混ぜたような投げやりな笑いだった。


「ふん、貴様の遊戯にこれからも付き合わされるのか。最悪だ」

「ああ。おれに指輪がある限り、な」


 違うか? と片手を上げるゼイムスに、セライヴァが思わず絶句する。

 そこに、くすくすと笑うベルザの声が割り込んだ。

 ベルザがゼイムスに指輪のからくりを告げたのだと──

 そう、暗に示す笑い声だった。



[*]



 ヅェンライン王家の女には、ある特別な力がある。

 それは、物心ついたときに異界から茨の指輪を呼び出せると言うものだ。

 その時に一緒に現れるのがセライヴァ達のような存在。

 つまり、人ではない者――


「初耳だったぜ? 魔族がこんなに人間めいているなんて、な」

「ふん、それは貴様らの勝手な呼称だ。私は私でしかない。老いて死に、傷で死ぬ。この世の民ほど軟弱でない自負はあるが、指一本で山野を吹き飛ばすような御伽の魔物でもない」


 指輪の呼び出し手である女は純潔である間だけ、その指輪が持つ呪い――指輪を嵌めた婚約者が、決して自分をおびやかす事ができなくなると言う力を行使できる。

 最も呪う婚約者を変える事はできず、純潔を失っても効果が切れてしまう為、ベルザの母であるハイラには魔族がいない。

 王となる伴侶を選び、その王を支配するまでの、ひとときの繋ぎである魔族。

 それは女王になってベルザを産んだハイラには、もはや不要の存在だった。


「……残念な事だ」

「ん?」

「なに、こちらの話さ。道化になぞ理解は求めんよ」


 愚民は黙っていろ、と薄い笑みを見せてセライヴァが金の目を伏せる。

 災厄ことハイラには、二人がかりですら苦戦した。

 まるで小虫を払うように、自分の剣やギュンタムの斧を跳ね除けるハイラは、酷く恐ろしく、同時に息を飲むほど魅力的だった。


 洗練された剣技。

 迷いのない狂気。

 討たれて尚、周囲の兵に一切の手出しをさせなかった女王は、もはや軍神の如き気高さに満ちていた。

 ベルザに害を及ぼすものとして、あんなにも疎んじたと言うのに、勝利の瞬間に敗北感を覚えたのも嘘ではない。


「何でも、ないさ」


 女王を下した側近達に、兵達の反撃はなかった。

 ただ静かに、場から去る事が許された。

 もう二度と、ハイラほどの存在と刃を交える事はないだろう。

 それが嬉しくもあり、悲しくもあった。


「母上は死んだのね……」

「はい、確かに」


 そう返し、その後の主の顔を見るまいと、会話の相手をゼイムスに振る。


「さて道化」

「うん?」

「この際だから答えてやってもいい。私に問う事はあるか?」

「そいつあ何よりだ。あんたらが指輪の化身なら、おれは、あんたらが死んだら自由になれるのか? この指輪が折れたらあんたらも死ぬのか?」


 扉からの光にかざすよう、指輪を見せながらゼイムスが問う。

 その問いに、明らかに馬鹿にした表情を返して、セライヴァが肩を竦めた。


「何かと思えばそんな事か。自由になりたいのか? 道化」


 我が主を裏切ってまで、と問うセライヴァに、ゼイムスがゆっくりと息を吐く。


「まさか。姫さんの脅威がなくなったらボケちまうぜ、ボケたら乞食に逆戻りだ」


 ぱたりと腕を床に下ろし、そう返すゼイムスの声は軽い。

 途端にベルザが緊張を緩めたのを察して、セライヴァが不服そうに眉をひそめた。


「勘違いするなよ道化。我らは派生。呼ばれた際に指輪を捧げるまでが我らの役目だ」


 あくまでも指輪を届けに現れるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 呼び出した主に仕えるか否かは、あくまで魔族達の自由意思。

 指輪が力を失うのは主が純潔を捨てた時のみで、その時には魔族も消える。

 それ以外で縁が切れることは決してない――


「永劫の自由を求めて、主を殺める同胞も珍しくないがな」


 殺してしまえば永遠に主の純潔が失われることはなく、自分が消滅する心配もなくなる。

 そうした間柄ゆえに、主を裏切った魔族の話、主を愛して消えてしまった魔族の話なども、数えられぬほど在るとセライヴァは笑った。


 それでも、


「私は決して裏切らん。主の為ならば消えることも厭わん」


 セライヴァとギュンタムのベルザに対する忠誠心は固く、揺るぎない。

 白い暁の空を背に、誇らしげな笑顔を見せるセライヴァに、痛みを押し殺した声でゼイムスも笑う――


「自由を捨ててまで、姫さんのために在り続ける……か。よくわからんなあ、魔族の考えって奴は」

「それはそれは、褒め言葉と受け取っておこうか道化。私には貴様の考えの方が余程わからんよ。今までも……これからもな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ