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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第九章 決戦
27/29

民の五 詐欺師の置き土産

 木々の向こうから、戦の音が届く響いて来る――

 それを聞きながら、男は追跡者から逃げ続けていた。

 ざわざわと揺れる枝の音、呼び合う獣の唸り声。

 それら全てに追い立てられるようにして、ひたすら、脇目もふらず走り続けていた。



[*]



 この男が、ハイラの供を務めて十年が経つ。

 そこそこ平穏な人生だった――過去を振り返るならそうなるのだろう。

 黒髪黒目、さらに細身と言うあまり目立たない彼が、生活して来れたのは学力による。

 だから、争いとは無縁に育ち、無縁なまま終わるはずだった。

 それなのに、


「陛下っ、女王、陛下っ。助け、助けてっ……」


 何でこんな事に、と自問自答しても答えは出ない。

 ただいつものように女王の供をし、見送り、いつものように馬車の番を預かった。

 それだけだった。


 なのに、その後、


「敵襲だ!」


 そう叫んだ御者の声が、くぐもった悲鳴に呑まれて失せた。

 男が顔を向けた先で見たのは、御者を組み伏せる大きな影。

 それを助けようと駆け寄った護衛が素早く剣を抜き、


「に、逃げろ! 陛下に連絡を! 早くっ……」


 その警告を終えないうちに、ぐちゃりと何かで叩き潰された。

 直後に激しい音がして馬車が砕かれ、馬が大きく跳ね飛ばされる。

 慌てて逃げ出した自分の後ろで、御者の絶叫が響き渡る――


「ひいいっ……」


 殺される――そう思った。

 焦げた匂いのする夜の中、戦線より流れて来る不穏な気配。

 それは昼までの日常とは全く違う状況になってしまった事を、男に告げるものだった。


「た、助けっ、え……」


 普段から走ったりしないせいか、喉が痛くて言葉が出ない。

 がくがくと震え出す膝が、今にも力を失いそうだった。

 左右には木々がそびえ、明かりになるものすら何もない――

 けれども疲れに抗えず、男はついに立ち止まった。


「ここ、まで来れば……」

「逃げられる、なんて思ったのかしら?」

「……っ!」


 男の背にザクリと突き刺さった何か。

 その凶器、鎌のようなシルエットが、血の糸を引いて弧を描く――


「……う、うあああっ!」


 裂かれた傷の痛みに、叫んだ男がもんどりうって倒れる。

 そこに、すっと女の足が踏み出された。


「素敵な晩ね」


 さらりと金髪を揺らして笑うその女の影から、のそりと無骨な男も姿を見せる。

 殺人夫婦――バルとネリア。

 彼らは脱獄して来ていた。彼らが起きた時、牢の鍵が空いていたからだ。

 娑婆に出て更正、なんて気持ちは二人にない。

 当然のように、二人の望みは殺人だった。


 ネリアが持つ鎌は、ツルハシを研いで棒をつけたもの。

 それを持ち、残酷な妖艶さを滲ませるネリアに、男が息を引きつらせる、


「ひっ……ああ……」

「あら素敵な顔ねえ……ゾクゾクするわ」


 血まみれの鎌に舌を這わせ、ネリアが楽しげに身震いする。

 そして、肩と水平にした鎌を横渡しの形で背に担ぎ、ねっとりとした声を夫に向けた。


「ねえ、バル。この子はあなたに譲るわ?」


 物を渡すような調子で言い、道を譲るべく足を引く。

 それと入れ替わりに歩み出たバルが、獰猛に笑って片腕を振り上げた。

 その手に握られたトロッコ――それが命乞いの暇すら与えず、男の頭を叩き潰す。

 その血が飛び散るのを眺めて、うっとりとネリアが目を細めた。


「……素敵。やっぱり外の空気は美味しいわねえ」


 すがすがしい顔でそう笑い、しなやかに夫へとしなだれかかる。

 そんな妻の様子を眺めたバルが、彼女の細い腰を抱き寄せた。


「……いい夜だな」

「……ええ」


 一対の悪魔のよう、互いの唇を重ね合わせて、


「さあ……久しぶりに遊びましょう?」


 甘く優しくささやく声を、とろりと喜びの色に濡らして行く。

 そして――夫婦の「狩り」が始まった。

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