王の十二 決戦(1)
次々に上がる火の手が、春の夜空を焼いて行く。
五分五分で始まった勢力は、やがてその天秤を徐々に傾けて行った。
数では劣るゼイムスの兵が、ハイラの兵をじわじわ圧すと言う構図。
それは、ゼイムスの意図した通りの戦況推移だった。
大国の傘下に入り、安全を過信した民とて、ゼイムスがウォルゼーであった頃の殺戮を忘れたわけではない。
攻め込んで来ているのが前の虐殺王だと知るや否や、防御を捨てて一目散に逃げ、あるいは裏道を告げたりする始末だった。
中央を進軍する本隊がハイラの軍と衝突した頃合で、各地で一気に火の手が上がる。
火を放ったのはゼイムスの私兵。そして、報酬に釣られたハイラの国民。
燃え盛る火に照らし上げられた戦地が、その決戦の舞台となった。
[*]
ヒュンッ――
風を切った鋭利な剣が、闇に鋭く弧を描く。
それに触れた敵兵の胴から、勢いよく鮮血が噴き上がった。
戦場を駆け飛ぶセライヴァの一閃。それが、片っ端から触れた者の命を狩り飛ばす。
その隣では鎧ごと敵を寸断するギュンタムの大斧が、轟音を立てて闇に唸っていた。
炎で退路を断ち切った城下。
そこにハイラの軍を追い込んだのを確かめ、セライヴァとギュンタムが後方に退く。
前線で切り結んでいる兵達がそれに続いて退き、そこに、
「撃ち方、よーい!」
禿げた老人リッヒの勢いのある声が割り込んだ。
指揮を受ける兵が手にしているボウガンは、髭もじゃの老人、ベンの工場で作った物。
木々の扱いに長けた彼のボウガン、長距離からでも相当の殺傷力を誇るその機構が列を成し、
「撃て!」
一声と共に放たれた矢が、ハイラの進軍へと突き刺さった。
まるで焦って射たような、遠距離からの一斉射撃。
直後、きな臭い風を肺の底まで吸い込んだリッヒが吠えた。
「退け! 退くんだ!」
その指示の通り後退する弓兵と入れ替わりに、再び白兵が前へと進み出る。
先陣を切るのはベルザの側近、甲冑の騎士と仮面の騎士。
すぐさま敵陣を切り崩し始めた二人の後ろに、無数の荒々しい足音が続いた。
[*]
一騎当千。
ベルザの側近二人の活躍は、そう称してはばかりないものだった。
血華が散り咲き、屍が転がる。
それでも次々と押し寄せて来るハイラの軍に押され、やがてギュンタムの鎧には傷が増え、セライヴァも息を荒げる事となった。
馬上の兵を馬ごと寸断したギュンタムへと、別角度から槍が襲い掛かる。が、それが彼に届く前に、飛び込んで来たセライヴァの剣が槍兵の喉を引き裂いた。
「老いたか、『私』よ!」
血飛沫を浴びながら、セライヴァが嘲りの声を上げる。直後にギュンタムが斧を構え直し、ガシャリと金属の音を立てて顎をしゃくった。
明らかな嘲笑と否定の意。言葉にするなら「ほざいていろ」とでも言うかのよう。
それを見たセライヴァが軽く笑い、ギュンタムの背を護るように回り込む――
「そう来なくてはな。さあ、彼奴らを血祭りにあげようじゃないか」
背中合わせに立ち、それぞれの武器を構える形。
その二人をぐるりと取り囲んだ敵兵の中心で、セライヴァが唇を舌で舐めた。
年を経てなお、勇猛な武人の気迫――鮮血に濡れた剣を斜に構え、敵を睨みつけるその瞳がすっと引き絞られる。
「私は茨。『私』は派生――」
剣を手に、斧を手に――
「我が契約者ベルザ=ヅェンライン、指輪の主に栄光あれ!」
吠えたセライヴァの声を、敵兵の雄叫びが飲み込んだ。