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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第八章 転機
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王の十一 増強(2)

 その数日後、見世物が始まった。


「勝者、オングル・ドゥッサ!」


 正午きっかりの晴天の下、朗々と読み上げられる勝者の名。

 そこで名を挙げられたオングルは、産婆であり仕立屋の女将でもある七児の母――針と糸で成せる事全て、「へその緒から死装束まで」縫えると評判の、小さな看板を掲げる女だった。


「はん、ばっかだねえ。アタシが何人の子の服を縫って来たと思ってんだい!」


 にかっと愛嬌のある笑顔を見せて、彼女がふくよかな胸を張る。

 そんな彼女と対戦相手の手元から、長く伸びた布がひらひらと風に揺れていた。

 それは、一定の大きさの小布を繋ぎ合わせたもの。

 まるで優雅な魚の尾のように風に舞う長布が、今回の勝負の結果でもあった。


「おーし。じゃあ、アンタは今日からアタシの下働きだ!」


 敗者である女に向け、オングルが丸みのある手を差し出す。

 それに不服の顔を向ける令嬢が、しぶしぶ、その手に細い指を重ねた。


 ――どれだけ早く布が縫えるか。

 勝負の内容は、実はそんなものだった。



[*]



「今回は殺さないのね」

「そう言うなよ姫さん、次は生死を分ける奴にするからさ」


 勝敗を知らせに訪れたベルザの部屋で、ゼイムスが小さく苦笑をこぼす。

 ゼイムスが考えた「見世物」。それは、勝敗に主従を景品として付けると言うものだった。


 まずイーリャンの民から元の貴族達を拾い上げ、彼らに得意とする物を一つ尋ねる。

 絵でも、料理でも、計算でも武術でも何でも構わない。

 それを公開し、国民からそれで勝負する相手を選び出す。

 そして勝負に国民が勝てば、報酬が支払われた上で負かした相手を奴隷として得られる。

 そんな非道なゲームではあったが、賞金欲しさ、あるいは賞賛欲しさに、ゼイムスが連れて来た民はおろか、支配されたイーリャンの民すらもがそれに参加した。


 計算の早さなら負けない。

 縫い物の速度ならば勝てる。

 料理の腕なら引けを取らない。


 そうした一点突出の民が、次々と名乗りをあげて行った。

 地位に慢心し、努力を忘れた貴族にとっては勝ち目の少ない勝負。

 そんな、かつての貴族が情けなく背を丸めて負けを認める様子は、ベルザに笑みをもたらすのに充分だった。


「つまらなくはないけれど、変な事を思いつくのね。貴方」

「なあに、人心を纏める為の敵作りだ」


 さらりとそう切り返し、手にした紙で自分を扇ぐ。


「敵は人でなくてもいい。単なる思想や概念でもいい。目に見えないものでも構わない。とにかく自分が正しくある為には、真逆の物が必要なんだ」


 時代によっては、こうした行為が悪とみなされる事もある。

 けれども自分の国ではそうではないと、ゼイムスは言い切っていた。


「強者が弱者を食うのは道理だよ、刃を持たぬ猟師は獣に食われる。刃を持つ猟師は獣を食う。優しさで飯が食えるのは肥えた国だけだ。生憎だが、おれの国はスマートでね」


 誰もが不運の責を誰かしらに、何かしらに押し付けたがる。

 そのストレス解消と技術者の選別と言う意味でも、勝負は大いに役立った。

 観衆の向上心を煽り、勝者に自信を持たせ、各々に自分達が優秀な民族であると言う無言の連帯感をそれとなく植えつける。

 つまり、使えぬ貴族達よりも自分達の方が優れている、努力次第では彼らなど超えられる、そう思わせるに足りる方向へと導いて行ったのだ。


 中には勝負の有利を願って賄賂や根回しに奔走した者もいたが、それがゼイムスに知れたら最後、公開処刑の場へと引き出される。

 よって、死ぬよりは奴隷の方がマシだと、敗北覚悟で臨む貴族も出るようになった。


 無論、単なる娯楽の為だけにゼイムスが動く事などない。

 ゆえに勝負の内容は純粋な武術に始まり、ついには色事にまで及ぶようになった。

 その中で目を付けた者を、ゼイムスが城へと招く。


「人材探しか?」

「まあな」


 使える者なら何でも使え、と言うゼイムスらしい返事だった。




 この制度は後々まで形を変えて残され、一部公職の能力試験として使われるに至った。

 定期的に上層部に対して同様の問いかけが行われ、それに部下が挑み、勝利を収めた暁には主従逆転が許される。

 とは言え下剋上を恐れて教育が疎かになっては元も子もないと、最初の一年だけゼイムスが特例を設け、「雇用した本人が責任を持って育て、一年間で基礎ができる所まで育てられなかったら当人も部下も減俸」と言う、「上が楽をする為だけの雇用」が難しい方向へと舵を切って行ったのだ。




 やがて軍備が整い、技術者が整い――

 かつてのラムーグのように、国に従う民だけが残るようになって来たある日の事。


「姫さん」


 ゼイムスがベルザを呼んだ。


「おれの安全と、あんたの贅沢を取り返そう」


 ラムーグは肥沃ではない。技術がなければ、本当にちっぽけな国でしかない。

 だからハイラに支配されてからと言うもの、ラムーグは寂れる一方だった。

 首都から遠く、女王の指示がいまいち届かないと言うせいもあったのだろうが、日を重ねるごとに弱り、衰退の一途を辿るばかりだった。

 その間、ハイラに仕える識者の何人もが、イーリャンに逃亡したゼイムスの危険性をハイラに訴えたが、牙を剥いて来ないイーリャンを討つ理由としては足りず、イーリャンには資源もない。


 そもそも、大きな国と言うのは、往々にして敵が多いものである。

 それに加えて、ラムーグを占領してからと言うもの、ハイラの本国を囲む近隣諸国が次々と力をつけると言う「奇妙な事態」が起き、ハイラの関心はもっぱらそちらへと向けられる事となっていた。


「狼と犬が目の前にいるとしよう。持っている矢は一本。さーて、射るならどっちだ?」

「普通は狼だろうな、犬なぞに武器を使った後で、狼と対峙する方が厄介だ」

「正解。まあ、それが正しい考え方だ。犬の方が実は狼だったとしてもな」


 その「犬」とは、ゼイムス達の事である。

 ノヤが語り部として活躍出来る点から見ても、情報の伝達にムラがあるのがこの地方。

 それを利用して、ノヤを装った密偵を秘密裏に作り出し、真逆の情報をあえて流すなどしてラムーグを混乱させたのだ。

 ある時は、ゼイムスがラムーグを攻めるかもしれない、聖王は実は悪魔のような男だったと伝え、それと同時に、それはラムーグに玉座を奪われた連中の作り話であり、聖王はいつか救世主としてラムーグを救いたいと思っているとも伝えておく。

 かくして、ゼイムスを危険視する一派と、ゼイムスの救済を求める一派をラムーグに作り出し、その間に論争を招く事で、真実を闇の中に埋もれさせたのだ。


「面倒な真似をするものだな」

「そうか?」


 救世主説だけを流せば、それに疑念を持った者が真実に辿り着いてしまうし、逆だけを流せば、そんなはずはないと信じている一派が、真相の解明に乗り出してしまう。

 そのどちらもゼイムスには避けたい事であり、そうなる前に先手を打って「双方にとって真実味のある噂を流す」事で、両派の対立を決定的なものにする。

 その策は功を奏し、結果としてハイラのイーリャンに対する結論は後回しにされ、その間にもゼイムスは選別した者を森に、あるいは地下に隠し、少しずつ準備を整えて行った。


「おれは小心者でね、姫さん。隣に脅威があると安心して眠れねえんだ」

「あら、そんな話初めて聞いたわ?」


 透き通った宝石細工の櫛で髪を梳きながら、ベルザがさも心外そうに微笑む。


「いつから、そんなに臆病になったのかしら」

「昔からさ。ああ、姫さんへの誠意を見せようってのにひでえ言われようだな」

「ふふ……嫌な人。貴方が人の為に心から動いた事なんて一度でもあって?」


 どうせ、他国の下克上を国ぐるみでやってのける気なのでしょう?

 そう言いたげな顔で髪に手を添え、ベルザが愛らしく小首を傾げる。

 その仕草こそ魅力的な物だったが、そこに男女の関係を築こうと言う意図はない。

 それは、ゼイムスも充分に理解している所だった。


 するりと細い腕に毛皮を絡め、猫のようにゼイムスへとしなだれかかるベルザ。

 甘く男をとろかせるような声が、その細い喉から滑り出る。


「今度はどんなお遊び? 安心なさい、貴方が私の害にならない限り貴方は無事よ」

「安心しろって。おれが一度でも姫さんの害になった事があったか?」

「あるわよ、こんな地下に私を閉じ込めて」

「ああ、そりゃあ確かに。それじゃ、早々に何とかしねえとなあ」


 怖い怖いと道化たゼイムスが、指で毛皮の先だけをゆっくりと撫でる。

 そんな彼の手に繊細な指を重ね、ベルザは薄く目を伏せた。

 物を与え、力を与え、それ以外は何一つ娘にくれなかった強国の母。

 それに比べて詐欺師である相手は、「おれの為」と銘打ちながらも、あれこれと技巧を凝らして自分の望みを満たしてくれる。


「……貴方といると退屈しないわ」

「そいつは何よりだ。おれも退屈しないね、いつ死ぬかとおっかなくてよ」


 愛情とは違う、友情ともまた違う。

 ただ、お互いに必要とする物を、それぞれ相手の中に見つけ出していた。

 それは茨の指輪と言う呪い――ゼイムスがベルザにとって脅威となった時点で死ぬと言う、それに端を発する主従ともまた異なる感情だった。


「……母上がいなくなればって、ずっと思ってたわ」


 彼女の一族は総じて残忍さを秘め、母娘の間ではことさらにそれが強く出る。

 娘を自由に遊ばせる一方で、平然とその命を奪う事とて珍しくない。

 それは家畜を放し飼いにする感覚でしかなく、それをベルザも理解している。

 だからこそ母に対して彼女が抱く畏怖は、言葉にできないほどに強かった。


「……これで、自由になれるかしら」

「くくく、失敗して姫さんに殺されんのは嫌なんでな。ま、災厄が訪れた時を狙うさ」

「ええ、絶対よ。貴方の命は私次第なのだから」

「知ってるさ」


 そう気楽に応じて机に広げられた地図まで歩み、すいと駒を滑らせる。


「本隊を直接の戦闘に回し、精鋭を周囲の封鎖に回す――」


 実行は今夜、日没と同時に移動を開始。

 その指示は確実に届けられ――深夜、兵が夜道を駆けた。



 ――ラムーグ奪還戦。

 それはゼイムスがベルザに出会ってから、実に三十年目の春だった。

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