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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第八章 転機
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王の十 逃亡(1)

 夕暮れの陽が差し込む城内。

 琥珀色の光に染められた、立派な作りの廊下にて、


「なあ、何だってんだ一体……」

「さっさと歩け! 主がお呼びだ!」


 セライヴァに剣で追い立てられ、ウォルゼーはとぼとぼと廊下を歩いていた。

 眠った所を叩き起こされ、問答無用で面会を命じられたのがつい先刻。

 その理由も教えてもらえずに困惑したまま、ベルザの私室に通じる扉を開く――


「どしたよー、姫さん」


 眠たげな声と共に足を踏み入れ、顔色をうかがうように首を傾げる。

 と、ウォルゼーを見たベルザが不意に目を潤ませた。

 その反応に呆気に取られたウォルゼーの前で、ベルザがきゅっと両の手を握りしめる。


「ウォルゼー……」


 水晶であつらえた水琴の、どこまでも透き通った音色響く一室。

 その椅子の上、真っ白なナイトガウンに身を包んだ天使さながらの様相で。


「……母上が」


 母上が攻めてくるわ、と。

 傲慢な王女が、その時ばかりは怯える小鳥のように身を震わせた。



[*]



「兵の手配を!」


 その一言で、国全体が騒然となった。

 ベルザとて、無から私兵をひねり出していたわけではない。

 ここから相当離れてはいたが、その名を轟かせる軍強大国の母から、兵をあてがわれて自由にされていたのだ。


「どうする気だ、道化」


 着々と城下に集まる志願兵を見ながら、セライヴァが険しい声で問う。


「負け戦は確実だぞ」


 武器や防具だけなら足りている。

 民への訓練、意思統一も教育の中で行き届いている。


 けれども、圧倒的に数が足りない。

 ハイラの兵は、軽く見積もってもこちらの十数倍はいるのだ。


「貴様は最悪の札を引いた。わかるか?」


 セライヴァが歩み、柄に手をかける。

 直後にすらりと抜かれた剣の刃を、物騒な光が走り抜けた。


「貴様の下らぬ虚栄が、かの災厄を呼び寄せた。もう貴様の首を刎ねても良かろうよ!」


 そう叫んだセライヴァの剣が、ウォルゼーの喉に突き付けられる。

 が、今まさに切り殺されそうなウォルゼーの方はと言えば、まだ眠いのか、ぼんやりした態度のままだった。


「こんな小国に侵略ねえ。おれの国も有名になったもんだなあ、いやはや……」

「……おい」

「どーせなら他の国を狙えばいいのになあ。ほんっと、強い奴の気持ちってのは不思議なもんだよなあ……」

「貴様、現状がわかっているのかっ!」


 鋭く詰め寄ったセライヴァが、即座に剣を持たぬ方の手を伸ばす。

 直後、その手に勢い良く胸倉を掴み上げられたウォルゼーが、セライヴァを見上げて気だるげに笑った。


「ああ……もちろん。もちろんわかっておりますさ。……まあご立派な忠誠心だこって、感動で泣けてくらあ。お陰で眠気も醒めちまったよ。――さあて」


 ぱし、セライヴァの腕を払ったウォルゼーが、へらへらとした笑みを表情から消す。

 途端に、すっと冷たい微笑が刃のようにその顔を彩った。


「時は満ちた。――さあ、戦おうじゃないか!」


 言ってひらりと、大仰に腕を振り上げて天を指す。

 その指がくるりと宙をなぞり、ぴたりと地図の一点を指し示した。



[*]



 ――完敗。

 ハイラとラムーグの戦いの結果は、その一言に尽きるものだった。


 正確には、ハイラと戦わずにウォルゼーが逃げ出した。

 いわゆるハイラの不戦勝である。


「貴様の悪知恵には頭が下がる……」


 セライヴァがそう皮肉を向けた通り、彼が「戦う」相手は、元よりハイラではなかったのだ。

 兵力の差を悟ったウォルゼーの決断。

 それは、今の国を捨てて他の国を奪うという、当人いわく「力任せの引越し」だった。

 貴族達をベルザに脅させて形ばかりの防衛に回し、本隊を隣国王都への攻撃に回したのだ。

 狙いは王都、ただ一つ。

 その奇襲は素早く、あっと言う間に勝利を奪い取った。


「王族の首だけ取りゃあいい」


 余分な犠牲はいらないと、先に命じたウォルゼーの言葉通り。

 放たれた矢に等しい侵攻は、数時間でその結果を叩き出した。

 調和を望む穏健の隣国、農牧と養蜂の国イーリャン――つまり、本当の王子であるジニーの潜伏先。

 そこは、かつてベルザに攻め込まれたラムーグのよう、あっさりと陥落した。


「よっしゃ、後は任せたぜ。ちょいと野暮用を済ませてくらあ」


 王都の制圧を確かめてすぐ、ウォルゼーはそう告げて行方をくらませた。

 ジニーをラムーグへと向かわせ、貴族達と引き合わせる為。

 つまり王子を慕う影武者を装って、彼らを罠にかける為だった。

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