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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第七章 ハゲ、再び
19/29

民の四 育成者

 暗い日もあれば、明るい日もあるだろう。

 むしろ明るい頭もあるだろう――


 その日も、一つのハゲ頭は絶好調に輝いていた。

 これと言った飾り気の無い、ボロ屋とも言える家の中のことである。



[*]



「こんのハゲ野郎! テメェに引き取られた覚えはねえ!」


 ガシャアン! と派手な音が響き渡り、投げられた食器が砕け散る。

 その残骸、もといバラバラと降り注ぐ破片から身を守るべく、フライパンを頭上にかざして座り込み、リッヒは仁王立ちになっている少女を見上げていた。


 ざんばらの茶髪に、鋭く吊り上がった黒の瞳。

 勢いのついた野犬を連想させるその少女の猛攻は、リッヒを防戦一方にさせていた。


「まあ落ち着け」

「何が落ち着けだ!」


 バリーン! と二枚目の皿が家具に当たって割れる。


「金欲しさにアタシを引き取る奴なんざ信用できねーよ!」


 ヒステリックに叫び上げる少女の声が、台所の空気を震わせる。

 リッヒがこの少女の親を名乗ってまだ数時間。

 それにも関わらず、台所は暴風雨でも直撃したかのようなありさまになっていた。



[*]



 この国の制度――反抗期を育てた親には高い配当が支払われると言うそれがあっても、その年頃の子供を引き取る親は少ない。

 まず、面倒だと言うのが一つ。

 そして、親として認められる可能性が少ないと言うのが一つ。

 ある程度子供に反抗心がつき、てめえを親だなんて認めねえぞと言うようになる前に、大抵の親がその子供を放棄する。

 結果として路頭に迷った子供達がそれぞれ手を組み、稼ぎ先を探し、社会の労働階級に組み込まれて行く。

 明確な成人と言う境を持たない法の元、成長の早い子供ほど早く社会に出る風潮。


 そんな中で、わざわざ面倒な年代を好んで引き取りたがるリッヒは、近所からも変人と呼ばれるほど異端扱いされていた。


「アタシはあんたが親だなんてみとめねーかんな!」

「おお? そりゃまた何で」

「アンタの金ヅルになってやる気はねえって言ってんだよクソが! 髪と一緒に脳みそも抜けたか、このカス!」


 ガシャーン! と三枚目の皿が割れる。

 もはや床は割れた陶器の破片まみれで、窓に開いた穴からは隙間風。

 つまり足の踏み場を探す事もできないほど、ものすごい事になっていた。


「まあ、とりあえず話を聞けや」

「うるっせえな、ハゲの話になんて興味はねえ!」

「儲かるのに?」

「……はあ?」


 おおよそ上品とは言えない調子で語尾を上げ、四枚目の皿を手にした少女が眉をひそめる。

 それを見上げ、リッヒがにんまりと癖のある笑みを浮かべた。


「なあに、お前が俺を親と認めて、俺に金が入ったら山分けしようぜって言う話だよ」


 少女が親の認めさえしてくれれば、リッヒに金が落ちる。

 それを分けてやるからとウィンクを投げ、しばらく息を詰めて様子を見守った。


「なあ、どうよ?」


 そう問いながらホウキへと手を伸ばし、さっさと床を掃き始める。

 その、妙に手馴れた様子をぽかんと眺め、やがて、少女は憮然とした顔で腰に手を当てた。


「アンタ馬鹿だな。アタシが裏切ったらどうすんだ」

「ん? その時は運が悪かったと思うさ」

「何だそれ。アンタ見ず知らずの娘を信じられちゃったりするわけ?」

「あー、そうだなあ……」


 そう言いながら破片をまとめ、ゴミ箱へと放り入れて少女に向き直る。

 そんな、ズボンとチュニックにエプロンと言う奇抜な格好のハゲが、ニヒルに笑った。


「正直な、お前の為とか立派な理由はねえんだ。悪巧みの仲間が欲しいって奴?」


 ところで晩飯はパンと肉でいいかな、などと余計な言葉を間に挟んで一呼吸おいて、


「俺とお前で、必死に働く素晴らしさとやらに浸っている奴を出し抜いてやるんだよ。どーせ働かなきゃ食う事もできんし、稼ぎは多い方がいいだろが」


 だから、数年は養ってやるから、他人を出し抜くのに必要な知恵をつけておけと。

 ようやく怒りが醒めてきたらしい少女に向けて言い、リッヒはくるりと背を向けた。

 そして、そのまま夕飯の支度に取り掛かろうとするリッヒに、少女が小さく笑い出す。

 怒っているのが、何だかあほらしく思えて来たからだ。


「いいよ、裏切られても泣かないんならアタシの親でも何でもやってみな」


 ただし働くかどうかは別問題だと忠告をつけ、ひょいと床の破片を拾い上げる。

 それを壁に投げ、タンッ! と鋭い音を立てて刺さったのを見届けてから、少女はふんぞり返って腕組みをした。


「よく聞けよ、ハゲ」

「あん?」

「アタシはな、他人の顔色見ながら生きて行く気なんてねーんだ。だからアタシの親でいたいなら、王立図書館に喧嘩売れるぐらいの本を揃えな。一冊でも足りなかったらすぐ縁を切る。金が惜しいとかほざいたら、その日にぶっ殺す」

「そいつは怖えなあ、俺を殺したら死刑だぜ? それでも?」

「そうさ。アタシはアンタに頭なんて下げない。アタシを捨てた馬鹿にも、笑った連中にも、国にもな。アタシを笑った何もかもを、アタシが最後に笑ってやる……だから」


 そこまで言ってうつむき、暗く笑う少女の目元に影が落ちる。

 そうして何かを言いよどむ少女に、リッヒが質問を投げ重ねた。


「だから?」

「だからまず、たっぷりのパンと肉をよこす事! ほら、さっさと金出しやがれ! このまま皿なしじゃ困るから、それも買って来てやっからよ!」


 一歩も歩み寄らず、睨むようにして片手を差し出す。

 それに対し、少女の手に恭しく小銭の袋を置いたリッヒが、まるで忠誠を誓う騎士のように深々と頭を下げた


「じゃ、三号通りのベリーパイも追加でな。ナージャ様」

「……何だって?」

「ナージャ。名無しじゃわっかんねえからよ、そう呼ぶ事にしたんだ。ナージャ」

「だっせえ」


 くくく、と喉を鳴らして少女が革袋を握りしめる。

 そして、くるりとリッヒに背を向けて、外に歩き出しながら声を投げた。


「……そう呼ばれてやるよ、ハゲ」


 ぱたん。

 順調に家から遠ざかって行く、野犬娘ことナージャの足音。

 その足音が聞こえなくなってから、リッヒは大きく息を吐いた。


「……えらいモン拾っちまった」


 引き攣った笑みと共に、紡ぎ出すのは楽しげな声。


「ははは、おっかねえー。こいつあ、手間がかかりそうだ」

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