民の三 受刑者
カアン! コオン! と硬い音が通路に響く。
母岩から掘り出された石炭が、ざらついた硬い断面を見せる薄暗い炭鉱。
古い油を押し固めたような臭気の中、入り口から送られる少しの風が、土と汗の匂いの染みた空気を掻き回す――
その中でぐびりと袋の水を飲み干し、額の汗を拭った巨漢はどっしりと腰を降ろした。
隆々とした筋肉に覆われた体は見るからに荒事に慣れた雰囲気を示し、ボサボサの髪と彫りの深い顔もあいまって、ただならぬ雰囲気を見せている。
「ネリア、手紙を書いたか?」
「書いたわ。酒場のベーニャと娼婦のキリーにね」
汗まみれの男を見下ろし、金髪の女がそう応じた。
この男と女――夫婦は、どちらも祖国では特別級の殺人犯だった。
怪力のバルと切り裂き魔ネリアと言えば、知る人ぞ知る殺人夫婦。
そんな二人が隣国で逮捕され、死刑を言い渡されてから一年が経つ。
その二人が連れて来られたのは断頭台ではなく、この小さな偏狭の炭鉱だった。
「まさか、こうなるとはなあ」
「ええ、私もまだ信じられないわ」
スコップで石炭をまとめながら、ネリアがくすくすと笑う。
それをちらりと横目で見て、バルがいまいましげに鼻を鳴らした。
「冗談言うな、シケてやがる。華々しくブッ殺してた時の方が面白味があったぜ」
「あら、それは同感。皆の前であなたを刺そうと思ってたのに、本当に残念よ……」
色めかしく言って両手を伸ばすネリアが、バルの太い首へと絡みつく。
その体温と声を間近に感じて、バルが丸太のような喉を鳴らした。
まるで大きな獣が唸るような笑い方。
気の小さい者なら、それを聞いただけで腰を抜かしそうな野太い声だった。
「くだらねえ、石より肉が潰してえのによ」
「……本当ね」
互いに煤で汚れた顔ではあったが、野獣のような凶暴さをうかがわせる目は同じ。
その視線を熱烈にからめ合わせ、先にバルが低く笑った。
「……行こうぜ」
ネリアの腕をほどいたバルが、レール上のトロッコを押し始める。
その後を道具片手に追いながら、ネリアが髪に指をかけてさらりと流した。
「この国の王は、きっと気が狂ったのね」
「だろうな」
そうとしか思えなかった。
──炭鉱の人員として受け取らせて欲しい。
そうラムーグから伝令が来た時と知った時には、二人して牢の中で顔を見合わせたものだ。
炭鉱と言えば短命の象徴のようなもの。てっきり、そこで国民を働かせるよりは他国の犯罪者を働かせた方がいい、なんて魂胆かと思っていたのだが、
「拍子抜けだ」
「そうね」
確かに強制労働先は炭鉱だったが、待遇は思ったほど悪くなかった。
むしろ炭鉱としての基準で見れば、自国の炭鉱より遥かに良かった。
眠れる場所があり、食事も足り、さらに湯も浴びられる。
そして必ずと言っていいほど、干し葡萄の袋が渡される――
健康に良いから食べておけと言う事だったが、二人してそれだけは飽きていた。
「慈悲の国……ねえ、大きなお世話よ」
「気持ち悪いな。せめてこの葡萄が毒だって方がまだ納得できる」
そう言いながら甘酸っぱい葡萄を頬張り、トロッコを押し進む。
岩壁のあちこちで回る風車は、酸素の薄い炭鉱の奥へと風を送り込む為のもの。
その風に肌を冷やされながら進み、出口である扉を押し開ける。
途端に、闇に慣れた目には痛いほどの光が飛び込んで来た。
「くそ、まだ昼だったか」
不満顔で額に手をかざし、目を細めてバルが唸る。
その腕に、こつんと小さな石が当たって落ちた。
「……?」
石が跳んで来た方を見れば、柵の向こうに子供の姿。
そこから二人を睨んでいる子供に、ふと、バルが凄味のある笑みを浮かべた。
「ガキか。踏み付けたらいい音がしそうだ……」
「刺したら泣いて逃げそうね……肉は柔らかいかしら」
そんな会話を聞いてしまった子供が、ひっ、と小さく息を飲む。
そして、じりじりと後ずさり、
「お、お前らのような犯罪者を大事にするなんて、王は売国奴だーっ!」
そう言い放ち、くるりと背を向けて逃げ出した。
そのまま遠ざかる後ろ姿を見送って、二人が顔を見合わせる――
「敵の敵は味方、って考えかねえ。ここのお偉いさんは」
「さあ、知らないわ。そんな事より帰りましょう? 私、あなたと遊びたいの……」