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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第五章 策士達の邁進
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王の七 老婆(2)

「……広すぎて落ち着かんねえ」

「ああ、おれも最初はそうだった」


 ウォルゼーが、リュギと名乗った老婆の感想に、神妙な顔で同意を示す。


 ウォルゼーがリュギを連れて来たのは、城下が良く見える上層階。本来は王族のみが使う、特別な部屋の一つだった。

 そこでは薄布で飾られた窓や、充分な綿を入れられたベッドが品良く置かれ、それらを照らす午後の陽光が、鏡の彫金に当たってきらめいている。

 一方、石張りのテラスから一望できる庭園には美しい花が咲き乱れ、噴水が所々で水音を立てている。そこで摘まれる花の蜜漬けはベルザのお気に入りで、湯を注いだ時にふわりと花が開く様子は、翼を広げる妖精のようだとも言われていた。


「ま、気に入ったら飲んでくれや」


 部屋の隅の、鮮やかな蜜漬けをウォルゼーが指し示す。


「なあに、おれがこの場所に慣れたんだ。婆さんもそのうち慣れるさ」


 そう笑うウォルゼーに、リュギもまた、笑顔で応じた。


 心なしかウォルゼーの声が弾んで聞こえるのは、きっと、気のせいではないだろう。

 この風変わりな王にとって、城は味気ないのではなかろうか。

 リュギには、そんな気がしたのだ。ただの勘に過ぎなかったが。


 リュギの灰色の目がウォルゼーを見る。


「大将。わたしの娘仔はね……」

「うん?」

「生まれついての隻腕だったのさ」


 そして、少しばかり知恵遅れだった。

 そう告げて寝台に腰を降ろし、膝の上へと杖を置く。


「まあ、そんなだからまっとうに働く事もできんかった。親族に面倒見てもらうためには金がいるだろう? その金が作りたかったのさ」


 何も知らず、ただ無邪気に笑う娘を幸せにしたかった。

 ――それも、もう過去の事。

 それを不幸だと言い張る気がない程度には、したたかに世間を生き抜いてきた。


「……懐かしい思い出さ」


 身内について告げたのは、ウォルゼーに対する信頼を示すためだ。

 うつむき、杖から離した指を膝に置く。

 それから少しの間をあけて、リュギはゆっくりと顔を上げた。


「……大将」

「あん?」

「わたしゃ大将から鋼を奪った。それは返せないし、返すつもりもない」


 断言し、骨ばった片手を持ち上げてウォルゼーを手招く。

 それに誘われて近付いて来た王に、ふと小さく笑いかけて、


「だから代わりに、今度は他国を欺いてあげるよ。……どうだい?」


 そう尋ね、判断を仰ぐべく首を傾げた。


「償いは早い方がいいだろうし、役立つ前に死んじまっちゃ意味もなかろうて」

「はは、そりゃあ嬉しい話だ。ボケ老人の戯言じゃねえ事を祈るぜ」


 などとおどけたウォルゼーが、片手で自分の顎をなでる。

 そうして感心に一つ唸り、少しの間を空けて笑い出した。


「くくく、婆さんと十年早く出会えてりゃなあ。おれの人生も違ったかも知れん」

「冗談言うでないよ、面倒をしょいこむ気かい?」


 仮にそれが叶っていたとして、娘の事で世話をかけたに違いない。

 もちろん、それを後ろめたく思っているのとは違う。

 ただ「この手で育てている」と言う充実感を、誰にも邪魔されたくなかっただけだ。

 だから、会うのは今で良かった――そこまで伝えて話題をしめくくり、軽く首を振る。


「湿った話は好みでないのさ、昔より今の話をさせておくれ。……ねえ大将、この国に炭鉱はあるかい?」

「ん? ああ。小さいのなら」

「犯罪者の受け入れは?」

「はあ?」


 思わず、ウォルゼーが面食らった声を出す。


「受け入れって、おれの国にか?」

「そうさ、よそ様の犯罪者を拾って炭鉱で働かせるんだよ。もちろん普通の労働力としてね。その代わり大事に使っておやり? 病にだけはかからせないようにね」

「……」


 意味がわからない。

 そんな顔をするウォルゼーに、リュギがそっと案を伝える。


「……なあに、大将の国を困らせようってわけじゃない」


 小さな毛虫で大魚を釣るだけさ、と。

 伝えられた策に耳を傾けたウォルゼーが、声も立てずに小さく笑った。

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