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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第四章 ハゲ、嘲笑う
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民の二 離反(2)

 思わず後ずさったレブリックに、リッヒが片目をつむって見せる。

 そして、ひらひらと片手を上下させ、リッヒはにんまりと口の端をつり上げた。


「残念ながら、手引きしたのは手前なものでして」

「な……に?」


 扉の向こう。

 ずらりと見える顔ぶれは、荘園を捨てる事を覚悟した農民達そのもの──


 牛飼いの男に羊飼いの女、葡萄摘みの少女そして麦畑の少年。

 それらを後ろに控えたリッヒが、片手を腰に当ててレブリックと向き合う。


「呼ばれて来たんじゃない、手前(てまえ)が出向いたんです」


 その言葉の通り、リッヒは彼らを代表して、レブリックへと別れを切り出しに来たのだ。


「こ、こ、この恩知らず!」


 怒りに震えるレブリックが、鼻息荒くまくし立てる。

 けれどもリッヒは、ひょろりとした細身を立てて、堂々とそこから動かない。


「ただ威張り散らして下を怯えさせて、確かに作物を売った金は稼げたでしょうがねえ。それを目に見える形で返せなかった結果がこれっすよ、旦那」


 そう切り返すリッヒへと、レブリックの怒りの声が飛ぶ。


「柵を買った分だ! それで儲けが削れている事ぐらい、お前だって知っているだろう!」


 リッヒは決して愚かではない。

 むしろ頭が良く、数字に強く、人の手配から備品管理までもをこなしていた。

 だからリッヒを叱るだけで良かった。困った時は、リッヒを叱り飛ばせば彼が必ず何とかしてきた。


 ――今までは。


「リッヒ!」


 レブリックが叫ぶ。


「儲けを全て渡せぬ理由を、いまさら知らんとは言わせんぞ!」


 何を作るにしても無償ではない、果物を作れば虫も鳥も来る。

 馬や牛を飼えば獣が寄りつき、それらからも家畜を守らなければならない。

 そうした目的の柵や弓や罠、それらを買うのもリッヒの役目であり、分配まで理解していたはずなのに。


「何を血迷った! それとも呆けたか!」

「いえいえ、仰る事はよおく理解しておりますとも。ですがね旦那、それを下に伝えましたか? 儲けがこれぐらいで、農地の維持費にこれぐらい。んで、これは次のための貯金であると伝えましたか? 自分がどう働いているかを見せる事もできないようじゃ、納得のしようもありませんぜ」


 ちちち、と立てた指を左右に振ってリッヒが笑う。

 その後ろから、いくつもの不審の目がレブリックに向いていた。


 農民達とて、レブリックの恩恵を受けて来なかったわけではない。

 けれどもそれ以上に、大変な苦労をさせられて来たのだ。


「わ、わしは苦労してここまで来たんだぞ!」


 後ずさりながらレブリックが叫ぶ。後ろには窓しかない。農民の間をすり抜けて逃げるわけにもいかない。

 だから、だらだらと冷や汗を流しながら、ちぢれた声でわめくしかできない――


「本当に苦労したんだ! もう楽をする権利があるはずだ!」

「そんなこたあ自慢になりませんぜ旦那。後で楽をしたけりゃ、若えころに貯金もできたでしょうに。感謝される人間である事もできたはずだ」


 ね? と両腕を広げ、背を軽くそらしてリッヒが笑う。

 とたんにレブリックの顔が、熟れたリンゴのように真っ赤になった。


「わ、わしから離れて生きていけると思うのか! 考えなおせ! 黙ってわしに従っていればそれなりに暮らしていけるんだぞ! 望むなら支払いを吊り上げてもいい!」


 その言葉を受けて、リッヒが不意に黙り込む。

 少ししてから、真面目な顔に戻ったリッヒが、輝かしい頭をぺこりと下げた。


「お気遣い痛み入りますぜ、旦那」

「そ、そうか。それなら……」

「けど、断らせてもらいまさあ」

「貴様っ!」

「どうぞどうぞご心配なく、行き先も見つけましたんで。手前はちゃあんとみんなに伝えますよ、何がどうして払えないのかをね。おわかりですか旦那? 人は誰だって、実力が見えん相手を信頼したりはしないんです。ああ……例外があった」


 ぱん、と両手を顔の前で合わせ、にっこりと浮かべる満面の笑み。


「神を崇め、その神のためと言われれば、何でも喜んでやるような狂信者は別です」


 言い終えてリッヒが背を向ける。

 その手から、ここの労働者である事を示す布がひらりと落ちた。


 リッヒを先頭に、ぞろぞろと農民達が後に続く。

 一様に無表情で、リッヒと言う笛吹きに誘われる灰色鼠のように――


「リッヒ! ふざけるなこの裏切り者! 天罰が下るぞ貴様ら! いつか……いつか!」


 そう叫ぶレブリックを、農民達は振り返らない。

 ただ一人、リッヒだけが最後に振り返った。

 肩越しに、にこやかに──

 わなわなと怒りに震えるレブリックに、心からの笑顔を向けて。


「それでは御機嫌よう旦那。いや、レブリック様?」

「リッヒ!」

「このご恩は忘れませんや。どうか、神の御加護で旦那の人望が回復しますように!」


 ばたん、と扉が閉じられる。

 それを呆然と見つめ、レブリックはがっくりと床に膝をついた。

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