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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
第四章 ハゲ、嘲笑う
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民の二 離反(1)

 レブリック邸。

 癖のある茶髪と黒のぎょろ目が特徴的な男、世で言う「領主」レブリックが全権を握る郊外の豪邸。


 緑の生け垣で整然と仕切られたその場所は、統治が行き届いた閑静な農場の、


「に、鶏が! 鶏が外に! にわとりっ……」


 ……閑静な農場のはず、だった。


 転ぶような足取りで部屋に飛び込んで来た配下を、レブリックがじろりと睨みつける。

 その顔は怒りに満ち、今にも蒸気を吹き上げんばかりの勢いだった。


 外から聞こえるけたたましい鶏の雄叫び、馬のいななき、そして駆け回る牛の声。

 レブリックと配下が言葉を交わしている執務室にまで、その混乱が伝わって来る。


 執務室は豪華で、立派な壁掛けや、深みのある家具が絶妙のバランスで配置されている。

 どっしりとした構えのその部屋だけは、重鎮にふさわしい作りをしていたが、


「れ、レブリック様ぁ!」


 裏返った配下の情けない声と、それを叱りつけるレブリックのしゃがれ声に、落ち着きらしいものは全くなかった。


「ええいやっかましい! 今はそれどころじゃないんだ!」

「ですが鶏が逃げ……え、牛も? ちょ、ちょっと誰か柵を! いや罠をーっ!」


 最後まで言い終わらぬうちに報告を受けた配下が、また慌てて外へ駆け出して行く。

 それを見送り、レブリックは憤怒の形相で窓から外を睨みつけた。


 眼下に広がる、緑豊かな領地は自分のもの。

 農民に貸し与え、作物を作らせ家畜を育てさせ、それらを搾取して資金を得て来た金のなる大地。


 ところが、そこの農民達が突然、作業を放棄したのだ。

 示し合わせたように、ある日を境に次々と。


「くそ、くそ! 何が新法だ、何が新王だ!」


 勢い任せに握りつぶした紙が、ぐしゃりと耳ざわりな音を立てる。

 それを手荒く広げてぎょろ目を見開き、レブリックは頬をひきつらせた。


「シャン、マイニー、ベルッセ、バートゥ、アロウド……」


 つらつらと並べる名前は、全て荘園を捨てた者。

 早い段階で姿を消したシャンやマイニー、そして、それに続くように帰郷を宣言した者達の名が、その一枚に並んでいる。


「くそっ!」


 再び紙を握りつぶし、足音も荒く部屋を歩き回る。

 そうして深く息を吸い込んで、レブリックは農民を統括する者の顔を思い出した。


 リッヒ。ただのリッヒ。

 農民の一人であり、同時に農民達を取り纏める親父である。


「……よし」


 怒りに煮えたぎる頭を落ち着けようと、深呼吸をしながら目を閉じる。

 その事で何とか冷静さを取り戻し、レブリックは大声を張り上げた。


「誰か、リッヒを呼べ!」

「お呼び?」


 真後ろ。


「――っ!」


 間髪入れずに降って来たリッヒの声に、レブリックが息を飲む。


「……は、は、早いな」


 到着が。そう言いながら背後を振り返り、レブリックは咳払いをして威厳を取りつくろった。

 そこにいたのは、癖のある笑みを浮かべたハゲ親父。つまり、リッヒ。

 呼ばれる事を理解していたかのような登場は、手際が良いと言えばそうなるのだが。


「リッヒ、わしの言いたい事は理解しているな?」

「ええ、まあ」


 チラリとレブリックの手にある紙を眺め、リッヒが一歩だけ後ろに下がった。


「みんなが逃げたがっている、だからどうにかしろ。でしょう?」

「そうだ」

「で、その理由に心当たりは?」

「そんなのはどうでもいい! お前はここの連中を黙って束ねていればいいんだ!」

「……ま、そう言うと思いましたよ」


 軽く応じて、リッヒが肩をすくめる。

 そしてすたすたと扉の方へ近付き、ぴたりとそこで足を止め、


「だけど今回ばっかりは聞けやせんぜ、旦那」


 振り返るや否やそう言った。


「は……?」


 聞き返すレブリックの声が、ぽつんと宙に取り残される。

 直後、ばたん! と部屋の入り口の扉が乱暴に開かれた。

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