プロローグ
小国ラムーグ。
豊かな自然に囲まれた、のどかで平和な農牧の国。
春には霜失せの祭りが行われ、花冠で髪を飾った娘達が妖精のように舞い躍る――
そんな伝統を残すこの地には、一つの逸話が伝わっていた。
「かあさま、聖王さまの話が聞きたいわ?」
編み物をする母の膝で、小さな少女が話をねだる。
今日は春祭り。そして、聖王の救国記念日。
暴君から国を取り戻してくれた王を称え、大地の恵みに感謝する特別な日──
「ねえってば!」
「はいはい」
昨日と同じ話をせがむ娘に、手を止めて母親が微笑んだ。
辺りに漂うのは良い匂いだ。焼かれる肉の香ばしさや、果物の甘い匂い。
鍋にはたっぷりのスープが満たされ、棚では、パンがこんがりとした焦げ目を見せている。
その全てが、この日のために準備したものだった。
あちこちに飾られた花もまた同じ。
それらに包まれた部屋の中で、再び編み物を始めた母親が口を開く。
「むかしむかし、この国を恐ろしい災いが襲いました……」
穏やかな声で語られ始める、英雄伝説の第一幕――
「災いはまるで嵐のように、いきなり国へと訪れたのです……」
それは、伝承に語られる男女の話。
玉座に並んだ美しい王と王妃の物語。
後に多くの詩の題材となった、数奇な運命を辿った英雄の話――
「その夜、お城の回りは真っ暗でした……」
美貌の王妃ベルザは、殺戮妃とも呼ばれた残忍な悪女。
対する若き国王は、慈愛に満ちた救国の王子、ウォルゼー。
――に、とても良く似た『詐欺師』であった。
これは、後に賢者と歌われるようになった男の、真実に連なる物語である。