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SOAREYE  作者: 新殿 翔
8/25

DISMOMENT


 悠希は、スペーサーのコックピットの中にいた。


 浮かんでは消えていく動作確認の立体モニターを視線で追う。


 これから始まるのは、裕真の乗るスリンガーに対してアヘッド部隊のブレイド十機……さらにヴァーミリオン部隊のランサー五機とスペーサー……計十六機の戦闘だ。


 滅茶苦茶にしか見えない演習訓練。


 マリーナの提案に寄り、ヴァーミリオン部隊とスペーサーの参加は決定された。


 馬鹿にしているとしか思えない。


 アヘッド部隊だけならともかく、ヴァーミリオン部隊にスペーサーまで加えて、それで本当に裕真が勝てるとマリーナは考えているのだろうか。


 ――考えているのだろう。


 悠希は、深い溜息を吐く。


 どれほど有利な状況でも、油断はしない。


 最初から全力で叩く。


 悠希はそう意気込んで、モニターに表示された出撃許可を告げる文章に、機体を思いきり加速させた。


 慣性の重圧が身体にかかる。


 そのまま、スペーサーの機体が宇宙の闇に飛び出した。


 既にスペーサー以外の機体は、いつでも演習訓練を開始できる態勢に入っている。


 アヘッド部隊とヴァーミリオン部隊の横にスペーサーが並ぶ。


 少しの間、沈黙が流れる。


 悠希は、スペーサーのカメラ越しに、視界の果てに浮かぶスリンガーの機体を見る。


 自分が敗北した少年が、あの機体に乗っている。そう考えると、自然と手に汗が滲んでくる。


 ……こんな大多数で戦っては、リベンジも何もない。


 けれど、それでも勝ちたい。


 彼女の心に渇望が芽生えた瞬間。




 演習訓練開始を告げるブザーが鳴り響く。




 と同時に、隣にいたヴァーミリオン部隊のランサーが一機、演習用の破壊力を持たない光線を胴体部分に受けた。



『――!?』



 一斉に動揺が走る。


 まだ、誰も開始地点から動いていない。


 彼我の距離は、遥かに開いている。


 スリンガーの両手には、ビームライフルがそれぞれ握られていた。右手のビームライフルが、悠希達の方に向けられている。


 この距離を、ただのビームライフルで……しかも狙いを一瞬で定めて撃ってきたというのか。


 そんな超精密射撃を、一体どれほどの人間が出来るだろう。


 撃墜判定を受けたランサーの機能が強制的に凍結される。


 動揺からの回復は、すぐだった。


 アヘッド部隊と無事なヴァーミリオン部隊の機体が、一斉にスリンガーに向かって加速する。


 その動きは長距離射撃を警戒して、不規則に変化していた。


 けれど――。


 同時に二機、ブレイドが機能を凍結させた。


 こちらもまた、胴体部分を撃ち抜かれたのである。


 怖気すら覚えるほど正確な射撃だった。


 二機を撃ち落としたスリンガーは両手に構えたビームライフルを下ろすと、その全身から銀色の光を放ちはじめる。


 そのまま銀の尾を引いて、スリンガーが飛び出した。直後、目の前に刃の潰された刀身が振り下ろされた。


 瞬間転位してきたスペーサーのロングブレードだ。


 スリンガーが機体を回転させるようにそれを回避する。


 ――やっぱり、避けられる……!


 悠希が歯噛みして、転位する。直後、スペーサーのいた空間を銀色の光線が通り過ぎた。


 あと一瞬転位が遅れていれば、スペーサーの胴は貫かれていただろう。


 スペーサーは、スリンガーの背後に現れる。


 振るわれるブレード。


 スリンガーがそれを回避するが、攻撃は一度ではない。


 転位と、斬撃。


 その繰り返しが、刹那に幾度も繰り返される。


 そのことごとくを回避しながら、まるでスペーサーなど眼中にないとばかりに、スリンガーはビームライフルでブレイドやランサーを次々に撃墜していく。


 しかも、ただ撃墜しているわけではない。


 確実に連携を乱すように、射撃は行われていた。


 十機から構成されるアヘッド部隊は既に残り四機となり、ヴァーミリオン部隊は残り三機となっている。


 仲間を次々に墜とされて、悠希の中で焦りが大きくなる。



『どうして、あたらないのよ……!』



 絞り出すように叫んで、悠希はスペーサーを介して、ブレードを振り下ろす。


 スリンガーはまるで幻か何かのように、刃の軌道から外れていた。


 その動きに、悠希は違和感を覚える。


 おかしかった。


 スリンガーの機動性が……明らかに常軌を逸している。


 少なくとも量産機の動きではなかった。


 ……スキル。


 ようやく悠希は、その考えに至った。


 スリンガーの動きが異常だというのなら、それは、今その機体に乗り込んでいる裕真の発動させるスキル以外に理由はない。


 ならば、と。


 スペーサーが一旦、スリンガーから距離をとる。


 味方がさらに墜とされる中、悠希は必死に思考を回転させた。


 どんなスキルなのか。


 スリンガーの機動性が上がるということは、動力系に作用するスキルだろうか。


 否。


 違う。


 悠希はマリーナの言葉を思い出した。


 裕真のスキルは、悠希の瞬間転位と同じく、次元干渉系のものらしい。


 であれば動力などに作用するものではない。


 次元干渉系で、機体の動きを加速させるもの……。


 それにこうも言っていた。一瞬が一瞬で終わらない、と。


 一体どういうことなのか。


 不意に、悠希の視界に、コックピット内の立体モニターに表示される、演習開始から経過した時間が映り込んできた。


 まだ、たったの十分も経ってない。


 そのことに驚きながら、悠希は……はっとする。



『――っ、時間!』



 次元干渉系で加速に関わるもの。


 かつ、一瞬を一瞬で終わらなくさせるもの。




 それは、時間だ。




『時間を、操るスキルなの……!?』

『へえ……よく分かったな』



 通信チャンネルが開き、立体モニターに裕真の顔が表示される。



『正確には、俺の乗る機体の時間を外界の時間より長く引き伸ばすスキル、だ。まあ、今乗ってるコイツで大体、外界の二倍ってところか』



 二倍……。


 悠希は、愕然とした。


 あまりに、出鱈目なスキルだった。


 戦闘というのは、一瞬の交錯で勝敗が決まる。


 相手の動きを見極め、どう行動し、どう攻撃をするか。どう次の行動に移るか。


 そういったことを、一瞬のうちに考えて行動に移さなくてはならない。


 だが……裕真にそれは適応されないのである。


 彼は、ありとあらゆる手持ちの時間を、本来の倍持っていると言うことなのだ。しかも口ぶりからして、専用の調整を施されたディズィであれば、二倍以上時間を引き伸ばせるに違いない。


 時間が倍あったら、どれほどの有利になるのか。


 言うまでもないことだ。


 スペーサーの転位攻撃を避けられたことにも、納得がいく。


 転位からの攻撃は、とても一瞬では見切って避けることなど出来るものではない。


 だが……一瞬が一瞬でなく、その倍の時間を用意されていれば……。



『反則、じゃない……』



 思わず、悠希は呟いていた。



『俺からしたら瞬間転位も十分に反則と思うけどな。まあ、宝の持ち腐れじゃどうしようもないが』



 気付けば……アヘッド部隊のブレイドが全機撃墜されてしまっていた。


 スリンガーは最後のランサー二機に挟まれていた。


 二機のランサーが、腕に内臓されたマシンガンから無数のペイント弾が発射する。


 それを易々と避け切って、スリンガーは片方のランサーの背後に回り込むと、その背中にビームライフルの銃口をあてて、トリガーを引いた。


 撃墜判定。


 これで残ったのは……スペーサーと、そしてヴァーミリオン部隊の隊長機。つまり、悠希と綾香だけとなった。



『時間を引き延ばすスキル、か』



 悠希の目の前に、綾香からの通信チャンネルが開く。



『……やるぞ、悠希』



 綾香の瞳は、欠片も諦めを抱いてはいなかった。



『ええ……』



 それを心強く感じながら、悠希は……スペーサーは両手のブレードを構えた。



『合わせなさいよ、綾香!』

『馬鹿、そりゃこっちの台詞だ』



 まずランサーが、スリンガーに突っ込んだ。


 槍を真っ直ぐに構えて、深紅の機体が翔ける。


 それを軽く回避してスリンガーはビームライフルをランサーに向け……そこにスペーサーが転位して、ブレードを振るってきた。


 ブレードはスリンガーの装甲を掠めるのみ。


 とても、あたったなどとは言えない。


 それでも……さっきまでは掠らせることすら出来なかったのだ。


 やれる、と。そう実感を得る。


 スペーサーがスリンガーの背後に転位してブレードを突き出す。


 それをスリンガーが避けたところに、今度はランサーの突撃。


 身を捻る様にしてスリンガーは突撃を回避した……かと思った次の瞬間、スリンガーの脚がランサーのコックピットを装甲の上から思いきり叩く。



『……う、あっ!』



 装甲越しとはいえ、綾香を襲った衝撃は半端なものではない。



『綾香!』



 叫んで、スペーサーがスリンガーを斬りつける。


 振るわれたブレードを……スリンガーはビームライフルの銃身で弾くように逸らした。



『な……!』



 驚く間に、スリンガーのビームライフルがランサーに向けられ……銀色の光。


 最後のランサーが撃墜された。


 悠希は、目の前が真っ暗になるような錯覚を感じた。



『……なんなのよ』



 一対一。


 スペーサーは、スリンガーと相対する。


 たかが、量産機だ。


 そのたかが量産機に、味方十五機が墜とされて……その結果与えたのは、ほんの小さな掠り傷のみ。


 勝てる気がしなかった。



『……なんなのよ、あんたは!』



 悠希は、許せなかった。


 何よりも、勝てないと、そう思ってしまった自分自身が。



『負けるわけには、いかないのに……私はっ!』



 思い出す。


 ずっと昔、自分が幸せだった頃を。


 両親が、自分が、笑っている風景。


 それは脆くも崩れた過去。


 アニルによる天都の食糧生産プラント〝芽吹(めぶき)″襲撃事件。それに巻き込まれて、両親は宇宙空間に投げ出され、遺体すら回収されずに死んだ。


 当時の悲しみは、今は少しだけ薄れている。


 それでも、憎しみだけは、ずっと燃え盛っていた。


 アニルを倒す。その為に。



『復讐の為に戦う、か』

『……人のこと、勝手に調べたの?』

『お前のことなんて何一つ知らなくても、その目を見れば、すぐに復讐したがってる人間だって分かる』



 裕真の咽喉が鳴った。



『なにが、おかしいのよ……!』

『おかしいさ。別に復讐の為に戦うなとは言わない。けれど、それでお前は自分が何を傷つけるのか分かっているのか? 守りたいものを、ちゃんと握り締めてるのか?』

『なんですって?』



 彼の言っていることが、悠希には理解できなかった。



『……いいや、気にするな』



 その時。


 甲高い音が、スリンガーの機体から発生した。同時に眩いばかりの銀の光が放出される。



『言っても分からないだろ。だから、とりあえずは、あれだ』



 スリンガーから煙が上がる。


 限界以上の稼働に機体が悲鳴をあげているのだ。


 ぞくり、と。


 悠希の背筋を冷たいものが撫でた。



『――終わりだよ』



 そして……気付けばスペーサーの目の前にスリンガーがいて。


 銀色の光線が至近からスペーサーの胴体に命中する。



『……え?』



 悠希の目の前に、撃墜判定、機能停止という文字が浮かび上がった。




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