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SOAREYE  作者: 新殿 翔
7/25

PROPOSAL


 右からの攻撃を転位してかわし、そのまま胴を切り裂く。


 殺到してくる爪や牙は当たり前のように届くことはない。


 一匹ずつ確実に、かつ迅速に仕留めていく。


 転位を連続させるスペーサーは、まるで同時に何機も存在するかのような錯覚を見る物に与える。 


 最後のアニルを狩り終える。


 視界が暗転。


 浮かび上がったモニターに、成績が表示される。


 いつもの同じ、シミュレーターにおける最高ランクの戦績。


 これまでと同じ、圧倒的な能力。


 けれどそれは……もう不敗の力ではなかった。



「っ……」



 奥歯を噛みしめながら、彼女はシミュレーターを出た。


 シミュレーター室はソアレイが格納されているハンガーに隣接している。


 悠希は立ち並ぶソアレイを視界の端に捉えながらハンガーを横切って、休憩室に入る。


 と――。



「はい、お疲れ」

「ひゃぁっ!?」



 悠希の首筋にいきなり冷たいものが当てられた。思わず悲鳴を上げてしまう。



「おお、女の子らしい声」



 彼女は不愉快そうな顔で、背後を振りかえった。



「……綾香(あやか)

「紅茶で構わなかったよな?」



 そう言ってボトルを差しだしてくるのは、赤い髪を後ろで一括りにした女性。歳の頃は悠希より少し上、といったところだろう。


 綾香=シュリ=ミルミーア。


 若くして少数精鋭部隊〝ヴァーミリオン″のリーダーを務めるエースだ。


 そして、彼女こそが先日のマリーナたちが現れた時、最後にディズィに突撃したランサーのパイロットである。



「ありがと」



 ボトルを受け取って、悠希は休憩室のガラス張りの壁によりかかった。



「しかし、頑張るじゃないか。やっぱり、昨日の負けが堪えているのか?」

「……」



 悠希の表情が歪む。



「そう気にすることはないだろ。相手は人間だ。アニルに負けたわけじゃないんだから」



 明るく慰めるように言って、綾香は悠希の頭に手を置くと、その黒くて艶のある髪をくしゃくしゃと撫でる。



「ちょっと、やめてよ」

「いいからお姉さんに撫でられろって。頑張ってる妹分へのご褒美だ」

「妹分、て……綾香の方が弱いくせになに言ってるのよ」

「あ、それを言うか、この」



 綾香の指が悠希の頬を抓む。



「いふぁいいふぁい。ふぁなふぃへ」



 しばらく悠希の頬の感触を楽しんで、綾香は指を離して窓から見えるハンガーを眺めた。



「まったく、痛いじゃない……」



 頬をなでつつ、悠希はボトルのストローを咥える。


 その隣で、綾香はぽつりと呟く。



「……にしても、本当にあいつはとんでもないな」



 その視線の先には、ハンガーの一角に佇む一機のソアレイがある。


 軍の量産機である〝スリンガー″だ。


 その足元では、裕真とマリーナがなにか話し合っている。



「聞いたか? これからアヘッド部隊と演習訓練だそうだ。一対十でやり合うなんて、私はてっきり貴方くらいしか出来ないと思っていたんだがな……。しかも、話じゃあいつ、どういうわけかあのディズィとかいう機体じゃなく、スリンガーを借りて、それで戦うらしい」

「……そうなんだ」



 アヘッド部隊と言えば、ヴァーミリオン部隊と双璧をなす部隊だ。その特徴は、〝ブレイド″という速度重視のソアレイ十機による連携だ。一機一機の火力はさほどではないが、その殲滅率はかなり高いものである。



「アヘッド部隊の連中、目にもの見せてやる、って言ってたけど……正直どうかな」

「無理ね。言っちゃ悪いけど、多分勝てないわよ」

「おいおい。はっきり言うな」



 綾香が苦笑する横で、悠希はどこか確信していた。


 彼女も、アヘッド部隊と単機で演習訓練をしたことがあるからわかる。


 アヘッド部隊では、あの少年に勝つことは出来ない。


 スリンガー一機に対してブレイド十機と言われれば、誰もがその結果をアヘッド部隊の勝利と予測するだろう。


 だが、戦いは機体の数や性能が全てではない。


 裕真の操縦技術は、それらを補って余りあるものだと、悠希は感じていた。


 それだけではない。


 スキル。


 裕真には、それがある。スリンガーは量産機で、スキルに合わせた調整はしてないだろうからスキルを十全に発揮することは出来ないだろうが、それでもスキルがあるというのは大きな脅威だ。



「……まあ、お前に勝てるんだから、本当にそうなんだろうな。でも、本当に不思議だよ」

「不思議って、なにが?」

「どうしてあいつは、お前に勝てたんだろうな。大体、お前の攻撃が防がれたこと自体、私は信じられないよ」

「……」



 それは、悠希にとっても最大の疑問だった。


 転位からの一撃は、滅多なことでは避けたり防いだりは出来ない。それこそ、偶然に偶然が重なって初めて成功することだ。


 だが、ディズィはそれをあっさりと連続でやってのけた。明らかに、スペーサーの動きを見切っていたのである。


 どうして?


 スペーサーの転位は一瞬だ。とてもではないが見切れるようなものではない筈だ。



「それはね、裕真にとって一瞬が一瞬に終わらないからだよ」



 不意に、休憩室の入口から声がかけられた。


 見れば、いつの間にかこちらにマリーナが来ていた。


 ハンガーではスリンガーがアヘッド部隊の機体と共に出撃準備に入っている。



「一瞬が、一瞬に終わらないって……どういう意味?」

「加えて、裕真の並外れたセンスというのも大きな要因だろう」



 悠希の質問が聞こえなかったように振る舞うのは、答えるつもりがないということか。



「ふむ。さて……アヘッド部隊はなかなかに優秀な部隊だそうだが……裕真相手にどこまでやれるものかな。楽しみだ」

「白々しいわね。結果なんて、見えているじゃないの?」

「そんなことはないさ。機体も、ディズィとは格段に劣るものを使うしな……ちなみにディズィを使わない理由は、それじゃああんまりだから、だ」



 マリーナの口が弓なりになる。



「少なくとも、アタシと裕真の共通意識として、アヘッド部隊の方がスペーサーよりかは手強いと思っているよ?」

「……なんですって」



 悠希の握るボトルが軋んだ。



「馬鹿にするつもり?」

「大真面目に言っているんだよ」



 睨み殺すような目をする悠希に、やれやれと肩をすくめてマリーナはハンガーを見下ろした。



「スペーサーは、言わば奇襲の機体だよ。瞬間転位というスキルによって、常に死角から攻撃する。けれど奇襲というのは結局のところ、強者に弱者が挑む手のことを言うのさ」

「だから……なんなのよ」



 遠まわしに自分のことを弱者と言われ、悠希の纏う雰囲気がさらに剣呑になる。



「だがスペーサーの転位攻撃は裕真への奇襲にはなりはしない。スキルの相性があまりに悪すぎる。唯一の切り札を奪われた弱者など、ただ踏み潰されるのを待つだけの哀れな小物ということさ。そんなのなら、最初から切り札を持たない状況で努力している連中の方が、よほど驚異的というものだろうよ」



 くつ、と笑みを一つ零して、マリーナは椅子に腰を下ろす。



「つまり、こう言いたいんですか?」



 初めて、綾香がマリーナに対して口を開く。相手が偉人とあって表面上は敬語だが、どこか棘がある。



「悠希が、スキルに頼り過ぎている、って」

「端的に言えばそうなる」

「その何が悪いのでしょうか?」

「なに?」



 マリーナが訝しむように綾香を見た。



「いいじゃないですか。彼相手なら負けてしまうかもしれないけれど、アニル相手なら、悠希は絶対に負けない。例え第三形態のアニルだって、スペーサーの攻撃は防げないんですから」

「なるほど、そうだな。確かに、第三形態までならスペーサーは圧倒的だろう」

「第三形態まで? おかしな言い方を。アニルは第三形態までしかないじゃないですか」

「――ああ、そうだな」



 頷いて、マリーナは煙草を取り出して、それを口に咥える。



「その通りだな。第三形態に勝てれば十分なのだよな……。けれど、それは停滞という愚行だ」



 最後の言葉は、あまりにも小さすぎて、二人の耳には届かない。


 煙草に火をつけて、マリーナはふと思いついたように口を開いた。



「そうだ。このままじゃ裕真もつまらないだろうしな。そちらにハンデの一つや二つやらないと駄目か」



 その双眸が、悠希と綾香を見据える。



「どうせ居合わせているんだ。少し、付き合うといい……あれも、少しは気にかけているようだしな」



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