DEFEAT
『唐突ではあるが、面倒な口上は省略して、こちらのやりたいことだけやらせてもらうとしよう』
アルトオブリガードの上部にあるハッチが開く。
そこから何かが飛び出した。
『とりあえずは、誰も動かないのがオススメだ。動けば、身の安全は保障しかねる』
銀色の光が尾を引いて、それがアニルの群れの中に突っ込んだ。かと思うと、その銀の光に隣接したアニルが次々の光に貫かれていく。
アニルを貫いて行くのは、ビームライフル。
アルトオブリガードから飛び出したのは、一機のソアレイだ。
それも、スキルを発動している。
悠希は、その機体に目を奪われた。
速い……!
恐ろしい速度で、そのソアレイは黒い宙を駆け抜ける。
スペーサーのカメラがそのソアレイの姿を拡大し、映像を悠希の視覚に投射する。
奇妙なソアレイだった。
基本的には、その形状は一般的なソアレイから逸脱するものではない。漆黒にカラーリングされた胴体と頭部、腕部と脚部。多少無骨ではあるが、それでも普通と言える。
しかし一点、明らかに異常な部位があった。
肩。
まるで腕を覆うように、左右の肩にそれぞれ三枚の巨大なプレートが付属しているのだ。
そのソアレイが、次々と信じられない速度でアニルを撃ち落としていく。
実に秒間三体。
出鱈目、と表現するのが最も相応しかった。
規格外な機体の速度に、恐ろしく正確な射撃。
あんな機体を人間がまともに制御できるものだろうか。そんな疑問が、悠希の頭に浮かぶ。
いっそそれは、芸術的とすら思える戦いだった。踊るように機体が宇宙を駆け、銀の線が無数にその舞台を飾る。
『本当に、気を付けたまえよ?』
はっとした。
その声に、悠希は自分が目の前の戦闘に見入っていたことに気付いた。
直後。
数十にも及ぶ銀光の槍が降り注ぎ、辺りのアニルを次々に貫いていく。
見上げれば、アルトオブリガードの艦体の各所から砲身が突き出し、銀色の輝きを銃口の奥に蓄えていた。
嘘……あんな大量の粒子砲を、同時に発射するだなんて。
信じ難い目の前の光景に驚愕する悠希の視界に、再度銀の槍が降り注いだ。
アニルが次々に撃ち落とされていく。
二回の掃射で、アニルの数は残り僅かとなっていた。
それでいて、軍のソアレイには僅かな被害もないことから、アルトオブリガードという戦艦の砲撃の精密さがうかがえる。
残りのアニルは、あっという間に黒いソアレイによって撃ち落とされてしまった。
アルトオブリガードが出現して、ほんの僅かの間にアニルは全滅させられた。
スペーサーを圧倒的と言うのなら、それは正に、絶対的な殲滅。
悠希の頬が引き攣る。
黒いソアレイは、アルトオブリガードの船首で動きを停めた。
『御苦労だったな、〝ディズィ″』
ディズィ。それが、あのソアレイの名。
一体何者なのか。
その場の誰もが、困惑していた。
『こちらは連合軍の天都所属、古辺昌久少将だ』
映像通信が開かれた。
そのモニターに映し出されていたのは、厳しい顔立ちの男性。
『ほう』
と、アルトオブリガード側のチャンネルで、女性が興味深そうな声を出す。
『少将とは……たかが一介のテストパイロットだったお前が随分と昇進したものじゃないか。古辺』
音声のみだった通信に、映像が含まれた。
モニターに、金色の髪を適当な感じに伸ばした女性が現れる。
ふと、悠希はその顔に見覚えがある気がした。
『まさか……マリーナ=ワークマン、か?』
ひどく驚いた様子で、古辺がその名前を口にする。
『この天才の顔を忘れていないようで安心したよ』
そうだ。
悠希もようやく思い出した。
マリーナ=ワークマン。それは、アニル対策の為に軍が発足した初期から兵器開発の指揮をとり、ソアレイの基本理論を一人で完成させた、現在の人類を支える基礎を築いた最大の功労者。人類史上最高とすら称えられる天才の名前だ。
ソアレイ乗りならば、誰もが一度はその顔をどこかで見たことがある。
だが、と悠希は首を傾げた。
なぜそんな人が、こんなところにあんなものに乗って現れたのかが分からない。確か彼女はソアレイの量産が始まると同時、どこかに姿を消した、という話だった筈だ。
『何故ここに……』
『なに、少しお願いがあってね……いや、違うか。お願い、っていうより――なあ?』
古辺の問いかけに一つ笑みを零して、マリーナは目を細めた。
『アタシは政治屋じゃないからな、細々した話は好きじゃないんだ。さっさと本題に入らせてもらうぞ。アンタらの物資の一部をアタシ達によこしてくれないか、とな』
それは、信じられない要求だった。
『なんだと?』
『イエスかノーの二択だ。さ、十秒で決めてくれ』
『ふざけるな、マリーナ。そんなことが出来るわけがないだろう。そもそも貴様、一体――』
『ふうん、出来ないってことは、ノーってことだな?』
古辺の言葉を遮って、マリーナは懐から銀色のケースを取り出して、そのケースから出した煙草をくわえ、火をつけた。
『ちなみに、イエスならそれでよしだったんだが、ノーなら……』
煙を吐き出し、彼女はゆっくりと身をのりだした。
青い瞳の奥で鋭い光。
『実力行使だ』
その言葉と同時、悠希の背後に控えていた部隊のソアレイが所持していたライフルなどの武装が銀色の粒子に貫かれ、爆発した。
ビームライフルによる攻撃だ。撃ったのは、ディズィという機体。
ディズィはそのまま部隊との距離を一瞬で詰めると、次々にその手足を撃ち抜いた。
ソアレイが無力化される。
『安心しろ、殺しはしない。アタシらは人殺しじゃないからな。とりあえず、この辺りの連中がやる気をなくすまで無力化を続けさせてもらうかね』
悠希は、即座に動いた。
スペーサーが消滅、ディズィの背後へ出現する。
『いきなり、なにをするのよ……!』
ディズィの肩目がけてブレードを振り落とす。
当たり前のように、ディズィの左腕が斬り落とされ――なかった。
『な……っ』
ディズィの肩のプレートが駆動して、ブレードを受け止めたのだ。
そこから、機体を反転させるようにして、ディズィはスペーサーの背後に回り込む。
『く……!』
咄嗟にスペーサーは転位で距離を離した。
相対して、悠希は冷や汗を流した。
自分の攻撃を防がれるなど、少しも予想していなかったのだ。
けれど、偶然はこれきり。
再びスペーサがディズィの背後に現れる。
悠希の目が見開かれた。
ディズィが、即座に銃身をスペーサーに向けたのだ。
速、い……!?
まるでスペーサーはどこに現れるのか、分かっているかのようだ。
悠希は舌打ちをしながら、ブレードを振るった。
それより早く、ディズィがライフルのトリガーを引く。
光の銃弾が、ブレードを圧し折った。金属の輝きが回転しながら宇宙の彼方へと消えていった。
『なに、よ……これ!』
混乱しながらも、スペーサーは折れたブレードを放棄、ディズィの頭上に転位して、もう片方の手に握りしめていたブレードを振るう。
ディズィの頭部を横に切り裂くはずの刃は、しかしディズィの異常な速度によって寸で避けられ、さらにそこからブレードの横腹に粒子弾を撃ち込まれた。
二度も武器を壊された事実を上手く理解できないままに、スペーサーは腰からミドルブレードを引き抜き、左右の手で同時に構えた。
転位して、下方から脚部を狙う。が、それをあっさりと回避したディズィの銃身が動く。それが狙いを定めるよりスペーサーはディズィの背後に転位。そこからの一撃を……またも回避される。
『なんで、避けられるの……!?』
悲鳴にも似た声で呟いて、悠希は一度、ディズィから距離を取った。
五十メートルほど下がる。
と同時。
スペーサーの左手にあったブレードが撃ち抜かれた。
『っ……嘘、でしょ?』
まさかこの距離から当てたとでも言うのか。
一瞬だけ悠希が自失した、刹那。
ディズィは、一息でスペーサーとの距離を縮め、ライフルを構えた。
『こっ、のぉっ!』
悠希は、これまで培ってきた全ての経験をもって、咄嗟にスペーサーの右手のブレードをライフルに突き出した。
その刃が……通る。
ライフルにブレードが刺さり、爆発。二機が別々の方向に弾き飛ばされる。
『よし……!』
ようやく得られた手ごたえを確かめながら、スペーサーはショートブレードを引き抜いた。
一見して、ディズィにはあのライフル以外の武装は見受けられなかった。あったとしても、僅かばかりの内部格納スペースにしまわれている武器。おおかたナイフかハンドガン。どちらも火力としては不足している。
……やれる。
勝利を確信した悠希の視線の先で、爆煙が晴れる。
ディズィの輪郭を捉えると同時、スペーサーはその距離をゼロにした。
ナイフを振り上げた姿勢のまま、ディズィの目の前に現れる。
次の瞬間、
『くっ――!』
スペーサーの両肩が、吹き飛んだ。
激しい震動を感じながら、悠希はディズィを睨んだ。
どうして――。
『どうして……まだライフルがあるの!?』
それも、左右に一丁ずつ。
それによって、スペーサーの両肩が破壊されたのである。
ディズィの肩に付属していたプレートが、左右一枚ずつ駆動していた。
――この肩のプレートは、本来は飾りや盾などではない。
ライフルの格納ケースなのだ。
それが左右合わせて六枚。つまり、最初に手にしていたライフルがなくとも、ディズィにはまだ六丁のライフルが用意されているということになる。
続けて、スペーサーの両脚が破壊された。
損傷によって動力系が低下、悠希はスキルすら発動できなくなる。
それが……最強のソアレイの、敗北。
あまりに桁外れな戦闘についていけず、困惑するばかりだった軍のソアレイが後退する。
慄いているのだ。
『さて、古辺』
『……』
それを目の当たりにして、古辺の頬にも一筋の汗が伝う。
最強と言われてきた悠希が敗北したということは、それだけ強烈な衝撃なのだ。
『知らない仲でもない。サービスでもう一度チャンスをやろう。……とりあえず茶くらいは用意してくれるだろう?』
余裕に満ちた顔でマリーナが尋ねる。
『さあ、古辺。どうするのか教えてくれ。それで、アタシらの行動も決まるんだ』
『まだだ!』
介入したのは、一機のソアレイ。
深紅のカラーリングを施されたそれは、軍の正式モデルの一つである〝ランサー″。量産機体だ。
巨大な突撃槍を構え、一直線にランサーはディズィに突進した。
だが、スペーサーの攻撃すら防ぐディズィに、そんな攻撃が通じるわけもなく、ディズィはそれを軽々と回避する。
攻撃を外したランサーはそのまま機体の姿勢を即座に修正し、槍を構える。
今度は、突撃ではない。
槍の先端が開き、展開されていく。
そこに激しい電火が灯った。
槍の内部に搭載されているビームカノンである。
けれど、遅い。
カノンのチャージに時間がかかり過ぎた。
ディズィは即座にそのカノンの中心を撃ち抜き、その爆発に巻き込まれてランサーが吹き飛ぶ。
そのまま、ランサーは動きを停止させた。
どうやら爆発の衝撃でパイロットが気絶したらしい。
『……血気盛んだな。声からして女か。やれやれ、貴様らの軍には蛮勇な女が多い』
肩をすくめて、マリーナは短くなった煙草を携帯灰皿に放り込む。
『で、イエスかノーか。どうなんだ、古辺。アタシの気が短いのはオマエもよく知っているだろう?』
『……全機、撤退』