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SOAREYE  作者: 新殿 翔
23/25

BRAVE


『やっ、た……?』

『これで終わりじゃなかったら俺は泣くぞ』



 そんな言葉が悠希と裕真の口から出る。


 ディズィとスペーサーが、ゆっくりとその死骸がら離れた。



『……大丈夫?』



 ようやく落ち着ける状態になって、改めて悠希は尋ねた。



『ん、ああ……まあ、動力系統はかなり壊れてるけどな』



 スペーサーが半壊したディズィを掴む。


 第四形態の死骸が遠ざかっていくのを見送りながら、悠希と裕真は深い、どこまでも深い溜息を吐き出した。



『やったな……』

『ええ』



 まだ全てのアニルを掃討したわけではなかったが、二人にはもうあとの戦闘に参加する気力は残っていなかった。ディズィに限って言えば、まず物理的に戦闘の続行は不可能になっている。


 二機の横にランサーがついた。気付けば、他のアニルの姿はすっかり消えていた。どうやら綺麗に始末されたらしい。



『流石だな、お前らは』

『綾香もね』



 綾香の称賛に、悠希はそう言い返し、裕真は肩をすくめた。



『人を褒める余裕があるなら、他の応援にでも行ったらどうだ?』

『そりゃ御免だ』



 ふと、悠希はその綾香の言葉が僅かに震えていることに気付いた。



『綾香?』

『あー。実は、頭の傷が開いて血がどばどばと――』



 通信モニターの中の綾香の顔が、流れ出す血で真っ赤になっていた。



『今すぐ病院に帰れ! っていうか嫌でも引っぱってく!』



 慌ててスペーサーがディズィを掴む手と逆の手でランサーを掴む。



『分かった分かった。自分で帰れるから』

『病院を抜け出してきた人間の言うことなんて信用できるわけないでしょうが!』



 そう言って、スペーサーが二機を引っ張っていく。


 だが、そのまま天都に帰ることは、出来なかった。



『悪い知らせだ』



 マリーナからの通信が開く。



『どうしたんですか?』

『とりあえず、これを見てくれ』



 マザーの死骸が、三人の視界に映し出された。



『これが……どうかしましたか?』

『分からないか?』

『そう言われても、特に何も……』



 不意に――。


 マザーの背中から、何かが飛び出した。



『あれ、は……』



 映像が拡大される。


 そして、その正体が裕真達に伝わった。



『第四形態……!?』

『そうだ』



 それも、一匹ではない。


 次から次に……九匹もの第四形態が、マザーの死骸から飛び出していた。



『……まずいことになった』

『まずいなんてもんじゃないでしょう!』

『そうだな』



 焦燥した裕真に、無感情にマリーナが同意する。


 マリーナの平坦な声が、よりはっきりとことの緊迫を証明していた。



『そんな……一匹でもあれだけ苦労したのに……まして九匹なんて。それに、ディズィは使えないのよ!?』

『これらは現在、戦場を横切りながら下位のアニルを支配下に置いて、お前達に向かっている』



 悠希の悲鳴じみた訴えを無視して、マリーナが説明を続ける。



『なんで私達に……』

『仲間の仇討ちのつもりだろうさ』



 綾香の問いに、裕真が答える。



『だろうな……本当に、まずい』



 完全に参ったようにマリーナが煙草を噛みちぎる。



『……月坂』

『――無理よ』



 なにを言われるか、それに感づいた悠希は小さく首を振った。



『だがやってもらわなくちゃならん』



 なんて悪夢だ。


 悠希は、今すぐに自分が夢から覚めて、いつものベッドで目を覚ますことを願った。


 けれど、これは紛れもない現実なのだ。



『いくらガーディアンでも、第四形態の動きには追いつけない。第四形態に対応出来るのは、今やスペーサーのみだ』



 これが何かの、例えば神様なんて呼ばれる存在に与えられた試練だと言うのであれば、自分はきっと神から見放されているのだろう。


 悠希は視界が暗転しそうになるのを、どうにか堪えた。



『あんなの、やられに行くようなものじゃない!』

『だがやってもらわなければ困る』



 でなければ天都は終わる。


 言外にマリーナがそう告げた気がした。



『……』



 悠希は言葉を返すことが出来ない。


 彼女だって、天都を守ると、そう決意している。


 けれど、だからといって自ら死にに行くような真似を平然と出来るかと訊かれれば、当り前のように否だ。


 悠希の決意は決して軽くも脆くもない。しかしそれでも砕けてしまいそうになるほどに、状況は最悪のものになっている。



『悠希……』



 綾香は、何を彼女に言ってやればいいのか、分からなかった。


 何も言わないでほしいと、悠希は願う。


 綾香に言われたら、きっと自分は後戻り出来ないから、と。


 悠希がそのまま自分の殻に閉じこもってしまいそうになった、その時。


 がん、と。


 スペーサーのコックピットに、微かにそんな音が響いた。


 がん、がん、がん。


 音は何度も続いた。


 ようやく、悠希はそれがコックピットが外から何かに叩かれている音だと気付いた。



『な……っ』



 確認して……悠希は目を見開いた。


 ディズィから抜け出した裕真が、スペーサーに張り付いて、その拳を装甲に叩きつけていたのだ。



『なにしてるのよ!』



 慌ててスペーサーのコックピットを開く。


 と同時、飛び込んできた裕真が、悠希に詰め寄った。



『やれる、やれない。じゃない』



 真っ直ぐに見詰め、悠希の肩を裕真の手が掴む。



『やるか、やらないか。それだけだ』



 二人の視線が交錯する。



『やらないなら、お前は下りろ。俺がやる……。もっとも、他人の機体でどこまでやれるかは分からないけどな』



 裕真自身、そんな真似をしても第四形態に勝てないことは分かっていた。


 だが、それでも最後まで戦う。


 彼の瞳にはそれだけの意思の強さがあった。



『どうして……そこまで』



 どこからそれだけの勇気が出てくるのか、悠希には分からない。



『どうして、か。別に大層な理由なんていらないだろう?』

『え……?』

『ここで諦めたら、どれほどの人間が絶望するか。それを考えれば、自然と身体は動くものさ』



 言われ、悠希は考えた。


 天都がアニルに襲われる、その瞬間を。


 外装を破壊し、天都の内部にアニルが侵入する。侵入したアニルはそこに住む人々を襲いながら、天都の機能を破壊していくだろう。そうなれば……天都は、地球の重量に引かれて大気圏に墜ちていくだけの、ただの鉄塊と化す。


 従姉妹の雪の姿が脳裏をよぎる。


 距離感を測りかねて、いつも無愛想にする悠希に、雪はどうにか歩み寄ろうと、いつも笑顔を向けてくれた。


 叔母の桜の姿が脳裏をよぎる。


 両親を失って行き場のない自分のことを引き取って、優しくしてくれて、ここまで育ててくれた彼女は、悠希にとっては第二の母と呼ぶべき存在になっていた。


 それ以外にも、沢山の人々の……例えば、街角で見かける仲睦まじくしている家族や恋人達の姿が、次々に脳裏によぎっていく。


 もしここで諦めたら、そんな人々が絶望することになるのだろう。


 アニルに蹂躙されて、自分の両親のように無残な死を迎えるのか。


 嫌だ。


 悠希は、激しい嫌悪感を覚えた。


 そんなことをしようとしているアニルに。


 なにより、ここで諦めかけていた自分に。



『……最後に一回だけ聞くぞ。やるか?』



 裕真の問いかけに……悠希は小さく息を吸った、


 そして、頷く。



『――ええ』



 スペーサーのコックピットが閉じる。


 裕真はまだ外に出ていない。



『おいおい、俺はまだ出てないぞ?』

『いいじゃない。最後まで付き合ってよ。ここまで散々私のこと引っかき回してくれたんだから』

『いや、それは……、ったく。まあ、仕方ないか』



 反論を諦め、裕真が肩を落とす。



『ん……』



 悠希がなにかを裕真に差し出した。


 スペーサーとのシンクロに使うプラグの予備だ。



『はいはい』



 素直にそれを受け取って、裕真は自分のアクティヴスーツの手首にそれを差し込む。


 裕真の視界がスペーサーと同期した。


 あくまでも視覚情報だけの同期で、それ以外で裕真はスペーサーに干渉出来ないが。



『ちゃんと見てなさいよ、最後まで』

『ああ。精々頑張れよ』

『……うん』



 狭いコックピット内。


 人間が二人も入ればかなり密着することになる。


 裕真の体温をすぐそばに感じながら、悠希は宙を見上げた。


 機械によって補正されたその視界は、遥か彼方の第四形態とそれが付き従えるアニルの群れを確認する。


 スペーサーから、銀色の粒子が溢れだす。



『おい、悠希』



 飛び出そうとした悠希に、綾香が声をかけた。



『あ、そうだ。綾香、ちゃんと病院に戻りなさいよ?』

『分かったってば。それより、ほら』



 ランサーが槍をスペーサーに渡す。



『雑魚はこれで始末した方が速いだろ』

『……ありがと』

『気にするな。お前が無事に帰ってきてくれれば十分さ』



 悠希は大きな不安を押し殺して、自信満々に頷いて見せた。



『分かった』

『じゃ、行って来い』



 綾香の見送りを受けて、スペーサーの機体からティアマト・エネルギーが放出される。


 まるで巨大な翼が広がるように、光は強烈に、巨大に膨れ上がった。


 明らかに、普通の稼働ではない。



『これって……』



 コックピット内にまで溢れかえる銀色の熱に、悠希も裕真も驚いた。


 普段とは全くの異質。


 だが、僅かたりとも不快ではない。


 安心感が、どこからともなく沸いて、二人のことを包み込んだ。



『これは、俺の……?』



 ふと、裕真がそれに気付く。


 感じた異質の中にちらつくもの。


 それは――裕真のスキルだった。



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