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SOAREYE  作者: 新殿 翔
20/25

COUNTER



 状況はとびきり最悪だった。


 アニルの、マザー一匹を始めたとした、おおよそ三千体もの群れ。まだ第四形態は確認されていないが、少なくとも昨日逃がしたものが一匹、どこかに控えているはずだった。


 相手が三千の大軍ともなれば、エデンの第一駆逐艦隊だけで相手をするのは難しい。


 エデンのガーディアンは総数二百に満たない。どれだけ熟練揃いでも、多勢に無勢とはこのことで、形勢は不利と言わざるをえない。


 今のところはどうにかアニルが天都へ接近するのを防いでいるものの、このまま有効な一手も打てずにいれば、どうなるかは分からなかった。


 たった一機で最前線のアニルを削り続けるディズィの内で、裕真は唸る。



『……マリーナさん。せめてマザーだけでもどうにかなりませんか?』

『ここでマザーを倒しても、前回のようにアニルは退かないぞ。あれは奇襲じみた攻撃だったから向こうも怯んでくれたんだ。既に手の内を晒した相手に、ヤツらは怖気づかない』

『それでも、あれを墜とせればこっちの士気は上がるし、あっちの指揮系統も崩れて万々歳ですよ』

『そうだな』



 アニルの軍勢は強力だ。


 ひとえにそれは、連携の高さにある。


 アニルの動きは、個々の意思が薄い分完璧に統制され、その連携は人間にはとても真似できるようなものではない。


 そのアニルに指示を出しているマザーさえ倒せれば、状況は一変するだろう。



『だが戦艦は自分の身を守るので手いっぱいで、マザーの相手まではとてもじゃないが手が回らないし……かといってソアレイだけでは火力不足でマザーを墜とせない。さて、どう打開したものか』



 戦艦など、戦場ではただの大きな的でしかない。いくら火力が高く、装甲が厚くとも、大量のアニルに群がられてはひとたまりもない。だからこそ、下手に動きまわることも出来なかった。



『やれやれ、煩わしく飛びまわってくれる……』



 マリーナが苦々しげに呟く。


 アルトオブリガードの周囲では、ビーム兵器の光や、無数のミサイル兵器などによる爆発が生まれていた。



『ふん……厳しいな。まずマザー周囲の雑魚を掃討して、丸裸になったところで接近、艦の一斉砲火で一気に仕留めるのが確実だろう』

『でもそれじゃあ、そもそも雑魚をどうにかできるかどうかすら怪しい』

『臆病風にでも吹かれたか? と言いたいところだが、残念なことにアタシも同感だ』



 マリーナは降参とでも言うように両手を挙げて見せた。



『こうなったら一か八かで直結するか? 運が良ければ、届くかもしれない』

『直結、ですか……。アルトオブリガードとその乗員全員を犠牲にする勇気があるなら構いませんよ? ま、九割方マザーに届くこともなく撃墜されるでしょうけど』

『なんとも厳しいことだ』



 いくらなんでも、希望の見えない無謀をする気はマリーナも裕真もなかった。



『さて、どうしたものか……』

『……まったく、人手が少ないのも困ったものですね。せめてあいつが戻ってきてくれれば――』



 言いかけて、裕真は咄嗟に口を噤んだ。


 だがマリーナはそんな彼の言葉を、しっかりと聞いていた。



『んん? ああ……そうだなあ、うん』



 マリーナがいかにも意地の悪い笑みを浮かべる。



『嫌な顔をしてくれますね……』

『いやなに、つまりそういうことなんだろう?』



 モニター越しに、マリーナは裕真を愉快そうに眺めた。



『愛しの彼女をお待ちしてるわけか?』

『なんですか……それ。俺はただ単純に戦力的な話をしているだけで……』

『なんだかんだ言っても頼りになるものなあ、彼女の能力は。うん、私も人手がないのには困っているよ』

『あー、もう。いい加減面倒臭いですよ、マリーナさん』

『遠慮なく言ってくれるな、おい』



 そんな会話をしながらも、ディズィは着実にアニルを撃ち墜としていた。


 おそらくは、単機でありながら、百と少しほども仕留めただろうか。


 それでも戦場のアニルは、その数を減らした様子を見せない。やはり三千という数のせいだろう。



『やっぱりマザーは倒しておきたいですね』



 改めて、裕真が言う。



『だな。かろうじて防衛線は保てているが……悪いが五番部隊を手助けしてくれ、ちょっと危ない』

『はいはい』



 応えて、ディズィは即座に言われた部隊の元に翔けつけ、部隊を囲んでいるアニルを駆逐する。


 次々に感謝の通信が届く。


 一拍置いて、裕真はマリーナとの通信を再開した。



『マリーナさん。戦場の状況、どんな感じだか分かります?』

『ああ。丁度、戦況をまとめていたところだ』



 裕真の頭の中に何かのデータが割り込んでくる。


 どうやら戦場の分析情報らしい。細かに戦力の分布などが示されている。



『さすがマリーナさん。よくここまで把握しましたね』

『まあ天才だからな。もっと讃えて構わんぞ。……ん?』



 マリーナが何かに反応を見せる。



『どうかしましたか?』

『……喜べ、裕真。いい情報が入ってきた』

『はい?』



 マリーナがいきなり上機嫌になって、煙草を咥えた。



『待ちに待った元最強ちゃんの登場だ』



 ――刹那。



『だれが、元よ!』



 銀色が、舞った。


 視界に飛びこんできた機影に、裕真は……思わず笑う。



『……来たのか』

『当然よ! 私はまだまだやれるわよ――なにもかもを、守る為に!』



 銀色の軌道が、それに触れたアニルを真っ二つに切断する。


 輝くブレードを構え、スペーサーはディズィに向き合った。



『は、のろまめ』

『……否定はしないけど、』



 悠希は振り切った顔で、スペーサーに己を重ねる。


 これまで馬鹿なことにつき合わせてごめん。


 これからも大変だけど私に付き合ってよね。


 謝罪と感謝を込めた瞬間……ティアマトの光がスペーサーを覆い尽す。



『遅れた分は、きちんと取り戻すわよ』



 その輝きの強さは、これまでにない強烈なものだった。



『……驚いた』



 マリーナがそう呟く。



『どうしたんですか、マリーナさん』

『今、スペーサーのティアマト・エネルギー濃度が軽く七十を超えたぞ。昨日まで三十もいってなかったのに……どういうことだ、これは』



 裕真が目を丸める。



『……それじゃあ、まさか……』

『ああ――やれるかもしれない』



 瞳に希望を滾らせる二人に……。



『……?』



 悠希は話についていけず、首を傾げることしか出来なかった。



 スペーサーにアルトオブリガードから伸びる無数のコードが繋がれ、その両腕が甲板のスロットに差し込まれる。



『アルトオブリガードにはちょっとした仕掛けが組み込まれていてな』

『仕掛け……?』



 指示通りスペーサーとアルトオブリガードとの直結作業を行いながら、悠希はマリーナと言葉を交わしていた。



『大雑把に説明するとだな、アルトオブリガードは直結したソアレイのティアマト・エネルギーを艦全体に浸透させることが出来るんだ。ま、その為には対象のソアレイのティアマト・エネルギー濃度が五十を超えなくちゃいけないんだが』



 アルトオブリガードと直結したスペーサーの情報は、ダイレクトに悠希の脳に届く。


 まるで自分の身体が広がったような不可思議な感覚が、彼女の身体を包んだ。



『うわ、と……そんなことして、意味があるの?』



 その感覚に少し驚きながら、悠希は尋ねる。



『分かってないな、オマエは』



 マリーナが溜息を漏らす。



『ソアレイがスキルを発動するにはどうしたらいい?』



 スキル保持者である悠希にとっては馬鹿にするような簡単な問いだった。



『そりゃ、スキル保持者の身体を媒介させたティアマト・エネルギーを機体全体に――あ』



 言って、悠希ははっとした。



『分かったか?』

『もしかして、この艦って……』

『そう……スキル発動を可能にしているのさ』



 自慢げにマリーナが告げる。



『苦労したぞ。艦全体に対象ソアレイからのティアマト・エネルギーを浸透させる技術を生み出すのは』



 あっさりと言うものの、それは多分とんでもなく高度な技術なのだろう。



『……なんて滅茶苦茶』

『その滅茶苦茶が出来るのが天才が天才たる所以だろう?』



 と、悠希の視覚情報に一つのモニターが浮かぶ。


 接続完了のメッセージが流れた。



『さて……準備は完了だ。早速、ティアマト・エネルギーを放出してくれ』

『え……どうやって?』

『……』



 初っ端からの躓きに、流石のマリーナも言葉がなかった。



『……ティアマト・エネルギーはスキル保持者の感情の変化によって密度を増す。どうして自分のことなのにそのくらい知っていないんだ』

『わ、悪かったわよ……。それで、ええと……感情、か』



 言われて、さてどうしたものかと悠希は唸った。いきなり感情の変化と言われても、どうするばいいのか、具体的にどうすればいいものか。


 すこし悩んで、彼女は目を瞑っていた。



『……ん』



 思い浮かべたのは、守るという決意。


 守りたいという想いがどういう名前の感情で呼ばれるのか、愛情か、情熱か、あるいは他の何かなのかは悠希にも分からない。


 けれど確かにそれが自分の中にある一番強い感情だと、今の悠希ならば断言出来る。


 ――だから……その想いを果たす為にも、力を貸してほしい。


 自分の分身ともいえるスペーサーに、悠希は問いかけた。


 いけるよね?


 それに……彼女の相棒は応えた。


 銀色の光が、スペーサーから溢れだす――。



『ちなみに、裕真のティアマト・エネルギー濃度は八十二だぞ』



 まるでタイミングを計っていたかのようにマリーナが付け足す。


 ぴくり、と。悠希の頬が引き攣った。



『負けられないわよね!』



 悠希の叫びと共に、スペーサーが、さらに光の密度を増加させる。


 輝きはそのまま甲板に降り積もり、そっと吸い込まれていく。そしてアルトオブリガードの全体に流れていく。



『濃度ジャスト八十二。はは、やってくれたな、月坂。これでいけるぞ』



 マリーナが笑った。


 直後。


 アルトオブリガードは、距離という概念を無視し、アニルの軍勢を越え、マザーの眼前へと転位した。


 転位の反動か、艦体が不吉な軋みを上げる。


 だが、今は誰もそんなことを気にはしなかった。



『全力で墜とせ!』



 マリーナの号令で、アルトオブリガードに備え付けられた砲門が一斉に解放、そこからビームを始めとした、ミサイルや大口径の銃弾などが撃ち出される。



『自壊なんて気にせず撃ちまくれ!』



 命令通り、兵器群は砲身の必要冷却時間などを無視して連射された。そのせいで次々に砲門が爆発していく。


 だが、その代償を払うだけの価値はあった。


 マザーの巨体を、ティアマトの粒子光が、巨大な爆炎が、豪雨のような銃弾が、ありとあらゆる破壊力が襲う。


 ぐらり、と。


 マザーが、傾く。



『離脱!』



 マリーナの命令で、再度の転位。


 アルトオブリガードが、元いた座標へと帰還した。


 視界の果てでは、マザーがぼろぼろと崩れ落ちている。


 倒したのだ。


 けれど、それを歓喜するより早く――。



『アニルの戦線、次々に崩れていくぞ!』



 さらなる朗報が、マリーナの口から吐き出された。


 マザーという司令塔を失ったアニルの勢いは急激に衰え、防衛線が勢力を盛り返す。


 勢力図が一方向に押し込まれていくのを確認して、悠希は甲板のスロットからスペーサーの腕を引き抜いた。その動きに合わせて、繋がっていたコードがまとめて抜ける。



『私も行くわよ!』

『ああ、好き勝手暴れてこい』



 銀色の刃が宇宙に飛び出した。




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