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SOAREYE  作者: 新殿 翔
19/25

FLAME



 悠希は、脇のテーブルに置いてあった携帯端末から鳴り響くアラームを、ゆっくりとした動作で止める。



 今は、そんなものに構う余裕は、持てなかった。



「……行かないのか?」



 不意に、声が聞こえた。


 悠希は思わず椅子から飛びあがった。



「――綾香!」



 ベッドの上の彼女が、うっすらと瞼を開ける。



「やれやれ……今のアラームのせいで目が覚めちまったよ。なんていうか、軍人が染み付いてるよなあ、私」



 苦笑して、綾香は身体を起こそうとした。



「っ……!」



 酷い頭痛がして、再びベッドに体重を預ける。



「だ、大丈夫?」

「ああ……すげえ痛いが、問題ない」

「なによ、それ。問題、あるでしょ」



 微かに湿り気をおびた目じりを拭って、悠希は口元に微かな笑みを浮かべた。



「痛いなら大人しく寝てなさいよ」

「……大人しく、か」



 綾香が悠希に双眸を向けた。



「なあ、悠希」



 何を言われるか。


 なんとなく、悠希も分かっていた。


 本当は耳を塞ぎたかった。けれど、綾香はそんな暇はくれない。



「戦わないなら、それでいいよ」

「…………え?」



 予想とは違う言葉を投げかけられ、悠希は一瞬、硬直した。



「なん、で……」

「なんでもなにも、お前は行きたくないんだろう? なら、行かなくていいんだよ」



 当然のように言ってのけて、綾香は手を悠希の頬に添えた。


 その温かさに、悠希は無性に涙が出そうになった。



「悠希の戦う理由はさ……寂しいと思うんだ。復讐したいっていうお前の気持、軽々しく分かるなんて言えないけど、それでも分かってやりたいとは思う。その上で、やっぱり、だからこそお前を復讐の為に戦わせたくないんだ」



 悠希は黙って綾香の言葉を聞いた。



「私には、お前の両親がどんな人達だったのか分からない。けど、お前がその人達を大好きだったってことは分かってる。お前が好きになるんだから、きっといい人達だったんだろう」



 不思議だった。


 綾香の口調は、ひどく穏やかだ。なのに、どうして悠希は自分が叱られているかのように感じてしまうのか。


 なにかとんでもない間違いを犯してしまったのではないかと、後ろめたい気分すらあった。



「――お前の両親は、きっとお前が復讐の為だけに戦場に立つのを、望みはしないよ。悲しんでいるよ。それだけは間違いない」



 綾香の言葉に、いろいろなものが吹き飛んだ。



「……ぁ」



 悠希は、自分を見つめる綾香の瞳の向こうに、なにかを……記憶の彼方に埋もれてしまった二つの姿を見た。


 ひどく懐かしい声が、聞こえる。


 別に復讐なんて望まない。そんなお前を見るのは悲しい。そんな風に、言われた気がした。


 幻は刹那。気付けば、そこにあるのは綾香の瞳だけ。



「……私、頑張ったんだよ?」



 自覚もない内に悠希は零していた。



「頑張って、訓練して、ソアレイのパイロットになって、沢山訓練して、戦果を挙げて、もっと訓練して、専用機を貰って……数え切れないくらい、戦ってきたんだよ?」

「ああ……」



 独白するように言う悠希の頬に、滴が伝った。



「それは……間違い、だったのかな?」

「……お前は、立派だよ。そんな歳で戦場に立って、沢山のものを守ってきた。でも……ああ、そうだな。きっとお前は、間違えてたんだよ」



 きっと、少し前までの……裕真に出会う前の悠希には、そんな言葉は届かなかったろう。


 でも今。彼に言われた様々な言葉が、綾香の言葉と共にジグソーパズルのように噛み合っていく。


 そうして、呆気ないほど簡単に、辿りついた。


 悠希は、一体自分がどんな間違いを犯してしまったのかを、はっきりと理解した。


 彼女は復讐の為に戦って……けれどそれは彼女自身の為で、両親の為ではなかった。


 両親の仇打ちなどと偉そうに言っても、それは、ただひたすらに怒りをぶつけていただけにすぎなかったのだ。


 復讐だなんて、ただの名目でしかなかった。それはまるで、子供の癇癪と同じ。


 ただ彼女は、両親が奪われたという現実に……アニルに牙を剥いていただけ。


 本当に両親の為というなら、悠希はもっと別の方法で報いるべきだった。過去に縛られるばかりではなく、前を見て。



「私はただ独りよがりで暴れて……それで、皆に、綾香に迷惑をかけて……」

「それは違う」



 綾香の手が、悠希のもう片方の頬も包む。



「確かに、全部が全部正しかったとは言ってやれない。けどな、それでもお前が両親を大切に思って……だからこそ抱いた憎しみや怒りは、絶対に独りよがりだなんて言葉で済ませちゃいけない。……それにさ、少なくとも私はお前に迷惑をかけられた覚えはないよ。そりゃ、手の焼ける妹分だとは思うがね」

「綾香……」



 俯いて、悠希は唇を噛んだ。


 涙は、止まっている。本当は思いきり泣きたかったけれど……今は、しない。


 綾香の言葉を一つ一つ自分の内側に刻みつけてから、ゆっくりと彼女は顔を上げる。



「誰が妹分よ……まったく」



 目は少し赤いけれど……それでも、ふっきれたような表情。



「……ははっ、そう言うなって」



 安堵したようなそぶりを見せてから、綾香が悠希の頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃとかき乱す。



「あ、こら。頭を撫でるなっ」



 綾香の手をどけて、悠希は天都の天蓋に目をやった。



「……もう、戦ってるのかな?」

「さあ、どうかな。まだかもしれないし、もう始まってるかもしれない」

「そっか……」



 悠希は携帯端末を手に取ると、それをポケットに押し込んだ。



「行くのか?」



 綾香が尋ねる。



「……うん」

「戦う理由は?」



 悠希は、昨晩の裕真との会話を思い出していた。


 彼にも、復讐について言われた。


 守りたいかと、彼は訊いてきた。


 守りたいと、彼女は答えた。


 あの時の悠希は、何も分かっていなかった。


 けれど、分かっていなかっったとしても、あの答えに嘘は欠片もないのだ。


 今、それを胸を張って言うことが出来る。



「守りたいから」

「守る?」

「うん」



 立ち上がって、悠希はそっと拳を握りしめた



「大切な人を守りたい。誰も傷つけたくない、もう」



 綾香に謝ろうか、と悠希は少し考える。昨日自分を庇って怪我をしたことについても、他の様々なことについても。


 ……けれど、やめた。


 今謝るより、きちんと戦ってから謝った方が、綾香は喜んでくれると、そう思ったから。



「だから、アニルは倒すよ。私の大切な人を傷つけて、傷つけるアニルを」

「……そっか」



 綾香が、口元に笑みを浮かべて頷く。



「それと、もう一つ」

「ん?」

「やっぱり……それでも少しは復讐心があるよ……」

「……」

「怒る?」



 そっと上目遣いで聞いてくる悠希に、綾香は少しの間を置いて、彼女の背中を軽く叩いた。まるで勇気づけるかのように。



「大丈夫、怒らないよ。正直、あのままここを出てこうとしたら、むしろそれこそ呼び止めるところだった」

「え……?」

「どっかの誰かが言うには、戦うには絶対に復讐心って炎が必要らしいよ。ただ、それだけじゃ駄目で、その炎を暴走させないよう抑えられる冷静さってのも必要らしい」



 それを誰が言ったのかに、悠希はすぐに思い至った。



「お前にとっては、守りたいって気持ちが、その冷静さにあたる部分なんだろ?」

「そう……なのかな?」

「そうだよ」



 何故か自分のことでもないのに綾香は自信満々に言いきって、そして再度悠希の背中を叩く。



「な、何度も叩かないでよ……」

「行って来い、悠希」



 綾香は拳を突き出す。



「ただし、約束だ。守れよ、お前の大切なもの全部。それと、当り前だけれどお前自身も。お前がどうにかなったら傷ついちまう人間は何人もいるんだから。……私だってその一人だ。だから、いいな?」

「……ん!」



 二つの拳が、真っ直ぐぶつかり合う。



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