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SOAREYE  作者: 新殿 翔
16/25

OVERWHELM


 巨大なアニルの背中が開く。それはまるで、花が開くようで……あまりにも禍々しい光景だった。



『なんだ、あれは……』



 ガーディアンの内で綾香は愕然とその疑問をこぼす。


 巨大なアニル――マザーの背中から、何匹ものアニルが飛び出してきた。


 第一形態から第三形態が、合わせて三百匹はいるだろうか。


 溢れだしたアニルが次々に整然と並んでいく、


 信じられないことだった。


 アニルが整列?


 それではまるで、人間の軍隊のようではないか。


 その空域でアニルの行動を見つめていた誰もが怯む。


 なにか、眼の前のものはアニルではなく、それ以上に恐ろしいものなのではないか。


 目には見えないが、全体の士気が確実に下がっているのは間違いのない事実だった。



『オマエら、よく聞け』



 頭の中に、マリーナの声が届く。



『相手はアニルだが、これまでのアニルとは桁が違う。まずこれまでと違って、敵は連携して攻撃をしてくるってことは念頭においておけ。あれは、今や蟲じゃなく、オマエらと同等の戦闘軍隊だ』



 アニル達はあっという間に五十ほどの群れに分かれ、第五形態の前に並んだ。



『オマエ達はとにかく防衛を考えろ。攻めはこちらで担当する』



 こちら……。マリーナがそう表現した直後、綾香の視覚の一部が、ぐにゃりと歪んだ。



『あれは……』



 見上げて、綾香は一瞬それがなにか分からなかった。


 戦艦、だった。


 本来ならそんなところにあるはずのないもの。


 それも一隻ではない。六隻の、小さな艦隊。


 それが宇宙の闇の中から突然姿を見せたのだ。


 完全な光学迷彩。


 既にエデンの戦艦のほとんどに実装されている機能だった。



『アタシらエデン第一駆逐艦体は、これより第一種戦闘態勢に入る』



 今までずっと続けていたステルス航行を解いた六隻が、艦体左右にあるハッチを開放し、そこから合わせて数百機のガーディアンが飛び出す。



『殲滅開始だ!』



 号令とともに、ガーディアン全機がアニルの群れに飛び込んだ。


 衝突。



『凄い……』



 感嘆が、綾香の口から零れる。


 どのガーディアンも、その動きは熟練された歴戦のそれ。綾香と同等か、あるいはそれ以上の強者ばかりだ。


 さらに、駆逐艦六隻から無数のビーム砲が放たれる。


 狙いは正確無比で、一射で何体ものアニルが蒸発していく。


 次々に倒されていくアニルを見て、彼女は安堵の不安の二つを同時に感じた。


 無国籍エレアス、エデン。綾香は今までその存在すらまともに信じてはいなかったし、あったとしても所詮は物好きな大富豪が建造した無法者やはぐれ者の集まりとばかり思っていた。


 端的に行ってしまえば、下に見ていたのである。


 だが、これはどういうことか。


 上とか下とか、そんな細かい話ではない。


 あまりにも違い過ぎる。


 それが今味方にあるからいいものの、もしもそれが敵に回ったら……。


 考えただけで背筋が凍った。



『呆けているな、そっちにも行っているぞ!』



 マリーナの叱咤に、綾香ははっとした。


 天都の戦列に、無数のアニルが突っ込んでくる。



『……っ!』



 慌てて綾香はその迎撃に入った。


 目の前に迫ってきたアニルに槍を突き立てる。


 だが――。



『阿呆! 今までのアニルと違うとは言ったろう!』



 貫かれたアニルが嗤ったように綾香には見えた。


 反射的に、槍を引き抜こうとしたが……貫かれたアニルはその槍を抜かせまいと槍にしがみついている。


 このアニルは、命をかけた囮なのだと気付くが……遅い。


 直後、綾香の槍が破壊された。


 槍の横腹にアニルが突撃して来たのだ。


 そこからさらに数体のアニルがガーディアンに突撃してくる。綾香はそれをどうにか回避すると、穂先の折れた槍を放棄し、腰から小型のライフルを抜くと即座にそれをアニルに向けてトリガーを引く。


 だが、アニルには当たらない。


 綾香率いるヴァーミリオン部隊の周囲には、次々に爆発が生まれている。味方のソアレイが、撃墜されているのだ。



『――くっ!』



 綾香は混乱しながらも、必死にガーディアンを駆動させる。


 アニルはこれまで、単調な攻撃しか仕掛けてこなかった。


 しかしどういうわけか、このアニルは見事な連携でソアレイを追い詰めている。その攻撃に追いつけないソアレイが次々に破壊されていく。


 軍では、連携する敵を想定した訓練をほとんどしていない。ならば、このアニルの連携に対応しきれないのも当たり前のことだ。


 綾香やヴァーミリオン部隊の僚機も、もしガーディアンに乗っていなければ……機体性能があと少し劣っていれば、あの爆発の一つになっていただろう。



『能力は今までのアニルと変わらない。一体ずつ確実に仕留めていけばやれる筈だ』



 マリーナの声に、けれど天都のソアレイは勢いを取り戻せない。



『くそっ、役立たず共が!』

『仕方ないでしょう。今まで雑魚しか相手にしてこなかったんだから、いきなりこんなのが出てきたら混乱もしますって』



 ティアマト・エネルギーの発する流星が、宙に大きな曲線を描いた。その曲線から放たれる細い粒子光が、次々にアニルが撃ち落としていく。



『裕真……遅いぞ』

『これでも急いだ方なんですけどね』



 銀の流星が――ディズィが、アニルを撃墜していく。


 例え連携を成すアニルであっても、それに対応するにはあまりに速さが足りない。


 そこに、もう一つの光が生まれた。



『だらしないわね……』



 転位で現れたスペーサーが、アニルを切り裂いた。



『悠希……!』

『……大丈夫?』



 戸惑いを隠す為に、感情の薄い声で悠希は訊いた。



『あ、ああ……』



 距離感を感じて、思わず綾香はどもってしまう。



『……そ』



 スペーサーは、そのまま飛び出した。


 アニルを、銀色のブレードが次々に引き裂いていく。


 ディズィを流星とするなら、スペーサーは嵐。


 黒と銀の機体が、アニルの勢力を徐々に圧し返していく。



『……私達も行くぞ!』



 その二機に後れを取るまいと、綾香は叫んだ。応える様に、ヴァーミリオン部隊のガーディアンが素早く陣形を整え、武器を構えた。


 今はとにかく、敵を倒さなければならない。


 綾香は自分にそう言いかせて、他の雑音のような思考は捨てた。



『マリーナさん……第四形態は?』



 アニルを撃ち抜きながら、裕真が尋ねる。



『避けろ、裕真!』



 その時。ディズィの機体に、横から強い衝撃が襲った。肩のプレートが軋む。



『っ……!』



 ディズィはすぐさま衝撃から立ち直ると、攻撃を受けた方向を見る。


 そこにいたのは……第三形態よりもさらに二回りは巨大なアニル。


 形状は、醜悪そのもの。


 胴は捻じれているかのように歪み、伸びる腕は長く六つもの関節を持っている。脚は異様に細く、小刻みに震えていた。頭部には出鱈目にいくつもの複眼がついていて、背中から生えた六枚の羽はグロテスクに光っている。


 第四形態のアニルだ。



『大丈夫か?』

『ええ、たいしたことはありませんよ』



 裕真がマリーナにそう答えた直後、第四形態が一瞬でディズィとの距離を詰めた。


 これまでのアニルとは比べものにならない速度。


 だが、ディズィならば決して追いつけない速度というわけではない。


 第四形態が突き出した鋭い爪をライフルの側面で弾いて、ディズィはもう片方のライフルの銃口をその頭部に向けた。


 が、引き鉄が絞られる直前にその射線上から外れた第四形態が、ディズィの胴に突進する。


 ディズィはそれを機体を大きく回転させて回避すると、背後から第四形態を撃った。


 だが。



『甘いか……!』



 ライフルから放たれた粒子弾は、アニルの甲殻の一部を溶かしただけで、致命的な傷は与えていない。


 一体どれほど強固な甲殻というのか。



『何よ、そいつ』



 いきなり、悠希が通信チャンネルを開いてくる。



『第四形態。戦闘能力で言えば、アニルの中でも最強だ』



 悠希に、裕真は簡潔に応え、第四形態にライフルを向けてトリガーを引く。


 連続で放たれた銀の弾丸は一発すら敵を掠めることすらなく、背後の暗闇に消えてしまった。



『こんなやつ、さっさと終わらせる……!』



 スペーサーが第四形態の背後に転位する。



『馬鹿、やめ――!」



 裕真が止める前に、スペーサーがブレードを第四形態に振り下ろした。



『――っ!』



 第四形態が、腕一本でそれを受け止める。


 するとブレードが軋みをあげて……砕け散った。



『どうし、て……!?』

『そいつの反応速度は今までとは桁違いなんだよ!』



 ディズィがスペーサーを蹴り飛ばす。


 一瞬遅れて、スペーサーのいた場所をアニルの多関節の腕が薙いでいた。


 ディズィが蹴り飛ばしていなければ、今ごろ鋭い爪がスペーサーを無残に引き裂いていただろう。


 助けられた……悠希はそのことに気付いて、自分の視界が赤く染まるのを感じた。


 また、だ。


 また自分よりも強い存在が――それも、アニルという蟲として現れた。


 悠希の思考が、白熱する。


 裕真に敗北するのよりも、遥かに許し難い。


 悠希は、アニルには負けられない。アニルを殺し尽くすのだから。


 だから、彼女は止まれなかった。



『あ……あぁああああああああああああああああ!』



 叫び。スペーサーは腰からブレードを抜き放ち、第四形態の背後に転位する。



『お前……!』



 今度は、ディズィの助けも届かない。


 ブレードが一瞬で第四形態に叩き折られ、そして――。



『悠希――っ!』



 スペーサーと第四形態との間に飛びこむ影。


 それは……綾香のガーディアンだった。


 鉄のひしゃげる音。



『……え?』



 スペーサーの身代わりになって、ガーディアンが第四形態の腕に脇を貫かれていた。


 貫かれた部位が爆発し、ガーディアンが吹き飛ぶ。



『あ、綾香ぁっ!』



 転位して、スペーサーがガーディアンを受け止めた。



『綾香、綾香!?』



 呼びかけるが反応は帰ってこない。


 悠希は、自分の鼓動が止まったかのような寒気が身体の内側から這いあがってくるのを感じた。



『綾香っ!』

『今は叫ぶより退け! 邪魔なんだよ!』



 ディズィがガーディアンを抱えるスペーサーを掴んで、第四形態との距離をとる。



『マズいぞ、裕真!』



 そこにマリーナの通信が割り込んでくる。



『なんなんですかっ!』

『砲撃だ!』

『っ……!』



 見れば、マザーがその口を大きく開いていた。その口内は、電火で溢れかえっている。



『全員、避けろ!』



 全域に飛ばされたマリーナの命令と同時。


 巨大なプラズマの柱が、マザーから放たれる。


 プラズマ砲はそのまま無数ソアレイを飲みこんで、さらに天都の外装の一部を削り、宇宙の彼方へと消えていく。


 戦場に一瞬の静寂。


 そこに込められたのは、驚愕、恐慌、悲嘆。



『やってくれたな!』



 そんな空気を破ったのは、マリーナの声だった。


 天都から、アルトオブリガードが出港する。


 同時に、その艦首が三つに割れて大きく開口し、そこから眩い光が滲み出す。


 刹那。


 まるで繰り返しのような光景。


 アルトオブリガードから放たれた銀色の砲撃が大量のアニルを呑みこみ、マザーを貫く。


 ぼろぼろと朽ちた老木が砕けるように、マザーが崩れていく。


 すると、アニルの群れに変化が生じた。


 次々にアニルが天都から離れていく。


 それは第四形態も例外ではなく、その身を翻すと、高速で飛び去った。


 マザーを倒されてからのアニルの撤退は、驚くくらいに迅速だった。


 火星に向かって消えていくアニルの群れに、誰もが身動き出来ない。



『綾香っ!』



 ただ、悠希だけが綾香の名前を叫ぶ。



『綾香ぁあああああああああああああ!』



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