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SOAREYE  作者: 新殿 翔
15/25

DARKCLOUDS


「ったく……死ぬかと思ったぞ」

「……悪かったわよ」



 暗くなり、人気のなくなった公園のベンチに腰をおろして、裕真は缶コーヒーに口を付けた。


 その脇にあるブランコに仏頂面の悠希が、こちらも缶コーヒーを手にして座っていた。


 ちなみに、裕真のコーヒーは悠希の奢りである。



「もっと誠意を込めて謝ったらどうだ。なんならやっぱり土下座するか?」

「……だから、悪かったって言ってるじゃない」



 嫌々謝罪を口にする悠希に、裕真は深い溜息を吐いて肩を落とした。


 桜と雪の姿はない。母親と再会して雪の緊張の糸が切れたのか、眠たそうにしていたので裕真が帰らせたのだ。



「まあいい。このコーヒー代で手を打つって言ったのは俺だしな」



 裕真は缶コーヒーを飲みほすと、空き缶を近くにあったゴミ箱に投げ入れる。



「ったく。ここに来てから厄介なことばっかりだ」



 ベンチから立ち上がり、裕真は悠希に背中を向けた。



「帰るの?」

「これ以上話すことがあるのか?」



 そのなげやりな言葉が、彼女の神経を逆なでる。


 言った本人としては今日は疲れたから早く帰りたい、という気分だった。


 しかし悠希はそこから突き放すようなものを感じとってしまう。



「あんたと話すことなんてあるわけないじゃない」

「……なら帰るぞ?」



 いっそう不機嫌そうになった悠希の態度に疑問を抱きながらも、裕真は公園の出口に向かって歩き出す。



「――ああ、そういえば一つだけ訊きたくなった」



 ふと、不意にその足が止まった。



「お前さ、あの親子、守りたいか?」

「なにそれ……どういう意味?」



 親子、というのは雪と桜のことを言っているのだろう。


 唐突な質問に、悠希は訝しむように裕真を見た。


 そして意外なくらいにその真剣な表情に、彼女は小さく息を呑む。



「そのままの意味だ。まあ、もっと限定的に表現するなら、あの親子をアニルから守ってやりたいか、ってこと」

「そんなの……」



 悠希は答えを口に出すことを躊躇いはしても、迷いはしなかった。



「……決まってるじゃない。守るわよ」



 世話になっているから、だとか、そういうこと以前の問題だ。


 血は少し遠いけれど、それでも自分のことを家族の一員として扱ってくれるあの親子を、悠希は絶対に傷つけたくない。


 裕真はそんな彼女の言葉を聞いて、軽く笑んだ。


 だったら、と。


 彼は悠希に告げる。



「やっぱり復讐は控えめにしておけよ。そればかりで戦い続けたら、守れるものも、守れなくなるんだから」

「……また、復讐はやめろ?」



 悠希が奥歯をみ締めらた。


 鋭い視線を受けて、裕真は大げさに首を横に振るう。



「だから、俺は別にやめろなんて言ってない……どいつもこいつも勝手に誇大解釈しやがって。つまり――」



 説明しようと裕真が言葉を発そうとした、その時。


 アニル襲撃を報せるアラームが、二人のモバイルフォンから鳴り響いた。


 ただの召集とは違う。


 緊急事態を報せる音だった。



「はっ……お出ましだな」



 指令室の巨大なモニターに映し出される映像を前に、マリーナは煙草を思わず噛みちぎって、口の中に入った異物を床に吐き出した。


 隣に立つ古辺は、呆然とした様子でモニターを見上げていた。



「なんだ……あれは」

「アニルに決まっているだろう」



 端的にマリーナが答える。



「そういうことではない……なんなのだ、あのアニルは」



 モニターに浮かぶのは、一体のアニル。


 そう、たったの一体だ。


 だが、あまりに異質な一体だった。


 巨大だ。


 戦艦ほどもある巨大なアニルが、天都に接近してきている。


 指令室に控えていた誰もが騒然となった。こんな巨大なアニルは、これまで一度も確認されたことはない。



「第五形態。エデンじゃマザーと呼称する場合が多いな。……現在におけるアニルの最終形態だ」



 当たり前のように、この場の誰もが知りえない情報をマリーナは口にする。



「第五……馬鹿な、アニルは第三形態までしか……」

「目の前の現実をオマエらの無知で否定することは出来ないぞ。これまでは、オマエ達が第三形態までしか確認出来ていなかっただけだろう。エデンじゃ、一年も前にマザーは確認されていた」

「なん、だと……?」



 古辺がマリーナを驚きに満ちた目で見る。



「何故、そのことを報告しない!」



 すると、マリーナが咽喉を鳴らし笑った。



「何故って……教えても、どうせオマエらはエデンの言うことなんて信じないだろう? それどころか、虚言を吐き出すばかりの馬鹿なエレアスと判断したかもしれない。所詮は無国籍の無法者どもか、ってな。それなのにわざわざ教えてやる義理がどこにある。なあ?」

「……く」



 古辺が言葉に詰まる。


 確かに、その通りだった。


 エデンの人間の言うことを、軍や国家の上層部が信用するとは思えない。そもそも先日まで、その存在自体すら疑われていたのだ。それでなにを言っても、馬鹿な世迷言と聞き流されるのは目に見えていた。



「そもそも、どうして貴様らがそんなことを知っている……」

「エデンは火星にあるからな。土地柄、年がら年中アニルとやり合ってる。知らない方が不思議だろう」

「な……」



 絶句した。



「火星……だと? 馬鹿な。そんな場所にいられるわけが……」



 火星は今やアニルの母星だ。そんなところに人間がいられる筈はない。万が一エレアスのような巨大なものがあっても、即座にアニルに群がられ、破壊されるに決まっていた。



「だから、オマエらの無知で現実を否定するなと言っている。エデンはオマエらの尺で測れるエレアスじゃないってことだよ」



 これまでにないくらいに冷淡な声で言って、マリーナは舌打ちをこぼした。



「それより、早く体勢を整えろ」



 その双眸に緊張が宿っていることに、古辺は眩暈を覚えた。


 彼女が緊張するなんて、長い付き合いの彼ですら見覚えはほとんどない。


 つまり、理解は追いつかないが、彼女が緊張するほどには、この状況が最悪ということなのだ。



「来るぞ!」



 モニターの向こうで、マザーの背中が大きく開いた。


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