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SOAREYE  作者: 新殿 翔
14/25

STUNGUN


 悠希は、頼りない足取りで街をさまよっていた。


 ひどい虚脱感を感じながら、自分の手を見る。


 綾香を叩いてしまった掌。



「……何やってるんだろ、私」



 馬鹿みたい、と。自分にも聞こえないくらいの声で呟いて、悠希は立ち止った。


 商店街の入り口だった。


 人の声が、沢山聞こえる。


 その一つ一つが自分を罵倒しているもののように思えて、悠希は自分の耳を塞ぎたくなった。


 勝手な被害妄想だということは分かっている。


 分かっていても、止められないのだ。


 これも自分の弱さか。


 自嘲的な笑みを浮かべ、悠希は再び歩みだそうとして――。



「……悠希さん?」



 その声に、悠希は後ろを振り返った。



「桜さん?」



 叔母の姿を見て、悠希は妙な息苦しさを感じた。


 裕真の言葉が脳裏をよぎる。


 親しい人が死ぬのが怖い。


 桜を目の前にして、どうしようもなく裕真は正しいことを言ったのだと、今はっきりと理解した。


 母の妹。小さな頃の悠希は、もしかしたら忙しかった母親よりもこの人に遊んでもらうことの方が多かったかもしれない。


 ……そうか。私は、この人がいなくなるのが怖いんだ。


 彼女は表情が崩れそうになるのをどうにか堪えた。


 ふと桜の様子がいつもと違うことに気付く。


 なにか、落ち着かない、というか。普段から温厚――というよりも、天然と言うのだろうか――な性格をしている叔母の変化に、悠希は尋ねかけた。



「どうしたんですか? そういえば、今日はあの子は?」



 そういえばいつも叔母について歩く従姉妹の姿が見えないことに彼女は疑問を抱いた。



「それがねえ……」



 ゆったりとした口調で、桜は困ったように首を傾げた。



「あの子、迷子になっちゃった」

「……」



 ――とりあえず悠希は深呼吸をして、辺りを見渡した。


 言いたいことはいくつかあったが、今はそれを後回しにする。


 時間が丁度そういう頃合いなのか、人通りが多い。


 人を……しかも小さな子供を探すには、最悪の状況。



「どの辺りで見失ったんですか?」



 気分は最悪だった。


 様々なことが悠希の胸を押し潰してきている。


 自分の情けなさや、綾香への罪悪感や……裕真への劣等感。


 余裕なんてまるでない。


 それでも、放っておけるわけはなかった。



「ええと、あっちの雑貨店の方かしら。あそこで買い物してすぐにはぐれたから、そんな遠くにいってない筈なのだけれど……」

「そうですか」



 人ごみで個人を探すと言うのは骨の折れる作業だ。まして、相手は大人が前に立てば完全に隠れてしまうような厄介な相手だ。



「……あ」



 だが幸運にも、悠希はその姿をすぐに見つけることが出来た。



 商店街の端辺りまで来たものの、雪の母親らしい人物は見当たらない。


 もしかしたらすれ違いになったのだろうか。


 来た方向を振りかえって、裕真はこれからどうするかを考えていた。


 そうしながらも、雪の話に耳を傾ける。



「従姉妹のお姉ちゃんと仲が悪い、ねえ……」



 雪の話は主に、そこに絞られていた。



「うん。いっつも知らんぷりされちゃうの」

「そうか……でも、悪口とかは言われないんだろう?」

「うん」

「だったら嫌いじゃないのかもしれないぞ。もしかしたら、そのお姉ちゃんは雪に話しかける切っ掛けが見つけられなくて、話しかけたくても話しかけられないだけかもしれないじゃないか」



 雪が意外そうな顔をする。



「そうなの?」

「はっきりとは言えないさ。でもまあ、向こうが知らんぷりするなら、多少強引にでもお前からお姉ちゃんに話しかけてみるのもいいかもしれないな。そうしたら、今まで分からなかったことが伝わってきたり、伝えられたりするかもしれない」

「……?」



 分からない様子で首を傾げる雪に、裕真は苦笑する。



「悪い、小難しく言いすぎたか。そうだな……簡単に言えば、仲良くなれるかも、ってことだ」

「……そっか」



 雪がどこか嬉しそうに裕真と繋いだ手を振り回した。


 それが背後から迫るとある人物には、まるで雪が裕真から逃げだそうと腕を振り回している、なんて風に見えたのは不幸なすれ違いだったろう。


 裕真は雪との会話と母親探しに集中していて、その背後から忍び寄る姿に気付かない。



「ねー。そういえば、お兄ちゃんの名前は?」

「ああ、言ってなかったっけ。直衛、直衛裕真だ」

「ゆーま」

「いきなり呼び捨てなのは大目にみてやろう――っと、危ないぞ」



 裕真が人にぶつかりそうになった雪の身体を引き寄せる。


 それもやはり、背後から迫るその人から見ると、裕真が無理矢理に雪を抑えこんだように見えてしまっていた。



「ゆーまは高校生?」

「ん、一応な。あと数日で辞める予定だけど」

「……?」

「あー。悪い、こっちの話だ。気にしないでくれ」

「ん……。でも高校生なら、お姉ちゃんと一緒だね」

「そうなのか?」

「うん。お姉ちゃんね、向こうの学校に通ってるの」



 雪が指さしたのは奇遇にも裕真が通っている学園と全く同じ方向だった。



「ほう。俺も同じ学校だぞ」

「そうなの?」

「ああ。もしかしたら俺とお前のお姉ちゃんは知り合いかもな。お姉ちゃん、名前なんていうんだ?」

「うん。あのね、お姉ちゃんはねー」



 その瞬間、裕真は背後から伸びる手に気付くことが出来なかった。



「私とおんなじで、ゆき、っていうんだよ」

「な――ぐぉっ」



 裕真の喉が潰される。


 背後から首を腕を回され、一気に絞められたのだ。同時に、背中に押し付けられる硬い感触。


 押し当てられたものはスタンガン。



「……っ!」



 裕真の身体を衝撃が貫いた。


 スタンガンの電撃を受けたのだ。


 地面に膝をつく。


 周囲から視線が集まった。


 その中で、裕真にスタンガンを食らわせた彼女は低く鋭い声を発する。



「人攫いなんて、いい度胸じゃない」



 裕真は呼吸すらままならず、言い返すことも出来ない。


 ただ、悠希が勘違いをしているのだと雪に説得するよう、視線で訴える。



「ひ、ひとさらいだったんだ……」



 雪が驚いたように後ずさった。


 恩を仇で返すという言葉を今ほど実感したことはなかった。



「あらあら、雪。大丈夫?」



 そこで近づいて来たのは、雪の母親である桜。



「あ、おかーさん」



 雪が桜に飛び付く。



「痛いこととかされてない?」

「うん。痛いことなんてされてないよ」

「よかったわ。あら……彼、悠希さんと同じ学校の制服じゃない?」

「え?」



 言われて、初めて気付いたのか。悠希は裕真の服装を見て、次いでその顔を確認した。



「……っ!」



 ここに至って、ようやく悠希は相手は裕真であることに気付いた。


 普段ならばすぐに気付けただろうが、状況が状況で、悠希も平静さを欠いていたのだ。



「な……んで!」



 驚いて、悠希があとずさる。



「っ、ごほっ!」



 ようやくまともに呼吸が出来るようになり、裕真が咳き込んだ。



「あ、あんた……」



 酸素を肺に吸い込む裕真を見詰めながら、彼女は声を震わせた。



「よ、ようやく間違いって気付い――」

「ロリコンだったのね……」

「お前ちょっと土下座しような!」

「桜さん、警察に電話お願いします」

「本気で土下座させてやろうか!?」

「黙れ性犯罪者!」

「冤罪だ!」



 二人の間に火花が散る。


 ――不意に。


 裕真の服の裾を、雪が引っ張った。



「ねー、ゆーま。ひとさらいってなに?」

「お前はお前で土下座な!?」



 意味も分からず人を人攫い扱いするんじゃない、と毒づきながら、裕真はどうにか状況を悠希と桜に説明した。


 騒ぎで集まった人々が本当に警察を呼ぶ前に事が解決したのは、不幸中の幸いだったろう。




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