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SOAREYE  作者: 新殿 翔
13/25

GIRL


「……今更、格好をつけても駄目か」



 自嘲的な笑みで、綾香は壁によりかかって、そのまま崩れ落ちた。



「青春の一ページだったな」



 と、いきなり物陰からマリーナが現れた。


 綾香が目を開く。



「ワークマン博士……」



 いつからそこにいたのか、綾香はまったくマリーナの存在に気付くことができなかった。



「……青春なんて歳じゃないですよ」



 綾香が、下手な笑みをこぼす。



「いやいや、アタシから見ればオマエは十分に青春してるよ」



 マリーナは愉快そうに言いながら、短くなった煙草を携帯灰皿に放り込む。


 煙草吸ってたのに、隠れてるのに気付かなかったのか。


 綾香はそんな自分に呆れた。



「しかし、裕真は下手なことに首をつっこんだな」

「……いえ。これは、私達で解決しなくちゃいけない問題ですから」

「それでもアイツは首を突っ込むよ。そういうヤツなんだ」



 困ったように肩をすくめて、マリーナはこの場を立ち去ろうとして、ふと足を止めた。



「そういえば、よく言うよな。叩かれた方も痛いけれど、叩いた方はもっと痛いんだ、って」



 にぃ、と。


 口の端が吊りあがる。



「オマエを叩いた彼女は、どれほどの痛みを感じて、その痛みはどう効果するのか……。人間の心理は専門外だが、少し興味はある」



 歓迎会はつつがなく終了し、解散となった。



「近衛君、今日はありがとう」

「お前のお陰で女子のアドレスを三つもゲットしたぜ!」



 白井と沖田の言葉に、裕真は微かに笑う。



「感謝するのは普通、歓迎会開いてもらったこっち側だと思うんだがな」

「まあ、そんな細かいところは気にすんな!」



 沖田に軽く肩を叩かれる。



「近衛。今日は楽しかったぜ!」

「また明日、学校でね」

「ああ……。それじゃあ俺はこっちの道だから……じゃあな」



 二人と別れ、裕真は商店街に入った。


 そして……軽く溜息を吐く。



「疲れたな」



 ぼそりと呟く。


 とはいえ、歓迎会自体は嫌ではなかった。


 正直なところ、そんなことをわざわざしてくれたことには感謝しているし、楽しさも感じていた。


 けれど感謝していても楽しくても、疲れるものは疲れるのだ。



「……天都、か」



 裕真は商店街の人混みを歩きながら、空を見上げた。


 偽物の星が、偽物の夜空にいくつも浮かんでいる。


 裕真は物心つく頃にはエデンの孤児院にいた。そして教導院でソアレイによる戦闘を学び、エデンの戦線に加わった。


 そんな裕真であるから、エデン以外のエレアスに入るというのは、実は初めての経験だ。


 だが・・・…悪くないと。彼は、そう感じていた。



「こんな場所を守るために戦えるっていうのは、とても誇りあることなんだろうな……」



 それは、誰に向けた言葉だったか。


 裕真は空から視線を落として……ふと、その視界に気になるものを見つけた。


 通りの隅、ある喫茶店の看板に隠れる様に、小さな陰が辺りを見回している。


 小さな女の子だった。


 裕真は、そちらに足を向けた。


 迷うことなく近づいてきた裕真に女の子が気付き、看板に隠れてしまう。



「……おーい」



 裕真は看板の前にしゃがみこんで、反対側の女の子に話しかける。


 はたから見たら看板に話しかけている危ない人だったが、裕真はそれを気にする様子もなく、決して看板の向こうを自分から覗こうとはせずに言葉を投げかけた。



「迷子か?」

「……」



 ちらりと、女の子が顔を半分出す。



「……違う」

「ほー。親は? それとも、一人か?」



 すると、女の子が首を横に振った。



「お母さんと一緒にきたけど、お母さん、人ごみで迷子になっちゃった」

「親が迷子とは……なるほど、斬新な発想だな」



 苦笑して、裕真は女の子に手招きした。



「なあ、そんな看板に隠れて話すなんて、人に失礼だと思わないか?」

「黙れ変質者」



 迷子を気にかけてあげるという自分の良心を裏切りたくなってきた……!


 まさか裕真もいきなり変質者呼ばわりされるとは予想外すぎた。


 最近の子供はこんな辛辣なのだろうか、などと考えながら、さてどうしたものかと彼は首を捻る。



「交番行くか?」

「自首とは見上げた根性」

「……罪状は?」

「とりあえず、なんでもいいから有罪」

「よし帰る」



 裕真が立ち上がると、すかさずその制服の裾を看板の陰から飛び出した女の子が掴んできた。



「待って」



 女の子の呼び止める声。


 言われて、素直に裕真はしゃがみ直す。もともと帰る気などはなかった。



「迷子のままじゃお母さんがかわいそう」

「確かにお前のお母さんはかわいそうだな。自分の知らないところで娘にこんな扱いされたんじゃ」

「……?」

「なんでもない」



 裕真は頭の上に疑問符を浮かべる女の子の頭を軽く撫でる。女の子がくすぐったそうな顔をした。



「とりあえず、名前聞いてもいいか?」

「……(ゆき)



 ゆき、という響きに思わず裕真は目を見開いた。



「どうかした?」

「いや……俺の知り合いに同じ名前のやつがいてな。まあ、ただの偶然だから気にするな」

「ん……分かった、気にしない」



 ふと、裕真は雪の顔つきが悠希に少し似ていることに気付く。


 もしかしたら、月坂の子供の頃はこんなのだったのかもな。思って、裕真は思わず口元を緩めた。あのつんけんした性格の彼女にも当たり前だがこんな純粋な子供時代があったのだと思うと、無性におかしく感じられた。


 ……純粋?


 あえて裕真は頭の内に浮かんだその疑問を振り払った。


 いきなり有罪宣告をしてきたのも、親が見ていたドラマなんかの影響に違いない。それならば、それはそれで多分、純粋で間違いない。



「さて、じゃあ雪。迷子のお母さんの特徴を教えてくれないか?」

「特徴?」

「ああ。言葉、難しかったか? 髪が長い、とか目の色は何色、とかだよ」



 丁寧に裕真が説明すると、雪は少し考えて、なにかを思いついたように口を開いた。



「知能指数は低そう」

「……」



 特徴という言葉の意味すら把握していない雪が、どうして知能指数なんて言葉を知っているのだろうか。


 ……きっと、これもドラマとかの影響だな。


 まさか子供がこのような歪んだ語彙にばかり長けているなどということはあるまい。


 たまたま偶然、雪はそういう言葉ばかりをドラマから引用しているだけなのだ。


 言葉の意味は、きっとほとんど理解できていない。きっと。


 裕真は子供の純粋さを信じ、自分をそう納得させた。



「出来れば外見的な特徴が欲しいな。服装とか教えてもらえるとありがたい」

「……お母さんの服はね、お父さんのヘソク――緑色のカーディガン」



 今何を言いかけたコイツ。


 ヘソクリか、その母親は夫のヘソクリで緑色のカーディガンを買ったのか。そうなのか。


 ……いや他人の家庭事情を探るなんて悪趣味なことをしてはいけない。


 追及しそうになる自分をどうにか抑えて、裕真は周囲を見回した。


 緑色のカーディガンならば、それなりに目立つ。視界に入れば、すぐにその人が雪の母親だと判別出来るだろう。


 そう思ったのだが、立ち上がって周囲に視線を巡らせてみたところ、生憎それらしい女性は見つからない。



「雪のお母さんはここらへんで迷子になったのか?」

「……さあ?」

「さあ、って」

「あっちのお店でお買い物してから帰る途中に、いつの間にかいなくなってたの」

「ふうん」



 雪は指さしたのは、近くに在る大型雑貨店。


 となると、雪の母親はそちらとは反対方向からこちらに遡ってやって来る可能性が高い。


 裕真はその人物がやってくるである方向を向いて、雪の頭に手を置いた。



「ったく、どうして手の一つも繋いでなかったんだ?」

「お母さん、両手にお買いもの袋もってたから」

「そうか……でもな、気をつけないと駄目だろ。次からはお母さんの両手がふさがってても、服を掴ませてもらうとかさせてもらえよ?」

「うん。分かった」



 こくりと頷いた雪の頭から手を放して、代わりに裕真は雪の手を握った。



「……?」

「お母さんの来る方向は大体分かってるから、こっちからも探してみるぞ。また迷子にならないようにしっかり握ってろ。そうすればはぐれる心配もないから、安心だろ?」

「ん……」



 この場に留まって母親がやってくるのを待つか、こちらから探すかで迷ったが、裕真は後者を選択した。いつまでも親と離れたままでは雪が不安になるだろう、と。



「さて……緑色のカーディガン、ね」

「緑色のー、カーディガンー」



 雪が裕真の呟きを真似る。



「早く見つかればいいな」

「うん。いつまでも迷子のままじゃ、寂しいもん」

「そうだな」



 寂しいのは一体誰なのか。


 あえて裕真は、それを尋ねることはしなかった。




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