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SOAREYE  作者: 新殿 翔
12/25

SORROW

 午後の授業を無視して悠希が訪れたのは、軍の基地だった。


 気付けば彼女の足は更衣室に向かい、素早く制服からアクティヴスーツに着替えていた。



「あれ、悠希。お前、学校は――」

「後にして」



 ハンガーの入り口ですれ違った綾香の脇を抜けて、そのままシミュレータールームに飛びこむ。


 息は荒い。


 胸のつかえが肺を圧迫していた。


 強くならなくちゃ。


 強くならなくちゃ、このつかえは取れない。


 そんな強迫観念じみたなにかが足元から這いあがって来る。


 何台も並ぶマシンの一つに入る。


 シミュレーターは、ソアレイに搭乗すると同じ状況を仮想的に再現し、それによって訓練を行う。


 シートに腰を下ろして、アクティヴスーツの両手首にあるスロットにプラグを差し込む。


 悠希は認証キーを機械に差し込んだ。マシンがスペーサーの機能や反応をフィードバックする。


 身体から何かが抜ける感覚と、それとは別に何かが入り込んでくる感覚が同時にした。


 意識が機体情報と同調していく。


 暗闇に光が灯り、宇宙空間が広い視界に浮かび上がった。


 悠希は静かに視線を巡らせた。脳に直接叩きこまれる視覚情報は、どこまでもリアル。


 宇宙の果てから、アニルの群れが現れる。


 彼女がトレーニングマシンで行うメニューは、アニルの殲滅、それだけだ。


 即座に転位のスキルが発動される。


 一匹、二匹……。


 アニルの屍が次々に宇宙に放り出される。


 ひたすらにショエーサーはアニルを切り裂く。


 反復作業。


 このトレーニングの成績は、墜とされるまでに何匹のアニルを倒せるかによるものだ。


 悠希の最高記録は、同時にこの基地での最高記録でもあった。


 だが――。


 今回の悠希は、たかだか数百匹程度で終了、撃墜されてしまう。


 最高記録の、半分にも遠く及ばない。



「――」



 信じられなかった。


 これが自分の力か、と。


 こんなものでいいのか、と。


 腑抜けた自分が、ひどく惨めなものに思えた。


 迷うことなく、悠希はシュミレーションをリスタートする。


 倒し、墜とされ、倒して、墜とされた。


 何度も、何度もそれを繰り返す。


 強くならなければ、と。それだけが彼女の内で渦を巻いていた。


 ひたすらに、強くなる為に生きて来たのだ。アニルを滅ぼす、そればかりを目的に。


 もう、なにも奪われたくなくて……。


 だから、繰り返す。


 自分が強く慣れるまで。


 悠希自身一体何回繰り返したのか、何十分、あるいは何時間続けていたのか分からない。


 突如、視界から光が消えた。


 シミュレーターが停止したのだ。


 どうして、と悠希が考えるより早く、シミュレーターの扉が勢いよく開かれた。



「おい、悠希!」

「……綾香?」

「お前、どんだけぶっ通しで続けてるんだよ! 倒れたいのか!」



 狭いマシンの内部に綾香は身を潜り込ませて、綾香は怒鳴りつける。


 そこでようやく、悠希は綾香が外部からシミュレーターを強制終了させたのだと思い至る。



「まって」

「なんだ!」

「私は……もう少し訓練するから」

「っ――まだ言うのか!」



 手首のプラグを力ずくで引き抜いて、綾香は悠希の肩を掴んでマシンの外に連れ出した。


 乾いた音。


 悠希が綾香の手を払った。



「強くならなくちゃいけないの!」



 彼女が叫ぶ。



「……っ!?」



 悠希が綾香の襟が鷲掴んだ。



「アニルは害虫だ! 私の心にいつまでも噛み付いてる! だから私は、私はアレを駆り尽くして……!」



 今でも彼女は夢に見る。



 両親が事故に遭った日の朝。二人が一緒に仕事場に向かって家を出ていく大きな二つの背中を……。


 そうして目覚めてから、酷い虚脱感と吐き気に襲われるのだ。


 ただ、アニルを殲滅した日だけは、その夢を見ないで済む。


 いつしかそれは、悠希がアニルを殺す最大の理由になっていた。



「落ち着け、悠希」

「私は落ち着いてる!」



 恐らくこの悠希の様子には、裕真が関わっているのだろうと、綾香は考えた。


 裕真としては、悠希がしっかりと自分のことを見直す機会になれば、などと思っているのかもしれない。


 しかしそのお節介は、他人には分からない、悠希の最大のトラウマを刺激してしまった。


 綾香は裕真を思いきり殴りつけてやりたい気分だった。


 けれど。


 本来ならば、これは私がすべきことではないのか、と。


 綾香は、そんな風にも感じていた。


 いつまでもトラウマを抱えて生きていくのは辛すぎる。それに命が関係してくるなら、尚更に。


 姉を気取るなら、まずなによりこの問題に向き合ってやるべきだったのではないか。


 ……今からでも、遅くはないだろうか。



「いいか、悠希。感情で戦う人間は、長生きしない。軍にはお前以外にもアニルに復讐したいって奴は、沢山いる。でも、そういうのは大抵、私が知る限りかなり危ない目に遭って……最悪、死ぬ」



 綾香は言葉を吟味して、悠希に言い聞かせた。



「私はお前が好きだよ。お前は無愛想にしているけれど、私はその優しさをきちんと知っているつもりだ。その復讐だって、両親をとても愛してなければ抱いていられるようなものじゃない。私はね、悠希。そんな優しいお前に、戦場なんかで死んでほしくないんだ」

「……」



 悠希の表情は、俯いていて窺えない。



「悠希。これは私の持論だが、戦場では大量生産の規格品が最善なんだ。それは安価で、安定していて、よほどのことがない限りは信頼に見合う働きをしてくれる。考え方は悪いかもしれないけれど、私はそれは気の持ち方も同じだと思ってるんだ。戦場に人間らしい感情は――少なくとも指先を鈍らせる感情なんてものは不要だ。ただ与えられた任務をこなすことが出来ればいい。もちろんそれは道具になれというわけじゃなく、至極当然のことで、与えられた仕事くらいはしろ、ってことなんだ」



 専用機に乗ってるお前にこんなこと言うなんて、おかしな話かもしれないけれどね。と。僅かに綾香は苦笑を零す。



「お前は私を軽蔑するかもしれない。けれど、言うよ。悠希」



 その双眸が真っ直ぐに悠希を収める。



「それがお前の足を引っ張る記憶だっていうなら、悠希。戦場では、両親のことは忘れろ」

「うるさい!」



 悠希の手が振るわれた。


 綾香が頬を張られる。



「そんなことが、出来るわけないのに! 私の気持ちなんて何も知らない癖に! 勝手なことを言うな!」



 俯いたままの悠希の顔から、滴が零れる。



「大好きだった! 母さんも、父さんも大好きだった! なのに……二人は死んじゃったのに、それを忘れろ!? ふざけるな、ふざけるな! ふざけるなっ!!」



 悠希はその思いの丈の全てをその言葉に込めてぶつけた。


 身体を翻す。



「悠希!」



 引き止める声を振り払う。


 悠希はただひたすらに走る。


 今は、綾香から一センチでも離れたかったから。


 ――強くなりたいという欲求は、この時だけは、悲しさに押しつぶされていた。


 その悲しさがどんな悲しさなのかは、悠希自身にも分からない。



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