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SOAREYE  作者: 新殿 翔
10/25

IMPATIENT


 裕真達が天都にやってきてから、二度目のアニルとの戦闘。


 天都の外縁に立つディズィのコックピットで、裕真はその戦いを眺めていた。


 敵の規模はさほど大きくはない。百から二百の群れだ。


 さしたる驚異でもない。


 ……にもかかわらず、裕真は落ち着かなかった。


 その原因は、間違いなく戦場をがむしゃらに駆け巡る一機のソアレイだ。


 院銀色のソアレイ――スペーサーの戦闘には、過激さは増しても、その分精彩が大きく欠いていた。


 まず、転位を上手く使えていない。どんな位置に、どういうタイミングで、どう次に繋げるかをまるで考えてない。ただ目に着いたアニルの背後に転位しているだけだ。


 そのせいか、アニルの攻撃が機体を掠めたのも一度や二度ではない。


 なんて有様だ。


 更に悪いことに、スペーサーの動きそれ自体も劣悪化している。ブレードがアニルの急所を外れ、一撃で仕留められない場合が多すぎる。


 まるで素人のようだった。


 裕真は視線をひとまずスペーサーから逸らす。これ以上見ていたら、思わず飛び出してしまいそうだ。


 次に視線が向いた先では、五機のガーディアンが活躍している。


 新型機のガーディアンが配備されたヴァーミリオン部隊の調子は、スペーサーとは正反対だった。


 ガーディアンの武装はランサーのそれと同一のもので揃えられている。ヴァーミリオン部隊に合わせた結果だ。


 新機体との調整をまだ一時間もしていないにも関わらず、綾香をはじめとした部隊員達は見事にガーディアンを乗りこなし、アニルを殲滅していた。


 ヴァーミリオン部隊の基本的な戦闘手段は、三人が前衛、一人がビームカノンでの支援、一人がそのカノンを発射している機体の護衛という形になっている。


 綾香は前衛の一人として、アニルを次々に貫いていく。


 後衛からビームカノンの眩い銀色の砲撃が放たれ、複数のアニルを一度に墜としていく。


 すぐに、ヴァーミリオン部隊がいた一角の殲滅は完了した。



『……凄い性能だな。手綱を放さないだけでも精一杯だ』

『どこが。随分上手く乗りこなしてるじゃないか』

『お前に言われても、お世辞にしか聞こえないね』



 裕真の言葉に綾香は口の端を小さく歪め、スペーサーのいる方向を見た。


 途端。その戦い方に、彼女の表情が曇る。



『……悠希』



 今のところ、戦果はスペーサーよりもヴァーミリオン部隊の方が高い。


 誰も……綾香自身、そして悠希自身も予想しなかったことだ。


 スペーサーはこれまで、それほどに圧倒的な戦果を誇っていたのである。


 スペーサーとヴァーミリオン部隊の戦果が逆転したのは、新型機が配備されただけが全ての理由ではない。悠希のでたらめな戦い方もその一因に間違いなかった。


 悠希もそれに焦っているのか、さらにミスが増える一方だった。



『お前、そろそろ落ち着いたらどうだ』



 いい加減に見ることすら耐えがたくなった裕真が通信を開いて言う。



『うるさい。私は十分落ち着いてるわよ』

『どうやったらそんな断言が出来るんだか……』



 ディズィが右手のビームライフルを横に突き出して、トリガーを引く。



『これで何匹目だ、取りこぼして通過させたのは』



 銀の粒子に頭部のど真ん中を貫かれたアニルの亡骸が宇宙に漂う。


 あと少しで天都に到達しかけていた個体だ。



『それは……ちゃんと仕事が出来ない連中のせいでしょう!』

『そう言えなくもないがな……』



 アニルが天都に到達するのを全てスペーサーだけで防衛しなくてはならない、なんてルールはどこにも存在しない。


 本来なら他のソアレイと協力するべきところだ。


 しかし、裕真が視線を向ける一帯には、スペーサー以外の機体は、一機もなかった。


 スペーサーは、その能力の高さから他のソアレイよりも多くの敵を一挙に請けおってきた。その実績から、他のソアレイはスペーサーが担当する場所とは別の場所でアニルの掃討を行うようになっていたのだ。


 だから、スペーサーが逃がした敵を倒すサポートがいない。


 スペーサーばかりにアニルを押し付ける連中が仕事を怠慢している、といえばそれまでだが……スペーサーが逃がすアニルの数が増えていると言うのも紛れもない事実。


 裕真にしてみれば、どちらもが仕事を満足に出来ていなかった。



『悠希、援護するぞ』

『別にいいわ、他を手伝ってきて』



 綾香の申し出に、悠希の答えは冷たい。



『……そう、か』



 拒絶の声に、綾香は思わず声が引き攣った。



『なら、頑張れよ』



 しかし、すぐにいつも通りの調子を取り戻して、ヴァーミリオン部隊は他の部隊の援護に向かう。


 その際、通信モニター越しに綾香が裕真に含みのある視線を向けたが、彼はそれに小さく溜息で返すだけで、なにか明確な言葉で応えることはなかった。



『あとで謝っておけよ』



 小さく裕真が悠希に言う。



『なんで』

『……さあ、なんでだろうな』



 ディズィの銃身が、静かに動いた。


 その狙いは、スペーサーの方向に定められている。



『……なんのつもり?』

『こういうつもりだよ』



 熱量がディズィのライフルから排出される。


 打ち抜かれた巨体が、力なく宙を飛んでいく。


 一発、二発と、連続した発射音。


 その度に、スペーサーの周りにいるアニルが打ち抜かれていった。


 アニルとディズィの距離は大きく開いている。


 相変わらず、恐ろしいほどの精密射撃だった。



『援護はいらないって言ってるでしょう!』



 悠希が怒鳴る。



『そうは見えなかったんだよ。この馬鹿が』

『うるさい!』



 スペーサーが手近のアニルを無理矢理に叩き斬る。



『アニルに当たる分にはいいが……そんなのだから馬鹿だってんだよ』

『っ……』



 そんなスペーサーの背後で顎を開いていたアニルをディズィの銃弾が撃ち抜いた。



『まともに戦えないなら戦場に出るな』



 そして横殴りの銀の雨は、アニルを次々に撃ち落としていった。


 スペーサーの出る幕は、ない。



「なあ、大丈夫か?」



 シャワー室の中に、綾香の心配そうな声が反響する。


 熱い水滴が肌を打つ感触を確かめる様に悠希は自分の胸元を撫でて、小さく笑んだ。



「うん、大丈夫」

「……けど」



 笑っていても、彼女の顔はどことなく暗い。


 明らかに、大丈夫、という顔ではなかった。


 まるで今にも崩れてしまいそうな、そんな予感を綾香は覚える。



「それよりも、あの機体、凄いわね。ガーディアンだっけ?」

「あ、ああ……」



 誤魔化すよう話題を切り出してきた悠希に、綾香は微かに頷く。



「流石はソアレイの生みの親が造っただけのことはあるわよね」

「そうだな……ランサーより、ずっと力を感じた」

「力、か……」



 一瞬、悠希の表情に陰が差した。


 綾香が気付く前に、その陰はどこかへと隠れてしまう。



「私のスペーサーも、あんな性能があればいいんだけどね」



 そうすれば私だって……。


 続きそうになった言葉を、かろうじて悠希は呑みこんだ。


 別に、機体性能を語るのが幼稚と思っているわけではない。むしろ、それこそが戦場で最も運命を左右する要因だという確信がある。


 それでも……どうしてだか悠希には、スペーサーの性能が上がったとしても、それだけでは自分は……裕真には届かないと、そんな思いがあった。


 だから、その言葉を口に出来ない。



「大丈夫だよ、悠希」



 シャワー室の仕切り越しに、綾香は出来るだけ明るい声を出した。



「お前は強い。これからも、もっと強くなる」

「……うん」



 悠希は頷くと、シャワーを止めた。



「私は先に出るね。今日は、その……ごめん」

「うん? なに謝ってるんだ?」

「……なんでもない。気にしないで」



 悠希は早足でシャワー室を出て、タオルを手に取った。



「……強くなる、か」



 そのタオルが、硬く握られる。


 濡れた髪の隙間から、鏡に映る自分の姿を見た。



「そうだ、私は、強くなる」



 アニルを倒す為に。


 復讐するために。


 あの蟲どもが私から奪ったものの何十倍も、何百倍ものものを奪ってやるんだ。



「その為にも……絶対に」



 悠希の胸の奥から、どす黒い溶岩のようなものが滲みだす。



「誰よりも、強くなるんだ……」



 それは……どこまでも研ぎ澄まされて、どこまでも凶悪な復讐。



「母さん……父さん……」



 同時に、純粋な復讐でもある。


 温かな滴が、床に落ちた。



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