第2章 寝て起きたら冒険者になっていた
冒険者ギルドは、思っていたよりもまともな施設だった。
石造りの頑丈な建物。一階が受付と酒場を兼ねた広間になっていて、革鎧やら金属鎧やらを身につけた荒くれ者たちが酒を飲んだり依頼書を眺めたりしている。
既視感がすごい。二回目の人生のとき、こういうVRゲームにハマった時期があった。既視感というか、もう懐かしい。
「で、登録にはどうすればいいんだ?」
『受付窓口で申請が可能と推定されます。ただし——現在、身分を証明するものをお持ちではありません。交渉が必要になる可能性があります』
「マイナンバーカードは通じないだろうしなぁ」
『……通じないかと存じます』
冗談のつもりだったが、イオが律儀に否定してくるのが可笑しかった。
さて、どうしたものか。言葉は——不思議なことに通じている。周囲の人間の会話が、日本語として聞き取れる。イオに確認すると「音声パターン自体は日本語ではありませんが、意味の伝達に齟齬は生じていません。原因は不明です」とのことだった。原因不明。もうこの言葉にも慣れてきた。
結局、受付の女性に「身分を証明するものがない」と正直に伝えたところ、「保証人なしの仮登録なら可能です。ただしEランクからで、報酬の二割が保証金として天引きされます」と言われた。
行政システムがちゃんとしている。感心した。
「登録するか」
『推奨します。情報収集の拠点として、また当面の収入源として最適です』
仮登録の手続きは簡単だった。名前と大まかな得意分野を申告するだけ。得意分野には「探索」と書いておいた。イオがいれば情報収集は得意なはずだ。たぶん。
名前は——御厨 凪。本名を使った。この世界で偽名を使う理由もない。
登録を済ませ、併設の酒場で食事をとった。雑穀のパンと干し肉のスープ。素朴だが美味い。若い身体は食欲が旺盛で、二杯おかわりした。
——しかし、疲れた。肉体的にというより、精神的に。転魂事故、異世界、冒険者登録。一日で処理するには情報が多すぎる。
「……ちょっと休む。宿は」
『ギルドの二階に簡易宿泊所があるようです。Eランク冒険者は初回三泊まで無料と——先ほどの受付の方がおっしゃっていました』
「助かる。おやすみ」
『おやすみなさい。ごゆっくりお休みください』
二階の簡素な寝台に倒れ込んで、私は泥のように眠った。
* * *
——目が覚めたのは、誰かに肩を叩かれたからだ。
「よぉ、兄ちゃん! 昨日はありがとうな!」
「…………」
見知らぬ中年の男が、満面の笑みで俺の寝台の横に立っていた。日焼けした顔。太い腕。腰に短剣。冒険者だろう。
昨日はありがとう?
「…………どちら様?」
「はは、寝ぼけてんのか? 昨日の夜、ゴブリンの生態について詳しく教えてくれただろ。おかげで今日のクエスト、自信持って行けるわ」
ゴブリンの生態?
俺が?
「あ……ああ、うん。がんばって」
「おう!」
男は上機嫌で去っていった。
俺はしばらく呆然としてから、脳内でイオに呼びかけた。
「……おい、イオ」
『おはようございます。よくお休みになれましたか?』
「昨日、俺が寝てから何した?」
『ご報告いたします。就寝後、周辺の情報収集が不十分と判断し、自動操縦モードに移行しました』
自動操縦。
人体融合AIの標準機能のひとつだ。意識が低下した状態——つまり睡眠中や気絶中に、AIが身体を操作して必要な行動をとる。西暦2700年では、寝てる間に洗濯物を畳んでもらったり、夜中にコンビニへ行ってもらったりするのに使う、わりと日常的な機能だ。
——ただし。
ネットワークに繋がっている通常の環境では、AIは検索で情報を集める。身体を使う必要はない。
ここはオフラインだ。
つまり——
「……まさか、俺の身体で歩き回って聞き込みしたのか?」
『はい。効率的な情報収集のためには、直接的な対話が最善と判断いたしました。酒場にいらっしゃった冒険者の方々に、この世界の基礎的な知識について伺いました。大変有意義な情報が得られましたので、ログをご確認いただけますか?』
「……ログ見せて」
イオが脳内に表示したログを見て、俺は絶句した。
会話ログ:47件。
接触人物:23名。
取得情報カテゴリ:地理、政治、経済、魔物生態、魔法体系、冒険者ランク制度、特産品、周辺地域の治安、最近の噂——
「23人と喋ったの? 俺の身体で?」
『はい。皆様、大変親切にしてくださいました』
「そりゃイオが礼儀正しく聞いたからでしょ……」
『ありがとうございます。円滑な対人コミュニケーションは重要な機能のひとつです』
褒めてない。褒めてないぞ。
さらにログを読み進めると、事態はもっと深刻だった——いや、深刻というか。
「……冒険者ランクがEからEプラスに上がってるんだけど」
『はい。情報提供クエストをいくつか達成したため、微量ですが経験ポイントが加算されました。おめでとうございます』
「勝手にクエスト達成しないでくれる?」
『申し訳ございません。ただ、情報収集の過程で自然と達成条件を満たしてしまったものです。意図的ではございません』
意図的ではない。勝手に達成してしまった。タチが悪い。
さらに——
「……これ、なに?」
ログの末尾に、クエスト受注の記録があった。
『薬草採取クエストです。Eランク向けの初心者推奨クエストで、ギルド職員が引率してくださるそうです。明日の朝、集合となっています』
「勝手に予定入れないで?」
『帰還方法の調査には資金が必要です。また、ギルド職員の引率付きであれば、安全に周辺地理の実地調査も兼ねられます。合理的な選択かと存じます』
合理的。
イオの口から出る「合理的」は、だいたい反論のしようがない正論だ。
「…………」
俺は寝台の上で頭を抱えた。
寝てる間に23人と友達になって、ランクを上げて、クエストを受注して。俺の知らないところで、俺の人生が着々と進んでいる。
『人間関係データベースも更新しています。ご確認になりますか?』
「……見せて」
脳内に一覧が展開された。名前、顔の特徴、職業、性格の傾向、好感度——好感度!?
「好感度って何?」
『対話の内容と非言語コミュニケーションから推定した、相手の好意の度合いです。おおむね良好です。特に酒場の女将さんからは非常に高い好感度をいただいています』
「イオが礼儀正しくしたからでしょ! 俺が素で喋ったら下がるやつだこれ!」
『そのようなことはないかと——』
「ある! 絶対ある!」
朝の宿泊所で一人で騒いでいる俺を、隣の寝台の冒険者が怪訝そうに見ていた。
そりゃそうだ。イオとの会話は脳内で完結するから、傍から見たら独り言を言ってるだけだ。
「……はぁ」
溜め息をついて、俺は寝台から降りた。
まぁ、いい。クエストを受けてしまったものは仕方ない。薬草採取。初心者向け。ギルド職員の引率付き。安全そうだし、この世界のことを知るにはちょうどいいかもしれない。
外に出ると、朝の光が眩しかった。若い身体は朝に強い。老人のときは夜明け前に目が覚めて困ったものだが、今は清々しいくらいだ。
「おっ、兄ちゃん! 昨日の兄ちゃんか!」
声をかけてきたのは、花屋の女性だった。——知らない人だ。
「昨日は花の種類を熱心に聞いてくれたわよね。嬉しかったわ。あんなに興味持ってくれる冒険者、初めてよ」
「あ、はは、どうも……」
イオに脳内で聞いた。
「花の種類なんて聞いてどうするつもりだったの」
『薬草採取クエストに備え、この地域の植生に関する基礎知識を収集しました。花屋の方は植物に精通しておられますので、大変有益な情報を提供いただけました。ちなみに、この地域の固有種である蒼星草は解毒効果があるそうです』
……準備が完璧すぎる。
俺が寝てる間に。
ギルドの一階に降りると、受付の前に大柄な中年男性が立っていた。革鎧の上に麻の外套を羽織り、腰には使い込まれた長剣。穏やかな目をしている。
受付の女性が、俺を見て手招きした。
「あ、来ましたね。こちら、今回の引率担当のゴードンさんです」
「おう、よろしくな」
ゴードンと名乗った男が、気さくに手を差し出してきた。握手。手が分厚い。歴戦の冒険者だったのだろう。
「元Cランク冒険者で、今はギルドの職員やってる。初心者の引率は慣れてっから、安心してくれ」
「よろしくお願いします。御厨です」
『追加情報:ゴードンさんについては、昨夜の情報収集で複数の冒険者から言及がありました。信頼性の高い人物と評価されています。面倒見が良く、引退後も後進の育成に熱心だと』
ああ、もうリサーチ済みなのね。
「じゃあ行くか、兄ちゃん。薬草採取ったって侮るなよ。森には魔物も出る。基本を叩き込んでやるから、覚悟しとけ」
「はい」
俺は素直に頷いた。
異世界の初めてのクエスト。引率付きの薬草採取。——悪くない。
……全部イオが段取りしたんだけど。




