はじめての喧嘩3
そこから、僕たちはいつも通りの休日を過ごした。散歩に行ったり、のんびり本を読んだり、ご飯を食べていちゃいちゃしたり。
いつも通りの休日は、いつも通りに終わる。
日曜日の夜、圭人くんはうちで夕食を食べてから自宅へ戻る。
それがいつも寂しくて、僕は玄関先で見送って、ぎりぎりまで別れを惜しむ。
「また来週だね」
だけど僕の方が年上なんだし、しっかりしなくては。
少し背伸びをして、どこか不満げな圭人くんを抱きしめる。
「……遥さん。前々から思ってたんですけど」
圭人くんは僕と少し身体を離して、僕の腕を掴んだ。真っ直ぐに僕を見下ろす。
「な、なぁに」
ただならない雰囲気に、僕はどぎまぎしてしまう。圭人くんは、すうと息を吸い込んだ。
「一緒に住みませんか」
僕はその音をゆっくり咀嚼して、一呼吸置いてからわすっとんきょうな声を上げる。
「いっしょに、すむ!?」
なんだかとんでもない言葉が飛び出してきた気がする。
「同棲!?」
目を瞬かせる僕をよそに、圭人くんは気まずそうに視線を泳がせた。だけど僕からは手を離さない。
「そっちの方が、俺としても安心っていうか。あの時言ったじゃんか、俺の重たさを分かってほしいって……」
ぶつくさ呟く圭人くんを、僕は呆然と見上げた。
「……僕、自分で勝手に勘違いして、不機嫌になって、圭人くんに当たっちゃったけど」
「話し合ったら、ちゃんと気持ちを教えてくれたじゃないですか。もっとわがままなことでも、言ってくれれば大丈夫です。あとあれに関しては、俺も悪い」
「こ、これからきっと、同棲したらもっと喧嘩するよ……。今日のが、すごくかわいく見えるくらいのを……するかもよ?」
「だとしても、俺が遥さんを好きじゃなくなることはありません。望むところです」
すごい。何にも根拠のないことを、自信満々に言い切っている。
僕はおろおろしながら、「でも」とうめいた。
「僕まだ、自分のこと、自分でできない……また圭人くんに負担をかけて、依存しちゃったらどうしよう」
「遥さん」
圭人くんに名前を呼ばれて、顔をあげる。
はにかんだ表情の圭人くんは、僕の口元を親指でなぞった。
「そんな顔されながら言われても、俺は押せばいけるとしか思いませんよ」
「どんな顔してるの?」
変な顔をしていたんだろうか。慌てて口元を手で覆うと、圭人くんは顔を寄せてきた。
「嬉しそうな顔しとります」
「ええっ」
そんなところまで筒抜けなのか。僕が慌てて口元を引き締めると、圭人くんはとろりと甘い視線を寄越した。
「一緒に住もうって言って、即『同棲』って言ってくれたところもそうですけど。えらい嬉しそうで、よかった」
僕はそんなに分かりやすいのか。
頬が熱い。黙り込む僕を、圭人くんは上機嫌な様子で抱きしめた。
「まあ、これからもアピールしますんで。俺の重たさ、分かってくださいね」
「そんなこと言うけど……」
僕はじっとりと圭人くんをにらみあげた。ますます嬉しそうにする圭人くんに、僕は喚いた。
「僕だってもう、圭人くんのせいで、大変なんだからね。圭人くんこそ僕のこと、お、重たいとか、面倒とか、思わないでよ」
「まんま俺の台詞なんだよな……」
圭人くんは妙にしみじみとした口調で言った。
僕はむきになって、圭人くんを抱きしめる。
「……同棲、考えようね。今度打ち合わせよう」
「はい。それはもう、ぜひ」
圭人くんは軽やかに笑って、そっと僕を離した。
ちゅっとキスをして、圭人くんはドアを開く。
またね、と手を振る僕に、圭人くんは考え込むように目を伏せた。それから僕の方に身体を寄せて、顔を覗き込んでくる。
「お願いがあるんですけど」
なんだろう。首を傾げる僕に、圭人くんは照れくさそうに眉間へ皺を寄せた。
「またねじゃなくて……い、いってらっしゃいがいいです。そう言ってください」
もうすっかり同棲気分なんだろうか。気が早いにもほどがある。
だけど僕は正直に言って、満更でもなかった。
「いってらっしゃい」
思ったよりもずっと、その言葉は口に馴染んだ。するりと言った僕に、圭人くんは心底嬉しそうに微笑んだ。
「はい。いってきます」
そして、扉の向こうに消えていく。ドアのぱたんと閉じる音。少しずつ遠ざかっていく足音。
何もかもが愛しくて、僕は玄関先でうずくまった。ひとしきりどたばたと暴れて、身体と心が落ち着くのを待つ。
いってらっしゃいって言っちゃった。
圭人くんも、いってきますって言ってくれた。
客観的に見ると、すごく恥ずかしくて痛々しい、子どもみたいな恋愛をしていると思う。
だけど、これが今の僕たちの身の丈に合った関係だとも思う。
「同棲。同棲かぁ……」
僕はほやほやと浮かれた頭のまま、下手なスキップをして仕事場兼寝室に戻った。パソコンを立ち上げて、「同棲」というワードで検索する。
そして見事に、検索結果に表示されたトラブルの多さと、その生々しさに怖気付いた。
怖気付いた僕は慌てて圭人くんにウェブページのリンクを送った。そしたら圭人くんが「そんな有象無象より俺のことを信頼してください」と言ってまた軽い喧嘩に発展したけれど、僕にあの土曜日みたいな不安はなかった。
愛ってすごい。きちんと言葉を尽くして通じ合うって、すごくいい。
永井さんにそう報告すると、「ほどほどにしてください」というメッセージと一緒に、冷や汗をかいた猫のスタンプが送られてきた。




