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【本編完結】生活能力皆無の漫画家、お世話係の遊び人編集者をうっかり沼らせてしまう  作者: 鳥羽ミワ


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22/22

はじめての喧嘩3

 そこから、僕たちはいつも通りの休日を過ごした。散歩に行ったり、のんびり本を読んだり、ご飯を食べていちゃいちゃしたり。


 いつも通りの休日は、いつも通りに終わる。

 日曜日の夜、圭人くんはうちで夕食を食べてから自宅へ戻る。


 それがいつも寂しくて、僕は玄関先で見送って、ぎりぎりまで別れを惜しむ。


「また来週だね」


 だけど僕の方が年上なんだし、しっかりしなくては。

 少し背伸びをして、どこか不満げな圭人くんを抱きしめる。


「……遥さん。前々から思ってたんですけど」


 圭人くんは僕と少し身体を離して、僕の腕を掴んだ。真っ直ぐに僕を見下ろす。


「な、なぁに」


 ただならない雰囲気に、僕はどぎまぎしてしまう。圭人くんは、すうと息を吸い込んだ。


「一緒に住みませんか」


 僕はその音をゆっくり咀嚼して、一呼吸置いてからわすっとんきょうな声を上げる。


「いっしょに、すむ!?」


 なんだかとんでもない言葉が飛び出してきた気がする。


「同棲!?」


 目を瞬かせる僕をよそに、圭人くんは気まずそうに視線を泳がせた。だけど僕からは手を離さない。


「そっちの方が、俺としても安心っていうか。あの時言ったじゃんか、俺の重たさを分かってほしいって……」


 ぶつくさ呟く圭人くんを、僕は呆然と見上げた。


「……僕、自分で勝手に勘違いして、不機嫌になって、圭人くんに当たっちゃったけど」

「話し合ったら、ちゃんと気持ちを教えてくれたじゃないですか。もっとわがままなことでも、言ってくれれば大丈夫です。あとあれに関しては、俺も悪い」

「こ、これからきっと、同棲したらもっと喧嘩するよ……。今日のが、すごくかわいく見えるくらいのを……するかもよ?」

「だとしても、俺が遥さんを好きじゃなくなることはありません。望むところです」


 すごい。何にも根拠のないことを、自信満々に言い切っている。

 僕はおろおろしながら、「でも」とうめいた。


「僕まだ、自分のこと、自分でできない……また圭人くんに負担をかけて、依存しちゃったらどうしよう」

「遥さん」


 圭人くんに名前を呼ばれて、顔をあげる。

 はにかんだ表情の圭人くんは、僕の口元を親指でなぞった。


「そんな顔されながら言われても、俺は押せばいけるとしか思いませんよ」

「どんな顔してるの?」


 変な顔をしていたんだろうか。慌てて口元を手で覆うと、圭人くんは顔を寄せてきた。


「嬉しそうな顔しとります」

「ええっ」


 そんなところまで筒抜けなのか。僕が慌てて口元を引き締めると、圭人くんはとろりと甘い視線を寄越した。


「一緒に住もうって言って、即『同棲』って言ってくれたところもそうですけど。えらい嬉しそうで、よかった」


 僕はそんなに分かりやすいのか。

 頬が熱い。黙り込む僕を、圭人くんは上機嫌な様子で抱きしめた。


「まあ、これからもアピールしますんで。俺の重たさ、分かってくださいね」

「そんなこと言うけど……」


 僕はじっとりと圭人くんをにらみあげた。ますます嬉しそうにする圭人くんに、僕は喚いた。


「僕だってもう、圭人くんのせいで、大変なんだからね。圭人くんこそ僕のこと、お、重たいとか、面倒とか、思わないでよ」

「まんま俺の台詞なんだよな……」


 圭人くんは妙にしみじみとした口調で言った。

 僕はむきになって、圭人くんを抱きしめる。


「……同棲、考えようね。今度打ち合わせよう」

「はい。それはもう、ぜひ」


 圭人くんは軽やかに笑って、そっと僕を離した。

 ちゅっとキスをして、圭人くんはドアを開く。

 またね、と手を振る僕に、圭人くんは考え込むように目を伏せた。それから僕の方に身体を寄せて、顔を覗き込んでくる。


「お願いがあるんですけど」


 なんだろう。首を傾げる僕に、圭人くんは照れくさそうに眉間へ皺を寄せた。


「またねじゃなくて……い、いってらっしゃいがいいです。そう言ってください」


 もうすっかり同棲気分なんだろうか。気が早いにもほどがある。

 だけど僕は正直に言って、満更でもなかった。


「いってらっしゃい」


 思ったよりもずっと、その言葉は口に馴染んだ。するりと言った僕に、圭人くんは心底嬉しそうに微笑んだ。


「はい。いってきます」


 そして、扉の向こうに消えていく。ドアのぱたんと閉じる音。少しずつ遠ざかっていく足音。

 何もかもが愛しくて、僕は玄関先でうずくまった。ひとしきりどたばたと暴れて、身体と心が落ち着くのを待つ。


 いってらっしゃいって言っちゃった。

 圭人くんも、いってきますって言ってくれた。


 客観的に見ると、すごく恥ずかしくて痛々しい、子どもみたいな恋愛をしていると思う。

 だけど、これが今の僕たちの身の丈に合った関係だとも思う。


「同棲。同棲かぁ……」


 僕はほやほやと浮かれた頭のまま、下手なスキップをして仕事場兼寝室に戻った。パソコンを立ち上げて、「同棲」というワードで検索する。


 そして見事に、検索結果に表示されたトラブルの多さと、その生々しさに怖気付いた。


 怖気付いた僕は慌てて圭人くんにウェブページのリンクを送った。そしたら圭人くんが「そんな有象無象より俺のことを信頼してください」と言ってまた軽い喧嘩に発展したけれど、僕にあの土曜日みたいな不安はなかった。


 愛ってすごい。きちんと言葉を尽くして通じ合うって、すごくいい。

 永井さんにそう報告すると、「ほどほどにしてください」というメッセージと一緒に、冷や汗をかいた猫のスタンプが送られてきた。

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