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生活能力皆無の漫画家、お世話係の遊び人編集者をうっかり沼らせてしまう  作者: 鳥羽ミワ


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15. 生活能力皆無の漫画家と担当編集の雑談

 これはやったかもしれない、と考えながらコーヒーを淹れている。


 佐原さんが来るのを見越してコーヒーを淹れる。そして佐原さんは時間通りにやってきて、僕の淹れた熱々のコーヒーを飲む。そして「ありがとう」とお礼を言ってくれる。


 ここ一ヶ月くらい、僕は佐原さんの訪問予定をきちんと思い出して、ちゃんと出迎えられている。

 つまり予定管理ができるようになってきたってことだ。


 佐原さんはといえば、最近表情が暗い。

 ときどき思い詰めたような表情で僕を見る。

 だけど最近は、僕が家のことをやっても、「やらなくてもいい」と言わなくなった。物言いたげにはしているけれど、止めはしない。


 気づけば季節は冬になっていた。佐原さんが担当になってから、だいたい一年だ。


「年末はどうするんですか?」


 佐原さんとコーヒーを飲んでいたら、そういえばという軽い口調で尋ねられる。僕は「そうだね」と首を傾げた。


「ずっとここで仕事かな。年越しのイラストも、SNSにあげたいし」

「ご実家には帰らないんですか?」


 踏み込んだことを尋ねられて、びっくりした。僕の顔を見て、佐原さんが少しだけ顔を曇らせる。


「……帰らないよ」


 咄嗟に言葉が口をついていた。微笑んで、気にしていないと首を横に振る。



「佐原さんは?」

「実は俺も、帰省しないでこっちにいようかと。ひとりで」

「ひとりで?」


 またびっくりして声を上げると、佐原さんは「はい」と頷く。


「まあ、遠いですし。実家は愛知で」

「名古屋なの?」

「いえ、名古屋じゃなくて……」


 佐原さんはそこまで言って、気まずそうに目を逸らした。


「すみません。神奈川出身と横浜出身みたいなやつです」

「あ、なるほど」


 そういえば、佐原さんから個人的な話を聞くのは初めてな気がする。僕は少しの期待を込めて、佐原さんに尋ねた。


「どういうとこなの?」


 佐原さんは目を瞬かせて、「あ」と呟いた。


「そうですね……」


 それから、ぽつりぽつりと地元の話をしてくれた。

 車がないとどこにも行けないこと。電車は一時間に四本で、バスは一時間に二本。

 田舎の中では栄えている方で、高校時代は電車通学だったこと。


「その電車が半年に一回、鹿や猪を跳ねて止まるんです」

「鹿や猪を!?」


 僕は驚いて、声を上げて笑った。こんなにかっこいい人にも高校時代があって、通学に使う電車が野生動物を跳ねるような田舎から来る。

 それが無性におかしかった。


「五センチの積雪でも止まります」


 佐原さんは薄く笑って、さらに続けた。僕はけらけら笑って「そっか」と呟く。


「僕はこっちの出身だから、そんなに面白い話はないなぁ」


 いい思い出もあまりない。佐原さんはコーヒーを口に含んで、僕を上目遣いに見た。


「……もっとしましょうか? 地元の話」

「うん。聞きたい」


 僕のリクエストに応えて、佐原さんはいろんな話をしてくれた。

 学生時代はハンドボール部だったこと。地元ではハンドボールがメジャーなスポーツで、部活は結構厳しかったこと。

 でも本当は、美術部に入りたかったこと。


 お世話を一年されてきて、初めて知ることばかりだった。


「ありがとう、佐原さん」


 思わず漏れたお礼に、佐原さんは「え?」と首を傾げた。

 僕は照れ臭くてはにかみながら、「ありがとう」と続ける。


「面白かったから」


 佐原さんは、ぽかんと僕を見つめていた。その顔がじわじわと赤くなって、うつむいていく。


「……よかったです」


 それきり、僕たちは黙り込んだ。なぜだか僕まで身体が熱くなって、佐原さんを見ていられなくなる。


「そ、そういえば、佐原さんは帰省しないんだよね」

「は、はい」


 どもりながら声を上げると、佐原さんもどもった。

 僕は「その」と言葉を選びながら、佐原さんを見つめる。


「……よかったら、一緒に忘年会しない?」

「は、い。ふたり、で?」


 佐原さんの言葉に、僕は一瞬固まった。

 だけどすぐに我に返って、大きくうなずく。


「うん。ふたりで」

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