表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生活能力皆無の漫画家、お世話係の遊び人編集者をうっかり沼らせてしまう  作者: 鳥羽ミワ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/18

10. 生活能力皆無の漫画家

 新人のアシスタントさんからメッセージが来る。作画上の質問だったから、すぐに通話を繋いで画面共有してもらった。

 問題自体はすぐに解決した。ちょっとしたツールの問題だったから、設定を変えるだけで済んだ。


「ありがとうございます」


 ほっとした声でお礼を言われて、「どういたしまして」と返す。唇は自然とゆるんだ。

 なんとなく通話は繋ぎっぱなしのままで、雑談しながら作業する。


「野木先生って、本当にシゴデキって感じで尊敬します。作業早いし、レスポンスもすぐくれるし」

「え? そうかな」


 編集部からのメールの返信は溜めがちだし、締め切り以外の予定管理はほぼ担当さんに任せきりだけど、そんな風に思われていたのか。

 過大評価されているようで気まずい。


「そ、そんなことないよ……」


 もごもご否定するけど、アシスタントさんは謙遜と受け取ったみたいだ。軽く笑って、「いや、本当に尊敬してますよ」と言った。


「俺みたいな、できない新人にも優しいし」


 自虐的な言葉に、ん、と返事に詰まる。


「最初はみんなできないよ……」

「優しいなぁ、先生は」


 感激したようにアシスタントさんが言う。褒めてくれているのはありがたいけど、誤魔化すように笑った。

 それはそれとして、とアシスタントさんが話題を変える。


「先生、そろそろ誕生日ですよね。おめでとうございます」

「え? そうだっけ」

「そうですよ。だってもう、三月末です。先生は四月一日生まれでしたよね?」


 そういえばそうだった。僕は間抜けに「ああ!」と声を上げる。


「忘れてた」


 アシスタントさんは「忘れてたんすか」と笑って、僕はフフ……と笑った。

 自分の誕生日は、正直言ってかなりどうでもいい。だけど祝いたいと思ってくれることは、ありがたかった。


「ありがとう」


 いえ全然、とアシスタントさんはどこか焦ったような口調で言う。それでその、と口ごもった。


「な、何かプレゼントとかしたいんですけど、欲しいものはありますか?」

「えー? ないなぁ。それに申し訳ないし、プレゼントはいいよ。気持ちだけで十分」


 そうですか、と少しだけ通話越しの声が沈む。どうしたんだろうか。

 少し引っかかるけれど、彼はすぐに「そういえば」と話題を変える。


「先生、最近SNS始めたんですね。実はこっそりフォローしてます」

「見てくれてるんだ。ありがとう」


 実は最近、佐原さんに勧められてSNSアカウントを開設した。

 ちょっとした落書きくらいしかあげられていないけれど、見てもらっているのはありがたい。


「野木先生ってミステリアスなイメージですけど、ああいう落書きするんだーって知り合いが言ってました」

「僕ってそんなイメージなんだ……」


 単にコミュニケーションが苦手で、人付き合いが下手というだけなのに、なんて美化をされているんだ。


「本物はこんなんなのに……」


 ぽつりと漏れてしまった自虐に、アシスタントさんは「いやいや」とまた焦った声で言う。


「たしかに先生はギャップがありますけど、その……」


 ちょうどその時、インターホンが鳴る。同時にチャットアプリに、佐原さんから連絡が来た。どうやら、家の前に着いたらしい。


「ごめん。担当さんが来たから落ちるね」


 慌てて言うと、アシスタントさんは「分かりました。お疲れ様です」と言って落ちていった。僕も通話から落ちて、ヘッドセットを外す。

 廊下を駆けるように歩いて、ドアを開けた。そういえば、この家も随分と片付いたものだ。なんせ家の中で歩けるんだから。


「お疲れ様!」


 声をかけながらドアを開ける。中身の詰まったエコバッグを手に提げて、佐原さんは「お疲れ様です」と少しぶっきらぼうに言った。


「先生。開ける前にカメラを確認してくださいって言いましたよね?」


 早速小言が飛んでくる。僕はぎくりと気まずくなりつつ、「でも」と反論した。


「これまで何ともなく、大丈夫だったし……」

「ダメです。危ないから、確認してください」


 最近の佐原さんは、こんな感じでちょっと過保護だ。

 ご飯を作って、掃除や洗濯をしてくれる。最近はお風呂掃除とか、水回りのこともやってくれるようになった。

 おかげで、最近はお湯に浸かれている。そうなるとやっぱり体調もよくて、筆の進みもよくなる。


 今の僕の生活は、佐原さんのおかげで回っている。

 だから僕は「気をつけるね」と頷いて、佐原さんを家に招いた。


 佐原さんは真っ先に冷蔵庫を開けて、タッパーを確認する。そして空になったタッパーが洗ってシンクの横に置いてあるのを見て、すうと目を細めた。


「……洗ってくれたんですか?」


 咎めているみたいな口調だ。僕はわけもなく身体が強張って、うん、と頷くことしかできない。

 佐原さんは僕の方を向いて、「いいんですよ」と微笑んだ。


「これは俺の仕事ですから」

「ん……」


 そうだね、とも、違うよ、とも言いにくい。あいまいに頷くと、佐原さんはジャケットを脱いだ。エコバッグから食材を取り出して、台所に立った。


 野菜類を洗って、切っていく。僕はその背中を見ながら、原稿の進み具合を報告する。


「……それから、新人の子から質問があって、答えたんだ。シゴデキって言われて、照れちゃったな」


 えへへ、と笑うと、佐原さんの手の動きが一瞬止まった。だけどすぐに動き出して、「そうですか」と平坦な返事がある。


「僕なんか、本当はこんなにダメダメなのにね……」


 うつむきがちに言うと、佐原さんは包丁をまな板に置いた。

 布巾で手を拭って、僕を見つめる。

 この時になって僕は、佐原さんの背が僕よりずっと高いことに気づいた。頭半分くらい違うんじゃないだろうか。


「先生は、ダメじゃないですよ」


 優しい声だ。佐原さんの大きな掌が、僕へためらいがちに伸びる。肩に手を置かれて、さすられた。まるで大切な宝石を磨くような、優しい手つきだった。

 触れられると、それだけで心がじんと甘く痺れる。


「ダメじゃないです。先生はすごくがんばってるし……」


 僕はうっとりと目を細めて、佐原さんの言葉を浴びた。

 佐原さんは最近の原稿の出来の良さを褒めてくれる。締め切りに遅れないことを褒めてくれる。がんばりを認めてくれる。


 僕にこれだけ迷惑をかけられているのに、僕を責めない。


 永井さんも同じだった。だけど彼はなんだかお父さんみたいで、安心した。

 佐原さんはどうだろう。褒められると不思議とドキドキして、かえって緊張してしまう。だけど全然嫌な感じはしない。


「ありがとう」


 にっこり微笑むと、「いえ、別に」と視線を逸らされる。

 包丁を握り直して、野菜をざくざく切っていった。

 そのリズミカルな音を聞きながら、僕は広い背中をずっと見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ