第3話:砦への第一撃と散りゆく花
戦太鼓の音が響き続ける中、僕が窓から北の方角を見ていると、時折、光のようなものを見ることがあり、それが何なのか気になっていた。
「エリオル、窓から離れなさい」
母上が心配そうに僕を呼ぶが、どうしても外の様子が気になってしまいしばらく外をながめていると、見張り台の方から新しい角笛の音が響いた。1回、2回、3回、4回、5回、6回。これは僕も初めて聞く合図だった。
「6回? 母上、これは何の合図ですか?」
その合図を聞いて、母上の顔は青ざめていた。
「敵襲の合図……本格的な攻撃が始まったのね」
そう、母上が呟いた瞬間、外から兵士たちの叫び声、足音、武器がぶつかる音、そして、「北門に敵襲! 純血巨人約50体が接近中!」と誰かが大声で叫んでいる。
純血巨人は、身長が6メートルから8メートルぐらいで巨人族の中でも特に大きな種族だと、僕は本で読んだことがあった。
「50体も……」
兵士の叫び声を聞いて、母上が震える声で呟いた。
やがて、外の慌ただしさが増していくにつれ、兵士たちが武器を持って北門の方向に走っていくのが見える。その中には、マーカス先生やトムの姿もあった。
「母上、僕も何か手伝えることは……」
「だめよ。あなたはここにいてちょうだい」
母上が声を発したその時、まるで大地震かのような振動が砦全体を襲い、僕たちがいるこの部屋も大きく揺れた。
「何?」
僕は窓にしがみつき、北の方向を見ると、砦の城壁の向こうに巨大な影がいくつも見えた。
「あれが純血巨人なのだろうか?」
ドスン、ドスン、という戦太鼓とは違う重い足音が、部屋まで響いてくる。
「すごい……本に書いてあった内容は、本当だったんだ!」
僕は恐怖と同時に、少しの好奇心も湧いたが、それもすぐに恐怖に塗りつぶされた。
城壁の上から小さな光の線が何本も空を横切って、巨人たちに向かうが、巨人たちはそんなものなど気もせずに歩き続けている。
「エリオル、窓から離れて!」
母上が、僕の腕を引っ張り窓から強引に引き離した時、とてつもない轟音が響いた。
ドオオオオン!
その轟音で、もう一度砦全体が揺れ、僕は恐怖のあまり母上にしがみついた。
「いったい何が……」
しばらくすると、揺れも轟音も止み、おそるおそる、窓から外を見ると、南側の城壁に巨大な穴が開き、煙が立ち上っていた。
「南側? でも敵は北にいるはずでは……」
僕は、疑問を解く間もなく、再び西側の城壁から、轟音が響いた。
「囮よ……」
その轟音を聞いて、母上は顔面蒼白になりながら呟いた。
「囮?」
「北の純血巨人は囮。本当の攻撃は別の方向から来ているの!」
その時、廊下から兵士の声が聞こえた。
「南門突破! 混血巨人が侵入中! 数は……200体以上!」
「200体以上!?」
僕は頭が真っ白になった。50体の純血巨人でも大変なのに、さらに200体以上も砦の中に入ってきたなんて。
「身長2、3メートルの混血だが、数が多すぎる!」
そう、叫ぶ別の兵士の声も聞こえてきた。
混血巨人は、純血よりは小さいけど、人間の倍以上もある。
次々聞こえてくる兵士の声でパニックになったのか母上は立ち上がり、急いで荷物をまとめ始めた。
「エリオル、あなたも、必要最小限の物を袋に入れて、避難の準備をしなさい。」
僕は言われた通りに、数冊の本と父上からもらったペンダント、それと少しのお金だけを小さな袋に入れた。
袋に荷物を詰めている間も、外からは戦いの音が絶え間なく聞こえてくる。金属がぶつかる音、味方の叫び声、そして巨人たちの雄叫び。
荷造りが終わり、窓の外を覗くと、門付近で人間の兵士と混血巨人が戦っている様子が見えた。混血巨人は確かに2、3メートルほどの身長があり、大きな棍棒や石の武器を振り回している。
兵士たちは勇敢に戦っているけれど、体格差が大きすぎる。一人の巨人に対して、3、4人の兵士がかかっても押されている。
「マーカス先生……」
少し遠くの方に目をやると、僕の剣術の先生が戦っているのが見えた。剣を振り回して必死に巨人と戦っているが、相手が大きすぎる。
数分後、外を眺めているとまた大きな音がした。今度は投石機の音が聞こえ、空を見上げると、巨大な岩が放物線を描いて飛んでくるのが見えた。
「危ない!」
母上が僕を抱きしめて床に伏せる時にはもう、砦の東塔に命中し、石壁が崩れる音が響いた。
「東塔が……」
あそこには多くの兵士が寝泊まりしていたはずなのに……大丈夫だろうか。
数分後、誰かが部屋の前まで来てドアを叩いた。
「エレア様、エリオル様、いらっしゃいますか!」
その声の主がマーカス先生だとわかると、母上は急いでドアを開けた。
「マーカス。良かった、無事だったのね」
先生は汗まみれで、軽い傷を負っているようだったが、命に別状はなさそうだ。
「ガレス司令官の命令で、居住区の全員を地下の避難所に移すことになりましたので……今すぐお二人をお連れします」
「聞いたでしょエリオル、行くわよ!」
僕たちが先生の指示に従って廊下に出ると、他にも砦で働く職人や兵士の家族、子供たちが避難のために移動しており、みんな恐怖で顔が青ざめていた。
「ミラ! ジム!」
僕は友達の姿を探したけれど、人が多すぎて見つけられなかった。でも、きっと大丈夫だろう。
避難所へ向かうさい、マーカス先生が状況を説明してくれた。
「敵は巧妙でした。北の純血巨人で我々の注意を引きつけておいて、南と西から混血巨人の大群で攻撃してきたのです」
「数は?」
母上が聞いた。
「混血が300体に純血が約50体。合わせて350体ですが……我々の兵力は200しかありません」
350対200。勝てる見込みはあるのだろうか。
地下の避難所は石造りの頑丈な作りになっており、多くの人が避難してきていたが、時折天井から石の粉が落ちてきて、激しい戦いが続いているのがわかる。
「お母さん!」
ミラの声が聞こえ、隅の方に目をやると鍛冶屋の一家が見え、僕は安心してそちらに向かった。
「ミラ、君が、無事でよかった!」
「エリオル! ジムも一緒よ」
友達二人を発見できたのは嬉しかったが、避難所の中の雰囲気は重く、みんな恐怖と不安でいっぱいで、小さな子供は泣いてしまっていた。
避難所に来ても、相変わらず戦いの音が響いてきて、砦全体が揺れているのがわかった。
「大丈夫かしら……」
ミラの母親が不安そうに呟く。
「ガレス司令官がいれば大丈夫だ!あの人は優秀な軍人だからね!」
ジムの父親が励ますように言うが、その場にいた者全員の顔には、不安が混じっていた。
僕は母上のそばに座り込み、母上はずっと首飾りを握りしめている。
時折、首飾りの黒曜石が微かに光っているような気がしたが、避難所は薄暗くよく見えなかった。
「母上、何故首飾りを……」
「何でもないから気にしなくて良いのよ、エリオル」
そう呟く、母上の表情は何かを決意したような深刻なものだった。
地下に避難してから数時間後、避難所の入り口から兵士が駆け込んできた。
「司令官からの伝言です! 敵の数が予想以上で、城壁の防衛線が突破されました!砦内部での戦闘が本格化します!」
兵士の報告を受け、避難所内がざわめいた。城壁が突破されたということは、もう敵が砦の中に入り放題ということだ。
「我々はここで籠城するのですか?」
誰かが聞いた。
「はい!司令は最後まで戦う意向です!ですので、皆さんはここに留まって、援軍を待ってください」
父上ならきっと送ってくれるはずだが、間に合うのだろうか。
兵士が去った後、避難所は静まり返るが、その静寂も戦いの音によってすぐに破られた。
ドスン、ドスン、という重い足音が頭の上を通り過ぎていく。巨人たちが砦の中を歩き回っているのだ。
「怖いよ……」
小さな子供が泣き出し、母親が抱きしめるが、その母親も震えていた。
僕も怖かったが、一国の王子として、みんなの前で泣くわけにはいかない。
そんな僕を心配してか、母上が僕の手を握ってくれて、少しだけ安心できた。
「大丈夫よ、エリオル。きっとあなたの父上が助けに来てくれるわ」
僕は母上を安心させようと精一杯頷いたが、本当に大丈夫なのだろうか。350体もの巨人族と200人の兵士。どう考えても兵力がかけ離れている。
「叔父上……」
僕は心の中でガレス叔父上の無事を祈った。あの優しくて頼もしい叔父上が、今は砦の命運を背負って戦っている。
この戦いがどんな結末を迎えるのかまだ誰にもわからないが、僕たちは戦いの終わりをこの薄暗い避難所の中で待つしかなかった。
――数時間前、中央広場で。
俺の名はガレス・ヴァル=アイン。
バルド王の弟として、グラウ砦の司令官として、この砦を守る責任がある。だが、今まで生きてきた中で今日ほど、その責任が重くのし掛かったことはなかった。
「司令官! 南門の第二防衛線が突破されました!」
血まみれの伝令兵が報告に駆け込んできた。俺は砦の中央広場に設置した指揮所で、刻々と悪化する戦況を把握していた。
「北門は?」
「純血巨人50体が城壁に接近おり、弓兵部隊で牽制していますが、効果は限定的です」
くそっ、完全に敵の作戦にはまってしまった。北の純血巨人に注意を向けさせておいて、南と西から混血巨人の大群で攻める。
俺は戦術地図を見つめながら、残された兵力を計算した。開戦時200名いた兵士は、既に半数近くが死傷しているのに対し敵は……
「敵の数を再確認しろ」
「西門と南門から侵入した混血巨人300体と北門前の純血巨人50体。合計350体です」
350対100。勝算はほぼゼロに等しい。だが、それでも俺は諦めるわけにはいかない。この砦には多くの民間人が住んでいて、エレアとエリオルもいるのだ。
「各部隊に伝えろ、戦術を変更する!城壁での迎撃は諦め、砦内部での巷戦に移行する!」
俺は苦渋の決断を下した。開けた場所での戦いでは、巨人族との体格差が圧倒的に不利に働くが、狭い通路や階段では、その利点を相殺できる可能性がある。
「マーカス!聞こえるか!」
「はい、司令」
マーカス・グラント騎士の顔には、疲労と傷が見えるが、まだ戦える状態だと判断し、具体的な指示を出した。
「弓兵部隊を砦の上階に配置しろ!上から狙い撃ちする戦術に切り替える!」
「承知しました!」
マーカスが弓兵に指示を出すため駆け出していく姿を見届けた後、俺は他の部隊長たちにも次々と指示を出した。
「剣士部隊は狭い廊下での迎撃戦に専念しろ!一対一なら、技術で勝てる可能性がある!」
「我々、魔術師部隊は?」
「砦の構造を利用した罠を設置しろ!落石、火炎、なんでもいい。敵の進軍を遅らせるのが目的だ!」
俺自信も剣を抜いた。司令官として後方で指揮を執るのも重要だが、この状況では前線で戦うことも必要だ。
剣を腰から抜き指揮所を出ると、西側の廊下から身長3メートルほどの混血巨人が、大きな石斧を振り回しながら近づいてきた。
「司令官、危険です!」
兵士の一人が俺を庇おうと前に出たが、彼は巨人の斧に薙ぎ払われ、動かなくなった。
「くそっ!」
俺は再度、剣をしっかり構えて巨人と対峙した。やはり、身長差は倍以上あり、正面からでは勝ち目がないことは本能的に理解ができた。
巨人が斧を振り下ろす瞬間をしっかり観察した上で、俺は横に跳んでそれを回避するのと同時に、敵の足元に斬りつけた。切りつけた後も俺は、攻撃の手を緩めず、巨人の足首集中的に切り裂き、重心を崩した。
「今だ!」
俺は巨人がよろめくのを確認すると、跳び上がって、巨人の首筋を狙い、剣を深く食い込ませ、巨人の首を切り落とした。
巨人を一匹倒すことはできたが、一呼吸する間もなく廊下の向こうから、さらに多くの巨人たちが続々と現れていた。
「司令官! 西の階段をさらに3体の混血巨人が上がってきます!」
「司令、東の食堂でも戦闘が発生しています!」
次々、届く戦況報告を受け、俺は指揮所に戻り、戦況を整理した。
巨人族は、戦略的に砦内部に侵入し、重要施設を占拠しようとしている。この調子では、持ちこたえられるのも時間の問題だ。
「おい、伝令!援軍の到着予定は?」
「首都から出発した部隊は、早くても3時間後の到着予定です」
3時間。とても持ちそうにない。
「民間人の避難状況は?」
「地下の避難所への移動は完了していおり、王妃様とエリオル様も無事避難されました!」
その報告に、俺は少し安堵した。少なくとも、兄上の家族は安全な場所にいる。
「よし、では思う存分戦うぞ!!」
俺は苦笑いを浮かべた。民間人の安全が確保されたなら、俺たちは最後まで戦い抜くだけだ。
再び廊下出ると、今度は5体の混血巨人が、協力して攻撃を仕掛けていた。
「全部隊、中央広場に集結! 最後の抵抗線を構築する!」
集まったのは生き残った50人ほどだったが、彼らの目には諦めの色はなかった。
「諸君、状況は厳しいが、我々は最後まで戦う!家族を、民を、この国を守るために、」
「おぅ~」
雄叫びを上げ、武器を構える兵士たちの顔には恐怖もあるが、それ以上に強い意志が宿っていた。
「来るぞ、いいな!」
俺たちが武器を構え待つ広場に巨人族が10体、20体……数えきれないほど集まり、俺たちを包囲し始めた。
剣がぶつかり合い、魔術が飛び交う戦いが始まった。最初、俺たちは必死に抵抗したが、敵の数が多すぎた。
一人、また一人と仲間が倒れていき、俺自身も左肩に深い傷を負ったが、まだ戦える。まだ諦めるわけにはいかない。
「司令! 敵の増援が来ます!」
見張り台からの報告に、俺は歯を食いしばった。
「援軍の影も形も見えない。なのに……まだ来るのか」
「伝令! 援軍の状況はどうなっている!」
「申し訳ございません、司令!まだ何の連絡もありません」
「くそっ、もう3時間は戦い続けているはずだ!バルド兄さんの軍勢はどこにいる?」
「司令、司令! 敵がさらに増援を呼んでいます!」
相次ぐ、見張り台からの報告に、俺は絶望的な気持ちになった。こちらは消耗する一方なのに、敵はまだ余裕があるというのか。
指揮所がある中央広場では、残った30人ほどの兵士が円陣を組んで抵抗を続けている。みんな傷だらけで、武器も欠けているが、それでも戦い続けている。
「諸君、まだ諦めるな! 我々が時間を稼げば、必ず援軍が来る!」
俺は声を張り上げたが、本当に援軍は来るのか自分でも信じられない言葉だった。
少し気を抜くと、巨人の一体が俺に向かって巨大な棍棒を振り下ろしてきた。なんとか俺は横に飛んで回避したが、着地に失敗して右足を痛めた。
「司令官!」
マーカス騎士が俺を庇い、俺の分まで巨人と戦い始めたが、彼も既に満身創痍の状態だ。
「マーカス、無理をするな!」
「まだ戦えます! この砦を、民を守るまでは!」
彼の剣が巨人の腕に傷をつけるが、致命傷には至らず、逆に巨人の反撃を受けて、マーカスは吹き飛ばされた。
「くそっ!やるしかないか!」
俺は痛む足を引きずって立ち上がり、再び剣を構えた。まだ戦える、まだ倒れるわけにはいかない。
巨人族も無理に攻め込まず、時間だけが過ぎ、戦いは膠着状態になっていた。じわじわと包囲を狭め、俺たちの体力が尽きるのを待っているのだろう。
「司令官、弓の矢が尽きました」
「司令!こちらもです!魔術師の魔力もほぼ底をついています」
絶望的な報告が次々と入ってくるが、俺は歯を食いしばって耐えた。
「構わん。剣があるかぎり、我々は戦い続ける!」
気がつけば、日が暮れ始めていた。戦いが始まってから、もう半日が経過し、限界も近い。
それでも、俺は兵士を鼓舞し続け、戦い続けた。家族のために、民のために、この国のために。たとえ援軍が来なくても、最後まで戦い抜くのが俺たちの使命だから。
ーーやがて、暗闇が砦を包み始めるが、まだ戦いはまだ続いていた。




