第4節:――絶望の王子、最後の賭け――
重厚な扉が開かれ、松明の光が差し込んだ。現れたのは一人の青年。20歳ほどだろうか、黒髪に深い青の瞳。整った顔立ちだが、その表情には深い絶望と、それでも折れない意志の強さが刻まれている。
「誰だ?」
ハルの問いかけに、青年は静かに答えた。
「私の名はエリオル・ヴァル=アイン。アイン公国第七王子です」
アイン公国――300年前にはローム帝国の属国だった小国だが、今はどうなっているのか。
「わらわはマアト。秩序と真理を司る女神である」
私は人の姿を取り、エリオルの前に現れた。褐色の肌に青金色の瞳、神々しい美貌に、彼は僅かに息を呑んだ。
「我はハル。ミショル王国の国王にして、黎明の支配者と呼ばれた者なり」
ハルも威厳を込めて名乗る。深紅の瞳がエリオルを見据えた。
「なぜここに? そして、なぜ我らを解放しようとする?」
エリオルは一瞬躊躇した後、苦しげに答えた。
「巨人族の大侵攻が始まりました。ロキ王が全巨人族を率い、人間界の征服を開始したのです」
その言葉に、私たちは驚きを隠せなかった。
「ロキが? あの狡猾な巨人王が、ついに動いたのか」
ハルが低く呟く。
「私の国も攻撃を受け……兄二人と母を失いました。父王も重傷を負い、もはや戦える状態ではありません」
エリオルの声が震える。
「天界三陣営は自分たちの縄張り争いに夢中で、人間界の危機など顧みません。五大勢力も足並みが揃わず、各個撃破されるのは時間の問題です」
「それで、俺たちを?」
「はい。もう他に道が見つからないのです。たとえ危険でも、このまま滅びを待つよりは……」
エリオルの決意は固かった。絶望的な状況で、それでも最後まで諦めない強さを持つ者の決意だった。
「面白いわね」
私は微笑んだ。この青年にはハルと同じ匂いがする。
「だが覚悟しろ」
ハルが警告する。
「俺たちを解放すれば、この世界の均衡は永遠に変わる。天界三陣営の思惑も、巨人界の戦略も、すべてが狂うことになる」
「それでも構いません」
エリオルは即座に答えた。
「私にはもう、守るべきものがほとんど残っていませんから」
その言葉に込められた痛みと覚悟を感じ取り、私たちは静かに頷いた。
「では、始めよう」
ハルの深紅の瞳が、暗闇の中で静かに光った。
エリオルが古い呪文を詠唱し始める。封印の術式が揺らぎ、300年間私たちを縛り続けた鎖が軋みを上げた。
そして――この瞬間こそが、新たな神話の始まりとなることを、まだ誰も知らなかった。
真の神ヌンの封印が緩み始め、偽りの三大神による支配が終わりを迎える、新しい時代の幕開けとして。
さあ、世界よ。真実の時を迎えるがいい」
私の宣言と共に、鎖が砕け散った。光と影が交錯し、秩序と混沌が渦巻く中で――新たな運命が動き始めた。