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貴族として生きるよりも(後編)

「どうか私を養女にしてください! 私はアーガストルテ男爵の忘れ形見として、あなたに巨万の富を築かせると約束いたします! ですからどうぞ、この通りです! お試し期間を設けてくださっても結構ですので!」


 とても五歳児とは思えないような大人ぶった喋りを見せる彼女に、ルキウスたちは酷く困惑しているようだった。

 しかも、


「え、えっと、君が何をしているのかよくわからないが、とりあえず頭を上げてくれないか?」


 そう言って、無理やり起き上がらせようとしたのだが、


「い~え! うんって言ってくれるまで頭を上げません!」


 彼女は頑として言うことを聞かなかった――というより、おそらくこの世界に土下座なる風習は存在しないのだろう。

 フロレンティーナが何をしているのかまったく理解できないといった表情を浮かべている大人たち。しかし、額を床にこすりつけるというおかしな行為をさせるのは倫理に反すると本能が悟ったのかもしれない。


「わかったっ。わかったからとりあえず起きてくれっ……」


 疲れたようにそう言いながら、ルキウスがフロレンティーナを抱き上げるように立たせた。


「じゃ、じゃぁっ……!」


 ぱっと表情が明るくなる彼女だったが、目の前の大男は「参ったな」と呟いていた。


「君の申し出は大変嬉しいんだが、残念ながらそれを『はいそうですか』と受け入れるわけにはいかないんだよ」


 彼はそう前置きしてから、


「個人的な是非もあるが、それ以前に別の問題も浮上していてな」

「別の問題?」

「あぁ。実は、君の処遇について、ギルドの方でもいろいろ議題に上がっているんだよ」

「え……?」

「君の証言を疑うわけではないんだが、君がもし本当にあのアーガストルテ男爵のご息女だった場合、いろいろ扱いに困るんだよ。今現在、君が住んでいた城塞都市が何者かによって火の海に変えられたという知らせが国中に伝わっていてね。何が起こったのか調べろと、聖都からも大勢人が派遣されてきているらしいんだ」

「そうだったのですか?」


「あぁ。だから当然、もし仮に、本当に君が男爵様の娘なのだとしたら、聖都の役人に事情を説明して引き渡した方がいいのではないかと、そういう意見も出ているんだ。貴族の家柄だから、もしかしたら保護してもらえるかもしれないからね。だが一方で、それは絶対にやめた方がいいという意見もあってね」

「……もしかして、私の家を滅ぼそうとした人間に捕まってしまうかもしれないからですか? 犯人がもしかしたら敵対勢力の貴族かもしれないから」


 そう淡々と告げた彼女に、ルキウスが驚いたような顔をした。


「君は本当に聡いんだな。とても五歳とは思えない想像力だ」

「え……」


 フロレンティーナは「これぐらい普通じゃない?」とか思ったけど、同時に自分が幼女だということを完全に失念していて、やらかしたかもと不安になった。これ以上、大人だった前世の自分を見せない方がいいのかもしれないと。


 あまりにも賢すぎてとても五歳児に見えないと気味悪がられたら、養女にしてもらえないかもしれないし、あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれない。


 しかし、今は自分を売り込まなければいけない。出し惜しみなどもっての外だ。

 そう自分に言い聞かせたフロレンティーナは止めを刺すように続けた。


「えっと……ルキウスさん。もしかしてですが、私がそういった特殊な立場だから、人知れず誰にも悟られないようにしばらくの間様子を見た方がいいと、そういう方向でまとまりかけていますか?」


 じ~っと見つめていると、「参ったな」と、大男は頭をかいた。


「本当に君は鋭いな。実はその通りなんだ。だから余計困っているんだよ。残念ながら君の身元を保証するものも何もないから、本人かどうかもわからないしね。もし本人だった場合には国に引き渡した方がいいのかもしれないが、それだと殺される可能性がある。だから人道的立場を取りたいギルドとしては、このまま君をただの孤児として扱いたいという意見もあるんだ」

「なるほど」


 本当に困り果ててどうしたらいいのかわからないといった雰囲気のルキウスだった。

 しかし、フロレンティーナはめげなかった。なぜなら、チャンスだと思ったからだ。


「でしたらこうしませんか? とりあえず、少しの間だけでいいんです。私をどう扱えばいいか、テストしてもらえませんか? その上で、もしルキウスさんの力になれると判断していただいたときには、私を養女にしてください。そして、今このときより、私フロレンティーナ・アーガストルテは死んだということにしてください」


 にっこり微笑みながら告げる彼女に、ルキウスも女性職員も面食らって顔を見合わせた。


「おいおい。君は自分が言ってることの意味を理解しているのかい? もしかしたら、貴族として復権できるかもしれないんだぞ? 領主の跡取りとして、あの地を治めることだってできるかもしれないんだぞ? 死んだことにするということはつまり、それらの権利も遺産もすべて捨てるということになるんだぞ? 君はそれでいいのか?」


 フロレンティーナは一瞬、優しかった父と母の笑顔を脳裏に思い浮かべていた。この世界に戸籍というものがあるのかどうかはわからない。しかし、名前や権利を捨てるということは、表向きの親子のつながりもすべて捨ててしまうということに他ならなかった。


 それはさすがに、彼女にとっては胸が苦しくなるほどに切なかったけれど、だけどそれで、親子として生きた五年間すべてが消えてしまうなんてことにはならない。むしろ、その五年間をなかったことにしないためにも、今は誰かの庇護下に入って、将来一人でも生きていけるように今のうちから準備しておきたかった。


 それに、今から力を蓄えておけば、もしかしたら自分たち家族をこんな目に遭わせたクズどもをあぶり出して復讐できるかもしれない。いや、そうしなければ、亡くなった父や母、家人たちの無念を晴らせない。

 彼女の心は完全に決した。絶対にぶちのめしてやると。


(パパ……ママ……どうか私に力を貸してください)


 彼女は心の中で祈りを捧げ、けれど表情はいっさい変えずに笑顔で居続けた。

 それが功を奏したのかどうかはわからない。しかし――


「やれやれ。俺の負けだよ。どの道、一時的にキミをここへ預けはしたが、正直、ギルド内でも揉め始めていたからね。このまま預けたままでいいのかということも含めて、協議の真っ最中だったんだ。だから一度、君を連れてギルドに顔を出した方がいいのかもしれないな」


 そう言って、苦笑するルキウスだった。

【次回予告】処遇が決まる(前編)

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