貴族として生きるよりも(前編)
突然、フロレンティーナが養女にしろなどと言い出したため、当然、ルキウスを始めとした孤児院の職員たちが大慌てとなった。
酷く困惑しているようで、さすがに寛容な大男といえども返事に困ってしまったようだ。
まぁ、当たり前と言えば当たり前である。
出会って間もないというのに、いきなり自分を引き取って欲しいなどと言われたら、さすがに困ってしまうだろう。
冒険者であり、独身であればなおのことだ。
レンジャーギルドに所属する冒険者というのは、ギルドから斡旋される仕事に従い、時には危険な魔獣や魔物を討伐しに行かなければいけないような連中のことなのだ。
明日をも知れぬその身で子供など、いくら慈善事業に力を入れている男といえどもさすがに無理というものだ。
結婚していて、中々子供ができないから養子を取ろうと考えている夫婦であれば別だ。
実際にそうやって里親が見つかり、引き取ってもらうケースも多いから。
しかし、ルキウスという男はその条件に合致していない。
引き取るメリットもないし、そもそも子供を一人養育するだけの金銭的余裕もないだろう。
だからどう反応していいかわからなくても無理からぬことだった。
「えっと……困ったな。なんて言ったらいいかな? 嬢ちゃんがなんでいきなりそんなこと言い出したのかわからんが、俺には少し荷が重いぞ? それに、仮に引き取ったとしても、とてもじゃないが君を幸せにしてやれる自信なんてないんだよな」
そう答える彼を援護するように、近寄ってきた孤児院の女性職員も、「そうよ」と声をかけてくる。
「無理を言ってはいけないわ。フロレンティーナさんが孤児となってしまって、とても寂しいと感じている気持ちは察することができるわ。だけれど、ルキウスさんはまだ独身だし、あなたを養育することはとても難しいの」
「わかっています。ですが、だからこそ、敢えてお願いしたいんです。助けていただいた恩を返したいんです! 私だったら多分、それができますっ。いっぱいお金稼いで、ルキウスさんが贅沢な暮らしできるようにがんばると約束します! 幸せな老後が送れるよう、精一杯がんばります!」
ここで引き下がったらどんな未来が待っているかわからない。
そんな思いが、彼女を雄弁にさせていた。
伊達に前世、営業回りさせられていたわけではない。このちっこい身体になってしまって体力も戦闘力も皆無に等しい状態になってしまったが、弁舌だけは誰にも負ける気はしなかった。
そんな気迫が先程の台詞となって声に出てしまったわけだが、眼前の大人二人はぽかんとして顔を見合わせていた。
「恩だなんて、そんなもん感じる必要なんかないんだけどな。だけどもし、どうしてもそれを返したいって言うんなら、ここで元気に生活している姿を見せてくれればそれでいいぞ? その上で、将来幸せになってくれれば、それで十分だ」
「そうよ? それに、幸せにするだなんて……もう、この子ったら。子供が大人に言う台詞ではないでしょう?」
苦笑しながら答えるルキウスと、呆れたような顔をする女性職員。
(だけど、私、負けない!)
敵が強大であればあるほど、俄然やる気になってきた。ここ数日間で感じていた空虚な気持ちが一瞬で吹っ飛んでしまうくらいに。
自分を守って死んでいった家族のためにも、なんとしてでもこんなくそったれな世界を生き抜いてやる。そう、決意を新たにした瞬間だった。
光を失った紅玉のような瞳に、眩い輝きがあふれてくる。
フロレンティーナはにかっと笑った。
「大丈夫! すべて私に任せて! こう見えて私、頭がとってもいいの! 教えられたことは一発で覚えちゃうし、商売だってできるんだからっ。絶対に後悔なんかさせないわ。私がいてよかったと、そう言わせてみせるんだからっ。だからお願い! どうかこの通りよ!」
そう叫んで、フロレンティーナはいきなりその場に土下座した。
【次回予告】貴族として生きるよりも(後編)