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事の発端

 今から一ヶ月ほど前の深夜の出来事だった。


 サン・ラティノ聖王国の辺境を治めていた領主、アーガストルテ男爵領内に得体のしれない連中が入り込んだとの知らせが領主の元へと舞い込んだ。


 彼は直ちにその情報の出所を精査しようと動いたが、時既に遅かった。

 その頃には賊どもは領主が直接治める城塞都市深くへと侵入を果たし、そこら中に火を放っていたのである。


 詰めていた衛兵らを使って手分けして消火活動に当たらせたが、その分領主の館の警備が手薄となってしまった。

 見事そこを突いた賊どもは難なく館内へと侵入を果たし、警備に当たっていた兵らをあっという間に一網打尽にしてしまったのである。


 彼らの戦闘能力は恐ろしく高かった。軍を率いる将軍クラスではないかというほどのスピードと剣術で、家人すべてを皆殺しにする勢いで血祭りに上げていった。


 領主のアーガストルテは、彼らの真の狙いが自分の首にあると嫌でも痛感させられた。


 おそらく、敵対する政敵か何かが放った刺客か何かなのだろう。

 このままでは自分だけでなく妻や可愛い一人娘まで暗殺されてしまう。


 そう判断した彼は、すぐさま五歳の幼い娘と妻を逃がそうと、密かに馬車へと押し込み、侍女や執事、警備の者らを付けて、領地の外へと逃がした。


 その直後、ついに刺客に取り囲まれてしまった領主は、高らかに笑いながら敵すべてを葬り去ったものの、彼自身もまた深手を負い倒れてしまった。


 死の淵に立たされた彼は落ち延びていった妻や娘の幸せだけを願い、動かなくなっていった。

 こうして、アーガストルテ男爵が治める城塞都市はすべてが爆発炎上し、廃墟となっていったのである。





 一方、運良く魔の手から逃れてひたすら逃げ続けていた領主の妻と娘であったが、彼らの前途にも暗雲が立ち込めていた。

 どこから情報を聞きつけてきたのかしれないが、隣町目指して街道を爆走していたときに、野盗の一団と遭遇してしまったのである。


 警備の兵が何人かついていたものの、敵の数は二十名以上。

 勝ち目などあるはずがなかった。

 まったく状況が飲み込めず、一人、母親にしがみつきながら震えていたフロレンティーナは、


「ママ、ママ……!」


 と、ただひたすらに怯えた声を出していた。

 彼女の母親は気丈にも、


「大丈夫。何も心配いらないわ」


 そう言って、優しく包み込んでくれた。

 さすが領主の妻としてそれなりの年数を連れ添っただけのことはある。貴族の誇りが、彼女を押し潰そうとする恐怖をすべてはねのけているのだろう。


 幼子と同じく真っ赤な薔薇のような髪と、紅玉のような瞳をした彼女は、愛しい我が子をひたすらあやしながら、馬車の外を睨み付けるようにしていた。


 しかし、そんな態度も長くは続かなかった。


 次から次へと上がる怒号と悲鳴。金属同士がぶつかり合う甲高い響きもすぐに止んだ。そうして静かになったとき、いきなりガタンと乱暴に扉が開けられ、筋骨隆々の薄汚い賊が顔を覗かせたのである。


 激高と悲鳴と阿鼻叫喚だけがその場を支配していた。


 無理やり母親から引き剥がされ、馬車の外に出されてしまったフロレンティーナは、むさ苦しい男に抱きかかえられたまま泣き叫んだ。


 しかし、抵抗空しく、馬車に残された母がどうなってしまったのかまったく理解できないまま、彼女は男たちに連れ去られてしまったのである。


 覚えていることといったら、屈強な男に乱暴されて、ひたすら絶叫放っている母親の金切り声だけ。

 記憶の中にある母の、凜とした美しい声色すべてをかき消すかのような、泣き叫ぶ声だけだった。


 その耳を塞ぎたくなるような声だけが、いつまでも彼女の耳朶を打って脳裏に焼き付いていった――

サン・ラティノ聖王国は、中央大陸東に浮かぶ小さな大陸を支配する王国です。

アーガストルテ男爵はその国の地方貴族という位置づけとなります。


【次回予告】目の前の現実を直視して

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