不憫な女の子
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そこは、薄暗くてとてもジメジメとした場所だった。
雑多に積まれた石造りの壁に三方を囲まれ、正面には薄らと明かりの入り込む鉄格子が天井から床まではめられている。
おそらく牢獄だろうその場所には、隅っこで小さな身体を丸めてうずくまっている子供たちが大勢いた。
どれもこれも元は小綺麗な見た目をしていたと思われる彼ら彼女らは、皆汗や泥にまみれて薄汚れてしまっている。
着ている衣服もそこら中がほつれていて、みすぼらしくなっていた。
高級そうな服を着ている者もいれば、いかにも貧民や庶民と一目でわかるようなボロを着ている者たちもいる。
そんな出自も雑多な子供たちばかりが押し込められていた。
「おうちにかえりたいよ……」
「ぅわぁ~ん……」
「ぅぅ……」
牢に閉じ込められてすすり泣いている姿から察するに、彼らの多くは人攫いか何かに拐かされて連れてこられた口なのだろう。
その目的など考えるまでもない。言わずと知れた奴隷売買だ。
合法の国もあれば、違法の国もある。そんな世界だが、この牢が作られている場所がどこにあるのか。それによって、彼らの運命は大きく変わってきてしまう。
違法であれば闇取引、合法であればそのまま奴隷商人へと引き渡される。あるいは、そもそもこの牢自体が、奴隷商が所有するどこかの地下牢なのかもしれない。
ともかく、そんな、未来への希望を失いかけている子供たちの前に、一人の男が現れた。
「おい、クソガキども! メシの時間だぞ! ほれ、豚みたいにブヒブヒ言いながら意地汚く食えや、ぎゃははは」
彼は非常に眼光鋭く、無精髭生やした薄汚い身なりをしていた。
一目でその筋のものとわかりそうな出で立ち。
鉄格子の外に現れた男はゲラゲラ笑いながら、格子窓のロックを解除して手に持っていた木桶を牢の中へと放り込んだ。
勢いよく投げ入れられたせいか、桶がガタンと派手な音を立てて床に倒れた。
その瞬間、中に入っていた粥のようなものがそこら中にぶちまけられる。
湯気と共に香ばしい匂いが牢の中に漂い始めた。
「ぅおっと。やっべ、こぼれちまったか。まぁいい。豚どもには似合いだぜ、キヒヒ」
そう言って、男は下卑た笑い声を上げながら、そのまま姿を消していった。
再び、牢内には子供たちの声だけが空間を支配し始めたが――次の瞬間、彼らは弾かれたようにこぼれた粥へと群がっていった。
げっそりとやつれた幼子たちは、少年も少女も関係なく、汚物のような粥を手ですくっては無心に口の中に放り込み始めた。おそらく、ろくすっぽ食事を与えられていなかったのだろう。
それまで牢の片隅で、ひたすら震えながら泣いていたその幼い女の子も例外ではなかった。
「パパ……ママ……たすけて……こわい……」と、小声で嗚咽を漏らしていた彼女も、涙を懸命に拭いながら、子供たちの輪の中に入っていこうとする。しかし、彼女の身体はあまりにも小さすぎた。他の子供たちが六歳とかそのぐらいの見た目なのに対して、彼女は三、四歳ぐらいにしか見えなかった。あまりにも体格差がありすぎた。
食事にありつこうと必死になって子供たちの隙間に入っていこうとするが、まったく先に進むことができず、押し戻されてしまう。
「ゃ……ごはん……たべたい……!」
せっかく抑え込んだ悲しみや寂しさが、あとからあとからあふれ返ってきてしまう。そうするうちに、
「きゃっ……」
ついに彼女は子供たちの勢いに抗うことができず、思い切り後方へと弾き飛ばされてしまった。
そして、がっ、と石壁に強く頭を打ち付けてしまい、あまりの激痛と悔しさと、悲しさと。
ありとあらゆる感情の渦に翻弄されて大泣きとなってしまった。
しかし、その瞬間。
真っ赤な髪をした彼女の頭の中に、電撃が走ったかのような衝撃がいきなり襲いかかってきて、目まぐるしくいろんな光景が脳裏をよぎっていった。
走馬灯のように、よくわからない映像や声、名前、現象など、ありとあらゆる情報の波が勢いよく押し寄せてきて、最後にそれらがスパークした。
そうして――
「あ……れ……?」
泣き叫んでいた彼女は呆然とし、固まった。
「私……あれ?」
何が起こったのかわからないといった表情を浮かべる幼子。
――こうして彼女、フロレンティーナ・アーガストルテは前世の記憶を蘇らせるのであった。
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【次回予告】事の発端