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EVERLIGHT  作者: 三羽巽
第一章『絵本の世界と魔女の国』
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第二幕『懇願』

 ぐるりと角を曲がればちょうどエルシーの部屋から使い魔が吹き飛ばされたところだった。そのままグズグズと崩れ落ちた使い魔の死骸は心臓だけ残して霧散した。


 その骸である灰を踏み締めジンが室内を窺えば、長いスカートの裂けたメイドがその五指で長針を振りかぶり、今まさにジン目掛けてその四針を迷いなく投げつけようとしているところだった。



「ジンくん!」



 曇りなき殺意を宿した鋭い青で睨みつけるそのメイドを敵だと思い腰元の剣に手を掛けたジンだったが、その手から放たれた針が見当違いな方向へと突き刺さり、その背後から気の抜けたエルシーの声が聞こえるのだから取り越し苦労かと肩の力を抜いた。


 そうして室内を改めて見直せば奥にエルシーがニールに守られており、その前に(くだん)のメイドがいた。



「遅かったじゃないか、聖騎士殿(、、、、)



 聞き心地の良いアルトボイス。もう片方の手に握られていた予備の針を腿にあるホルダーへとしまったその一連の所作は、見目麗しい見た目にはそぐわないほど流麗にして、鮮やかだった。含みのある呼び方は己の責務を忘れているまいと問いかけるようで、そんなメイドの皮肉たっぷりな物言いに、歯牙にも掛ける時間すら惜しいとジンは剣を鞘に納めて一同へと歩み寄った。



「殿内に使い魔が多い。これだけの規模だ、恐らく──」「魔女がいる、だろうね」

「──…………その通りだ」



 戦いに慣れたその身形からしてただの侍女ではないとジンも思ってはいたが、食い気味に核心に触れられてはさしものジンも舌を巻くより他なかった。温かな低音を含ませて鼓膜を揺らすその女は、会話のリードを取ったと言わんばかりに得意げに笑った。



「ふっ。魔女に因縁があるのは君だけではない、ということだよ」

「アンタは……」

「クォーカー殿、この方は──」



 ニールの説明を手で制し、メイドはエルシーの頭を抱き抱え、愛おしげに撫でた。



「ただのお世話係だよ」

「……世話係、か」



 話すつもりがないならジンも追求するつもりはない。「うにゅ?」と呆けているエルシーの姿に幾許かの安堵を得たジンは、くるりと入り口へ向き直った。



「……来る」「構えたまえ」



 メイドがそう言い終わるや否や、天井が短い悲鳴を上げ、ぐしゃりと降ってきた。砂埃を撒き散らした瓦礫に混じってモゾモゾと深淵が蠢いた。その深淵から飛び散った黒く小さな塊はおたまじゃくしのように懸命に尾を振り、本体へと回帰していく。そして、その瓦礫にふんぞり返る暴君が如く座しているのはカエルだろう。しかしなによりも特筆すべきはその背に両足揃えて上品に座っている人物だろう。


 全身黒尽くめで大きなハットの三角帽子と外套と。その下は包帯でぐるぐる巻きで、金色の髪から幼い顔を覗かせている。


 魔女の使い魔に乗る者。そんな人物が普通の人間であるはずがない。であれば、その答え合わせは論理的に組み合わせれば誰にも明白だ。



「あら、ご機嫌よう皆さま」「……魔女ッ!」



 ジンはその顔を見るや否や体中の血が沸き立ち、抑えられぬ殺気にその心の内を燃やした。優雅な挨拶と共に、カエルは舌をぴろりと伸ばして放ち、不安に瞳を揺らしたエルシーへと向かって一直線に敵意を剥き出しにした。



「──あまり感情を昂らせるものではないよ」



 ジンがそれを打ち払おうと剣を振り下ろすよりも早く、メイドから放たれた針がカエルの舌を地面に貼り付けた。くぇ、と奇妙な鳴き声が聞こえたかと思えばカエルは舌を途中から引きちぎり、残った舌はオタマジャクシになった。背中の少女はぷっくらと頬を膨らませて眉を吊り上げ、明け透けに怒りを露わにした。



「ひどいことしないで頂戴!」

「君こそ魔女見習いだろう? 戦場に出向くにはまだ早いのではないかな」



 魔女見習い。ジンには聞き覚えがなかった。しかし発言を察するに、周知される魔女より弱いことだけは理解できる。確かに、いつかにジンの故郷を焼き払った魔女よりは威圧感がない。最初こそ余裕を持った毅然とした態度をとっていたものの、いざ反撃されれば子どものようにふくれっ面を見せている。まるで大人に憧れて背伸びする童のようだ。



「見習いでも、貴方たちには負けないもん!」

「それはどうだろう。実戦経験のなさは余裕のなさだ。自分を鼓舞するだけ立派だがね」

「アンタは……」

「私はソフラ。ちょっと聖騎士をやったことがある、ただのメイドさ」



 大人ながらイタズラに笑って口元に指を立てる姿は戦場を思わせない。むう、とエルシーが頬っぺたを膨らませた瞬間、ソフラと名乗ったそのメイドはベルトに備えた暗器を一つ、二つと取り出すと、ゆるりと余裕のある構えで見習い魔女と対峙した。



「君たちは大聖堂へと向かいたまえ。あそこは並大抵の魔女では近付けない。見習いは師となる魔女と共に動く。そこに辿り着くまでに見習いでない魔女と出くわせば私でも厳しい」



 カエルやオタマジャクシの猛攻を捌きながら片手間に冷静な判断を下したソフラに、ジンは食ってかかる。



「しかし、お前は──」

「一線を退いだとはいえ使い魔任せの見習い程度、訳無いよ。さあ早く行きたまえ」



 続く言葉を押し退け迫り来る脅威を振り払い、ソフラはこれ以上は時間の無駄だと目だけを鋭くさせて三人に退場を促した。



「行こう、ソフラは強いもん!」



 ギュッと指先を掴んできたエルシーの言葉に、ジンの秤は一気に傾いた。瞳の青の眩しさが、この状況がソフラなら問題ないという確信を光らせていたからだ。ニールも無言のまま頷き、それが得策だと扉と使い魔との立ち位置を確認しだした。


 ジンも残してきたバルフが気掛かりであったし、概ね理想的な判断であると腑に落ちた。ソフラも余裕を持って戦況を冷静に捌いており、交互に二人を見て頷くことで同意を示した。



「分かった、行こう」



 懐に忍ばせた聖水入りの薄い瓶を剣身に叩きつけ、使い魔を退ける前準備を終えたところで、一同はサッと魔女見習いのいる部屋の中心を大きく迂回して部屋の入り口へと向かった。



「ちょ、貴方たち、いけませんよ!」



 逃げる背を視界の端で捉えた魔女見習いが気を逸らした瞬間、カエルの頭が沈んだ。



「余所見とは余裕だね」



 ぐしゃり。とソフラが拳に付けた鉄甲が魔女見習いの頭を抉り抜いた。置き去りになった顎下からがコヒュッと空気の通る音を鳴らしたかと思うと、中身が血の一滴も出さずに焼き餅のように膨らみ、すぐに金の髪が生え揃って頭は復元された。


 その最中にソフラは足蹴にしていたカエルの頭を蹴り飛ばして距離を取り、ジンたちは外から来た使い魔を切り下して逃走を果たしており、



「おばさんさー、ホント邪魔」



 魔女見習いは猫をかぶることをやめたらしく、鼻奥にある血溜まりをピュッと体外へ出すと、見た目相応の悪態を吐いた。


 どう見ても見目が二十そこそこなソフラは努めて冷静な声で、けれど隠しきれない殺気を突き合わせた鉄甲から火花として輝かせ、黒い髪の隙間から眼光の青を鋭く光らせた。



お姉さん(、、、、)は悲しいよ」



 形而(けいじ)的な存在であるカエルの四肢をガクガクと笑わせるほどその逆鱗に触れるのは致命的だったようだ。……見習い魔女は、後悔に喉を鳴らした。




 ジンは戦力を持たぬ二人を守りながら道を切り開いていた。積まれた実戦経験は使い魔の行動をすっかり解き明かし、最初に対峙した時を思えば手早く仕留められるようになった。しかし徐々にその数を減らしているとはいえ、ジンには気にかかっていることがあった。



「今までにもこう言ったことはあったのか?」



 突然の強襲。ジンがこの聖都で過ごした日々は短くはない。しかし過ごした日々の中で、魔女の襲来などという出来事は全く記憶にない。道すがらの質問に、エルシーはすこし息を上げながら答えた。



「ううん。あーしが生まれてから初めてだよ、こんなこと」



 当然エルシーにも経験はなかった。そもそも普段聖都は魔女が忌み嫌うとされる聖なる力によって護られているはずなのだ。それがこうも容易く攻め立てられているのだから、このまま大聖堂へ向かったとて果たしてその加護は得られるのかという疑念がジンの頭を過っていた。そしてそうこうと思考を巡らす内に殿廊へとたどり着いたジンは、床に伸びるそれを視線でなぞり、



「バルフ……」



 友の名を呟いた。血痕は大聖堂へと向かって伸びており、その近くには無惨に折られた剣と、拍動をやめた心臓が転がっていた。



「ジンくん……?」

「なんでもない、行こう」



 もしも使い魔にやられたのならこの場に亡骸があるはずだ。刺し違えた可能性も否めないが、それだけの出血量なら血溜まりはもう少し大きいはずだ。そんな論理的な推理で最悪の事態を頭の片隅に追いやり、ジンはエルシーの不安の眼差しに首を振ることで自分を納得させた。



「大聖堂まではもう少しだ、急ごう」

「うん!」「……」



 エルシーの元気な声調に対して無言で頷くニールの姿に、ジンは一抹の不安を覚えながら大聖堂へと歩を進めた。ニールの目には恐怖や勇気などの色はなく、どこか決意めいた信念だけが宿っていた。


 最初こそ使い魔の強襲に備えて周囲を警戒しているのだと思っていたが、まるで何かのタイミングを見計らうかのように周囲に目をやるニールのその眉間は、シワが浮くほどひどく歪み、視線の鋭さは大聖堂へ近付くにつれて増すばかりだった。


 続く血痕を目印に進む一同の警戒は果たして杞憂に終わった。使い魔の姿はあまり見えず、代わりに心臓がいくつか転がっていた。そして昼頃に訪れた大聖堂はと言えばシンと静まり返り、明かりが無ければ人の気配など嘘のようであった。



「やけに静かだな」



 そう言いながら懐を漁るも、瓶がもうないことにジンは気付いた。



「聖水はない、か」

「……ジンくん、ちょっとかがんで?」



 ジンの言葉にエルシーは指先でちょいちょいと姿勢を落とすことを促した。



「もう少し……うん、そこ」

「聖女様、行きましょう」



 一層固い声色を制して、エルシーは首を振った。



「まって、ニール。大事なこと。……貴方に聖なる加護と祝福を──」



 努めて真面目な声。昼頃に聞いた声と同じだ。それが、



「は?」



 吐息がかかり柔らかいものが自分の額に触れるのだから、ジンは急いで飛び退き、額を手でなぞった。触れたものが唇であることなど瞬時に理解できた。ジンはキョトンと悪びれる様子もなく「どったの?」と首を傾げるエルシーに苛立ちを覚えた。



「状況を分かってるのか?」

「えっと、うん。これでしばらくは聖水と同じ効果があるはずだよ」



 その声色は至って真面目で、戸惑いこそあれどそれが嘘や狂言とも思えない。第一印象の悪さからふざけているのかと思ったが、今回はその限りではないようだった。もしこの話が本当ならどのみち聖水を持たないジンにとっては信じるしか道はない。ジンは非礼を詫びた。



「……すまない。気を引き締めていこう」

「うん!」「……」



 そう言いながら、ジンはニールの発言を思い返していた。もしもエルシーの話が本当ならあそこで急かす必要などない。万全を期してこそ戦いは成る。ではそれを妨害する心理とは。


 様々な疑念のピースが頭で組み上げられていく中、足を踏み入れた大聖堂は──



「んー?」

「お前は……何をしている?」



 一人の女が、その場を支配していた。少女趣味というにはド派手すぎる黄色と黒の蜂色に統一された服と外套の組み合わせにフリル付きのドロワーズ。髪型はアーモンドをそのままくっつけたようで、小さなカボチャの帽子が申し訳程度にちょこんと頭頂に乗っていた。


 しかしジンの視線はその足元にこそあり、囚人を思わせるタイツ、それを包むブーツの先には、怯えて震える他の住人たちを庇って血の海に沈む、大男……バルフがいた。



「アハぁ、せーじょ様だァー」



 およそまともな人間とは思えない、狂気に富んだ笑み。そばかすまみれの顔のその少女に対し、ジンは怒りに加速する拍動を抑えるべく、一呼吸置いてから腰元の剣を引き抜いた。



「……今すぐその汚い足を退けろ」



 見習い魔女とは明らかに格の違う威圧感と存在感。魔女だ。しかしジンの頭に上った血はそれらへの恐怖を跳ね除け、相対させた。



「アハっ。汚い足って。ひどー」

「二度は言わない」



 挑発気味に嗤う魔女に肉薄せんと詰め寄ったジンは、例え鉄の棒ですら絶命たらしめるであろう風切り音を立てながら、薄明かりに煌めく剣身を振り抜いた。魔女はと言えばあっさりとバルフの上から退き、手にしていた薄い本を広げ、周囲の狼狽する人々は冗談じゃないぞと言わんばかりに大聖殿を後にしていった。



「あーあ。たまごが逃げちゃった」

「卵だと?」

「なんだ、知らないの?」



 口振りほど残念そうでない魔女から視線を外さぬように、バルフの息があることを確認したジンは、ジリジリとその場から離れつつ、魔女との距離を詰めていった。



「使い魔って人間を使って作られてるんだよ」



 常識を諭すような、小馬鹿にした笑みだった。脳裏を掠めたのは使い魔から弾き出された心臓だ。武器となる牙や爪などを除けば内臓であれだけが実体を持っていたことに、ジンはようやく合点がいった。



「……そうか」



 あっけらかんと明かされたその秘密は胸の内に巣食う殺意を燃やさせるには十分過ぎた。故郷を焼き払われた真意や魔女の目的などを知らずにはいたが、唾棄すべき悪意の塊であることに違いなどあるはずがなく、それに理解を示す必要など微塵もない。一目には人と同じ姿こそしているがアレはヒトではないのだと、今一度ジンはその事実を突きつけられた。



「もういい。その臭い口を閉じろ」

「あはっ、君ってほんとひどいね。僕の本に閉じ込めてやろうか」



 なんてね、と言いながら魔女はパラパラと本を開いた。



吊斬(ギ・ラバ)



 それは呟きにも似た静かな語りだった。その一言で本の質量を無視して飛び出してきた剣は、魔女の周りでその剣先をジンへと向けてピタリと止まった。



「アハっ、顔だけは傷つけないで──」



 言い切るよりも早く魔女は手を振り上げ、



「──剥製にして不細工な落書きしてから捨ててやる」



 ドスの効いた声で手だけ使って突撃命令を下した。それに従するように一斉に動き出した剣は寸分の狂いなくジンの腹部へと向かっていった。一応ジンの言葉に苛立ちは覚えているのか、はたまた操作が難しいのか。とにかく攻撃は単調であった。しかし多勢に無勢であることは間違いなく、ジンは攻撃を去なすばかりで魔女への接近を許されなかった。



(バルフがやられた理由は、これか)



 地に伏す友を思えば負けられない気持ちはあった。しかし疲れ知らずに踊る剣たちは血を食む羽虫のごとく執拗で、それを操る魔女はと言えばニタニタと下卑た笑いで自分のショーを楽しんでいた。



「もっと踊りなよ、さァ!」



 剣筋こそ素人丸出しでも甚振(いたぶ)るように様々な角度から剣が振るわれれば、徐々に薄皮を捉えるようになり、いずれ肉を裂く未来を否が応でも意識させられる。このままではジリ貧だ。そう考えたジンはなんとか活路を切り開くべく単調な剣閃の間に一考を挟んだ。



(エルシーからもらった祝福が事実ならば、武器を投擲(とうてき)してダメージでも与えれば隙を生み出せるかもしれないが……もしも祝福など無ければ──)



 意識は腰元に納めたナイフに移る。これには聖水など使っていない。あくまで予備。聖水がなければどこにでもあるただの短剣だ。先ほどは実態のある牙だからこそ使い魔戦で使うことができたが、今回はその生みの親である魔女に使うのだ。知性があれば同じ過ちを冒すはずがない。今は油断している。人間如きに遅れをとるはずがないと。だからこそ突破口がそこにある。どのみち一か八かの賭けだ、やらなければ疲弊を待つばかり。ジンの頬を剣先が引っ掛けた時、



「ジンくん、負けないでぇーッ!」



 活を入れる甲高い叫びが大聖堂に響き渡った。ジンはその声に釣られて余所見をした魔女を見逃さなかった。



「……は?」



 剣の動きも乱れ、視線は外れ、隙ばかりをこちらへ向けた魔女の目に、腰元から一直線に一投放り込まれた短剣はその剣身のほとんどを隠した。片方の視界を奪われた魔女は急いで短剣を取り出し、苛立ちのまま大理石の床へと叩きつけた。そこに影が一つ落ちた。魔女は項垂れる剣を置き去りに迫ってきたジンに、ようやく気付いた。



「終わりだッ!」「ちょ、待っ──」



 てと続くよりも早く、その胸元にジンの剣が突き立てられた。肉を割くというよりは野菜にでも突き刺してるような感覚に、ジンは不快感を覚えた。ぐむくむと陥没した穴が隆起し、目が戻った。胸元は刃に阻まれたものの、そこまでの穴をみっちりと肉で埋め尽くし、魔女は抵抗をやめた。



「あー……だる」



 死ぬどころか血も出さない不気味な存在。ここで構わず動かれたらと思ったものの、そう都合の良い体ではないらしい。しかし縫い付けた剣が致命的な決定打でないのもまた事実ではある。やはり魔女を討つには聖女の力が必要なのだろう。



「あのさあ、こんな事しても意味ないよ? 僕ら魔女は魂がある限り何度でも復活するって魔法を持ってるからねぇ」

「……それも年貢の納め時だな。ここには聖女がいる。お前は今日、ここで死ぬ」



 柄を握る手に力が入る。剣先が床を引っ掻いて泣き声を上げた時、魔女は──(わら)った。



「くひっ、僕らが死ねば聖女も死ぬから、次の聖女が生まれるまでにまた魔女が育つんだよ?」

「……何を言っている」



 ジンはこれも戯言だと思った。しかしどのみち魔女を討つならばエルシーを待つしかない。時間稼ぎなら、と思った矢先、



「ジン・クォーカー。ペドラ様から離れろ」

「ジンくん……」



 恐怖に震えるエルシーの喉元に安っぽく研がれた、鈍色に光る刃が添えられていた。それを構えているのは……ニールだ。



「……嫌な予感ばかり当たるな」

「アハっ、早くどけば?」



 時間稼ぎをしていたのはお互いだったらしい。魔女信仰をしている人間が聖女の付き人とは思わなかったジンだったが、魔女の言葉には従わなかった。

 魔女は苛立ち混じりに舌を鳴らした。



「あのさァー、聞こえてないの? それとも──」「奴が」



 魔女の言葉を打ち払い、ジンは魔女へと視線を落とした。



「奴が、お前の仲間なら……いつでも聖女をやれたはず。何が目的だ?」



 ジンが問いかけると、魔女は面食らった顔を数秒して、やがて破顔した。



「ぶっ、あっはっはっはっはっ! ……君って頭いーね」



 アテが外れたにも関わらず魔女は及び腰にはならない。ニールもまた聖女を見捨てるような行動に困惑した。しかし一触即発である事には変わりがない。



「でもさァー、そこまで気付いてるならさァー……分かるでしょ?」

「……何をだ」



 ジンが苛立ちに眉を寄せると、魔女は面白そうに口を歪ませた。



「あはッ、ほんとに何も知らないんだァー?」



 ジンの不快感は一気に増した。これ以上耳を傾けてはいけない。しかし離れられない現状に、魔女は構わず腹を抱えて笑う。



「君ってさァー、今まで魔女が何人死んだか知ってる?」

「……興味がない、全て討つと誓ったからだ」



 ジンの言葉に魔女の顔はさらに愉悦を深めた。



無知蒙昧(むちもうまい)ここに極まれり。聖都の人ならみんな知ってるらしいよ。絵空事ばかり語るのはお上りさんな証拠だね」

「黙れ」



 怒れど絶命させるに至らない歯痒さがジンの歯を鳴らした。



「ちなみに魔女は今まで十七人殺されたんだァー」



 ジンはだからなんだ、と思った。人の方が遥かに多く殺されている。少なくとも、ジンの村の犠牲者の方が多い。魔女は構わず楽しそうに続けた。



「じゃあさじゃあさ、聖女は今まで何人いたでしょーか?」



 再び明るい音を多分に含んだ軽い声色が跳ねた。魔女は子どものような眼差しで、ジンの答えを待っていた。さすがにジンもエルシーが聖女としてその座に就任した事を知っている。聖都が湧き立っていた事は、まだ記憶に新しい。



(そうだ。エルシーが十八人目の──)



 ……そこで、ジンの脳裏に一つの推論が立った。

 今まで死んだ魔女は十七人。エルシーが今代の聖女となる前までの聖女も同じく十七人。出来過ぎと言えば、あまりな偶然の一致。荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい。所詮は魔女の言葉だ。しかしそう片付けるにはいささか状況証拠が揃いすぎている。


 そもそも、胸に刃を突き立てても死なない不死身の化け物を聖女がどう斃すのか。加護では討つに至らない。同じ効果なら聖水だけあれば済む話だからだ。では聖女の役割はなんだ。


 ジンの脳裏には既に答えがあった。それでも口にしないのは人の道を外れた魔女のように悪辣な答えだったからだ。しかしその答えだけを避けると、どれほど模索しても適切な解が見つからなかった。


 早る鼓動は助けを求めるように地に伏すバルフを見、彼の言葉を思い起こさせた。

 その様子に魔女の口に赤い三日月が広がった。



「もう分かってんでしょ。魔女の殺し方ァー?」

「──……てよ……」



 不意に。そんな声が響いた。魔女の声ではない。



「つまりさァ。そいつを使って僕を殺すって事はァ──」

「やめて……」



 懇願。こぼれた声の主は──エルシーだ。



「僕の魂をそいつに入れて──」

「やめてってばッ‼︎」



 声帯が擦り切れるほどの悲痛な叫びを無視して、




「そいつごと僕を殺すって事だから」




 魔女の言葉は、あっさりとジンの答えを認めた。

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