【電子書籍化決定】エンディングで前世の記憶が蘇るなんて!〜ヒロインに心を奪われていた婚約者のせいで、私の未来が最悪だわ〜
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2024. 07. 22 (((;ꏿ_ꏿ;)))
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*加筆と修正しました。
今から3年前。王立学院の卒業式での、今どき珍しくも無い婚約破棄のあの場面。
その日、エンディング後の私の未知なる第二の人生が始まった。
会場に、この国の王太子である第一王子のレイナード殿下が桃色のふわりとした髪に蜂蜜色の丸い瞳の庇護欲を唆る可愛らしい令嬢、ハルヒ様をエスコートして現れると周囲はざわめいた。
それもそのはずだ。レイナード殿下の婚約者であるナチュリーラ様は、先にお一人で会場入りをしていたのだ。
学院内での二人のイチャラブを誰もが見聞きしていたことから、皆何となく予想はしていただろうが。王太子という立場の人物が、だ。
なかなかチャレンジャーね!などと思いながら隣をチラリと見る。
私の隣では、レイナード殿下の婚約者であるこの国の筆頭公爵ハンクラング家の長女ナチュリーラ様がこの事態を悟っていたかのように凛とした佇まいでその様子を見ていた。
ちなみに、私はナチュリーラ様と幼い頃から仲の良い友人である。
一緒に並んで不快感を押し潰し、私も彼女の隣で同じように佇みながら王太子の後ろにいる3人の側近へと視線を向ける。
宰相の息子であるダイン侯爵の令息パーベル様と魔法省長官の次男のカーマイン侯爵令息ルシェリオ様。王宮騎士総団長の長男ランガルはムクライド伯爵家の長男で私の婚約者だ。
レイナード殿下の腕にしなだれ掛かっているハルヒ様は元は平民だった。
彼女は転生者であり治癒魔法が使えたことで神殿に認められ聖女の称号を得ている。その為、彼女の生まれ育った男爵領のアンカー男爵家の養女となれた。
そして、私もまた……転生者である。しかし、転生者だと分かったのが遅かった。
――ツイてないわー
そう、遅すぎだ。だって、今この場で前世の記憶が蘇ったのだから。
――なんで今?
マジあり得ない。もっと早く分かっていれば、この状況をどうにか出来たのかも知れないのに!はぁー、全く以てなんで今なのよ!
それというのもこの場面にこの人物。
どう思い出してみても前世のゲーム「ブライダルプリンセス」のラストの卒業式の場面なのだ。
そんな最終場面で私が前世を思い出したところで……どうやったって修正不可能じゃない!
――リセットボタンとか無いわよね?
そう思い、周囲を見回していると隣から聞こえてきたのは、
「レイナード殿下と聖女様とのご婚約を心よりお祝い申し上げます」
物思いに耽りすぎた為に、気がついたときにはエンディングのセリフがナチュリーラ様の口から発せられた後だった。
――あっ、エンディングだ。
やはり、何も出来ずに終わりを迎えた。
エンディングを迎えた後はどうなるの?ふと、頭の中によぎる疑問。……もしかして?……もしかしなくても、この世界は続いていくわね。
卒業式が終わると、まだ頭の中が整理できていない私にナチュリーラ様から声がかかり、会場から一緒に退場する。艶のある手入れをされた金髪が風に揺れエメラルド色の瞳を潤ませながら私の前を歩く彼女。この後でハンクラング公爵家へと招待されている私は、彼女の後に続き公爵家の馬車に乗り込んだ。
「やったわ。これでやっとレイナードと別れることができたわ。アベリア、わたくし邸に着いたらマークスに告白するわ」
「ナーチュ。……馬車が出発するまでは淑女の仮面のままでいないと!」
「大丈夫よ!レイナードの方から婚約を破棄したのよ!」
そう言って、胸を弾ませる彼女には想い人がいる。公爵家で次期執事として彼女に仕えているニーズリー伯爵家の長男のマークウェル、愛称はマークス。彼は幼い頃からずっとナチュリーラ様、ナーチュに仕えている幼馴染み。実は、私たち3人は幼馴染みで愛称で呼び合うほど仲が良い。そして、ナーチュと私は従姉妹同士でもある。彼女の父親の妹が私の母様、リンドル侯爵夫人なのだ。
リンドル侯爵家の長女、アルベーリアが私の名前。愛称はアベリア。私の容姿は母様ではなく父様似でこの世界に生まれた。
腰まである藤色の絹のようなサラサラの艶のある髪が私の自慢。色素の薄い空色をした瞳をしているが、母様の様な葡萄色の瞳に生まれたかった。
「はぁ。ナーチュはいいわね。マークスとの幸せな未来があって。私はランガルと……そのまま結婚するのだわ」
「ムクライド伯爵の令息は将来有望だし、令嬢たちの間で人気ナンバーワンの方よ!」
この世界では珍しい漆黒の髪と深い海を思わせる碧色の瞳を持つ彼は口数の少ない寡黙な人だが、見目は最高。表情が乏しいのだが、何故かそれが令嬢達に人気なんだと。
思い返してみると、会話……学院内でしたことなかったよーな気がするな。したくもなかったのだろうけど。
彼はハルヒ様に恋い焦がれている。ゲームの中で、レイナード殿下の側近の3人は皆ハルヒ様、そうヒロインの奪い合いに負けた男達なのだ。今日のエンディングを迎えたことで、ヒロインは王太子のルートを選んだのだと分かる。
私は元は日本人。そんな私が政略結婚なんて言われても。結婚相手は相思相愛と私の中では決まっている。
ゲームはエンディングを迎えたけれど、モブの私の人生には続きがある。と思うと、めちゃくちゃ悔しくなってきた。
――ハルヒ様が転生者だということは
このゲームの内容を知っていた?
今までの事を思い出してみると――。
学院の噴水前のベンチで、マークスが初めて厨房で焼き菓子を焼いたのだとナーチュが持参したクッキーを私と二人で食べていたときのこと。
ハルヒ様は、突然自ら噴水の中に入って行ったっけ。その後でルシェリオ様が現れて彼女を助けた。そう、助けられた彼女は「ナチュリーラ様に押されて噴水に落とされた」と言っていたけど、私たちの隣に座っていた学院生達がナーチュと私は座って焼き菓子を食べていたと、彼女は自ら噴水に入った事を証明してくれた。
それと、ハルヒ様が筆箱を壊されたと言いながら私たちのクラスに来たこともあった。
パーベル様に「私の筆箱がボロクソだと……ナチュリーラ様が先程壊したみたいなの……」と、泣きながら大声で言っていたわね。
その日、ナーチュが学院を休みだとは知らずに。間違いだったと彼女は顔面蒼白で退室したわ。そして、レイナード殿下もナーチュと外交で訪れた国賓の接待で休みだった為に、パーベル様とランガルが学院の帰りにハルヒ様をエスコートして王都の文具店へ行ったのだったわ。
思い返してみれば、やはり確信犯だとしか思えない。ナーチュがゲーム通りにレイナードに恋心を抱かなかったのが救いだわ。
しかし、その時に私が前世の記憶を思い出していたら……間違いなく彼女に2、3発お見舞いしていたのに残念だったわ。
でも……と、いうことは。やはり、彼女は前世でゲームをプレイしていたということ。
四人の男を誑かすのはお手の物だったわけだ。
ムカツクなー。ヒロインだからといって、ナーチュを悪役令嬢にするつもりだったのには許せない。まぁ、尽く失敗したわけだが。それでも、やっぱり気に入らないわ。
側近の3人への扱いにも腹が立つ。わざわざ婚約者のいる人達を籠絡しなくても、レイナード殿下だけでいいじゃない。ゲームの知識でレイナード殿下を籠絡することが出来るのだし。
それと、ランガルとの結婚も。ハルヒ様がダメだったから?妥協で致し方なく?そんな風に私を娶るはずだわ。そんな男に嫁ぐだなんて、私の未来は絶望的。それでも、家同士の政略結婚に今の私じゃ抗えないし。黙って結婚しても絶対に離婚してやる。
そうよ!離婚!その手があったわ!平民になって素敵な恋人を作ろう。
何はともあれ、実行するには手に職と、軍資金だわ。侯爵家の令嬢としてチヤホヤ可愛がられて育ったけど、日本人の記憶と共に蘇ったわ。そう、働かざる者食うべからず。学院を卒業したのだから、さっさと就職先を見付けて働かないと。そして、お金を貯めてこの世界を満喫しよう。
それから1年後、私はランガルと婚姻を結ぶ事になった。でも、この1年間私は黙って過ごしていたわけではない。
彼との最低限なお付き合いもきちんとしてきたし(多分)、手に職までは無理だったが前世の記憶を活用して自身の店を構える事も出来た。この店がかなりヒットしているのは言うまでもない(営業マンがナーチュだし)。
そして今、ランガルとの結婚披露宴が終わり、先に入浴をした私は主寝室に一人でいる。
ベッドサイドにドカリと座りサイドテーブルに小腹を満たす小さなサンドイッチを置くとワインを嗜みながら、彼が扉から入室して来るのを楽しみに待っているのだ。
2杯目のワインを注ぎ始めると、主寝室の扉が開かれた。扉から現れたのはガウン姿のランガルだ。見目の素晴らしいこと。こんな美しい男が私の夫になったのね。とても残念なことに、彼の心は私のものではないのだが――。
夫になったばかりの彼の容姿に見惚れてしまうが、いくら容姿が良くても他の女を好きな男と一夜を共にする気は更々ない。
「遅くなって済まない。ワインを飲んで待っていたのか」
そう告げる彼は私の寝間着姿に釘付けだ。
うんうん。分かるわ!だって、特注よ!彼の為だけに自分でデザインした前世のスウェットですもの。中をお見せ出来ないのが残念ですが、なんとタンクトップも着用しているのですわ。結婚してからの夜の為に完璧防御の寝間着を用意してきたの。
「ランガル様もお飲みになって下さい。緊張が解れますよ」
そう言って、ニコリと微笑みワインを注いだグラスを渡す。
彼が立ったまま、ワインを一口飲んだところで私は軽快に口を開いた。
「ランガル様とゆっくりお話しする時間もなく今になってしまいましたが、どうしてもお伝えして置かなければならないことがあるのです」
「どうしてもとは?何かあったのか?」
「わたくし、この国のことについて調べ直しを何度もしたのですが、やはり合っていました。我慢する期間は2年間です!」
「2年間?何を我慢するんだ?」
「この結婚生活ですわ。お互いの幸せの為に白い結婚で2年後を迎えましょう!ふふっ。では、わたくしは自室へと戻りますわね!」
「な、何を言っているんだ? あ、跡取りはどうするつもりだ?」
「……?跡取り?あぁ、跡取りは必要ですわね。それなら養子を迎えればいいのでは?自身の血を引く者が必要ならば、離婚後に後妻を迎えればいいのですよ!では……」
「ちょっ、ちょっと待て」
「い、痛い」
手首を強く掴まれると私は叫んだ。目を大きく見開いた彼が驚いて直ぐに手首を離したところで私は急いで自室へと戻る。扉を閉めた後でチェストを扉の前に置き、主寝室の扉を封鎖した。
「ふぅ。今日は仕方がないわね。近い内に、業者を呼んで扉が完全に開かないようにしてもらわないとね」
何度か向こう側から扉がノックされたが、彼も無理矢理押し開くことまではしなかった。
そうして始まった結婚生活。普通の夫婦らしく、朝食も一緒に摂るし笑顔で会話もする。伯爵家の嫁として毎日を過ごし、催しにも茶会にも出席する。周囲貴族の皆様には、仲の良い新婚夫婦として羨ましがられる程だ。義両親もそう思っているらしく、これなら早い内に孫の顔が見られると安心しているようだ。
夕食の後では各々の部屋へ戻り、毎朝朝食の席に着く前に彼の部屋の前で私が待っているのをメイドに秘密にしてもらっている。
そんな私をメイドは微笑ましいと言っているが、いやいや違うから!義両親の手前、別々に朝食の席に着くわけにはいかないでしょう。いつ出てくるか分からないから待っているしかないわけ。
◇◇◇
3年前の学院の卒業式では、第一王子のレイナード殿下の側近として彼と一緒に会場入りをする為に俺の婚約者であるリンドル侯爵家のアルベーリアをエスコート出来なかった。
彼女とは、学院へと入学する1年前に婚約した。我がムクライド伯爵家は騎士の家系であるが、領内で不作が続きあまり芳しくなかった。そこでリンドル侯爵家が領地の改革に尽力してくれたことをキッカケに彼女と縁を結ぶ事になったのだ。
初めてリンドル侯爵家へと訪れたときは邸の大きさに驚いた。こんな大きな邸から我が伯爵家へと嫁がせられるなんて、そう思いながらリンドル侯爵家の門をくぐった。
邸の扉前で馬車から降りると、柔らかな笑顔を向けていたアルベーリアの凛とした美しさに見惚れる。腰まである藤色の絹のような髪が穏やかな風にサラリと揺れ、色素の薄い空色をした瞳が吸い込むように俺を捉える。その姿がこの世の者と思えず、女神のように思えた。
入学するまでは毎月彼女の家でお茶を嗜みながら沢山の話をした。
学院へ入学する際にレイナード殿下の側近に決まると、彼女は一緒に喜んでくれた。
入学してからは、レイナード殿下の護衛も兼ねていた為と騎士団にも入団していた為に忙しい毎日を送ることになる。
その為にリンドル侯爵家へと行ける日がなかなか無く、茶会が出来なくなってしまったのだが、アルベーリアは仕方がないわと忙しい俺を労ってくれた。
1年が過ぎ進級すると、専攻科目の関係でアルベーリアは三階の東端の教室となり、俺は二階の西から2番目の教室へと、階が別れる。1学年の頃は同じ階で廊下でたまにすれ違っていたので、挨拶はしていたのだが。違う階になると、全く会うことがなくなった。
そんな日々が続いたある日、騎士団で隊の合同訓練があったときの休憩時。彼女と同じクラスだという騎士たちから婚約者に対してこのままでは不味いと指摘される。
「ムクライド様は、リンドル侯爵家のアルベーリア様とはいつ頃婚約を解消するの?」
「本人に、そんなハッキリと聞く?」
「あっ、俺も聞きたい!」
「そうそう。皆、ムクライド様と彼女が婚約解消するのを待っているからね」
「どうせ婚約解消するのだから、出来るだけ早く頼むよ!」
「……婚約解消など、する予定は無いが?」
「へ?」
「嘘だろ?」
「冗談?」
「はぁ?」
「マジ?」
彼らに言われたのは、婚約を解消する前提での話だった。そして俺の返事に、彼らは次々と言葉で攻撃してきた。
婚約者とのダンスの練習に参加したことがないだろう?と。そして、レイナード殿下の側近で護衛を務めている為に時間が取れないと話すと、俺以外の側近の二人は婚約者と参加をしていると言われたのだ。
最初の頃はアルベーリアも一人で参加していたが、今では会場にも来ていないと言われる。その時間は図書館で読書をしていたらしい。
その後で、学院外での彼女との時間を聞かれると、彼らは顔面蒼白で俺を見据えた。
最低限の事もせずに婚姻を解消しないと言った俺に憤りを感じると言い残して彼らは訓練に戻って行った。
その日の夜。彼らの言っていた言葉を思い出し次のダンスの練習時間を調べると、明日の三時限目がそうだった。しかし、明日の三時限目は側近二人に頼まれてレイナード殿下の護衛を一人でするしかなかった為に、練習に行けないのだ。いつも一人で殿下を護衛していたときに、二人はダンスの練習へと行っていたのだろう。
それから2カ月後。
彼女の誕生日の日に騎士団の訓練に休みを取った。花束とプレゼントを持って侯爵家を訪れたのだが、先触れを出さずに突然訪れた為に彼女は出かけていて会うことが出来なかった。次の日に彼女から手紙が届く。忙しい中ありがとうといった内容だ。それと、無理をして時間を作らなくても大丈夫だから体を労って欲しいと、逆に心配させてしまったらしい。
そして、月日はあっという間に過ぎ去り、最終学年へ上がる。今回は、アルベーリアとは校舎が別になった。それと同時に聖女の称号を得た転校生、ハルヒ様が入学してきた。
クルクルと変わる表情がとても可愛らしく、平民出身だという彼女は貴族令嬢たちとは違う親しみのある付き合い方をする女性だった。
「ランガル様。貴方は素敵な人ね。貴方の婚約者様より先に出会っていれば……」
ハルヒ様は毎回そう言って、頬を赤らめ俯く。
「どうして、ランガル様の婚約者であるアルベーリア様は貴方に会いに来ないの?同じ学院に居るのにランガル様が可哀想だわ。私が婚約者だったら、毎回貴方に会いに来るのに……私なんか、婚約者じゃなくても会いに来ちゃうのよ」
愛らしい表情を浮かべて俺の腕に彼女が手を置くと、アルベーリアという婚約者がいながら俺は嬉しくて舞い上がった。
アルベーリアと校舎が別れてからは顔を合わせることもなくなっていたことで、彼女との交流をしなくてはと思っていた想いもいつの間にか忘れていた。そんな中、ハルヒ様は毎日俺に会いに来る。彼女の、俺を慕っていると分かる言動がとても嬉しかった。そして、そんな日々が終わりを告げる日があるとは思いもしていなかった。
その日は卒業式の1週間前。学食で昼食を済ませると、レイナード殿下とパーベル、ルシェリオ、ハルヒ様と学食のバルコニーへと移動した。
「ハルヒ。君が言った通りだった。聖女は王族と結婚できるんだ。俺とハルヒは結婚できる。婚約者のナチュリーラとは婚約を解消するよ。側近達の前で誓う。君を妃に迎える」
レイナード殿下の言葉に側近である3人は驚愕した。それにしても、『君が言った通り?』とは……
「だから言ったでしょう。私はずっとレイと一緒に居られるって。嬉しいわ。私には、貴方だけなの。転生者だって、聖女だって、そんな目でしか私は見られていない。でも、レイだけはハルヒとして私を見てくれている。愛しているわ」
時が止まったかのようだった。今まで俺に向けていた彼女の愛らしい表情が、レイナード殿下へ向けられていたのだ。
どうしてだ?俺だって、ハルヒ様が言って下されば婚約を――。一瞬、そう思ったが……いや、アルベーリアと婚約解消するなんて……絶対に嫌だ。ずっと俺を影から応援してくれている愛らしい彼女の顔が浮かぶ。
次の日、レイナード殿下が学院を休んだのをいいことに、ハルヒ様をいつもと違う学食のテラスへと連れ出す。
「好きな物を沢山食べて下さい」
「ランガル様、ありがとう」
キラキラと瞳を輝かせ食事をする彼女の昨日の言動に納得できなかった俺は、
「レイナード殿下が王族だから結婚するしかなかったって、ことだったのだろうか?」
「えっ?違うよー。レイのことを愛しているの。ふふっ。あぁ、ルシェリオとパーベル、ランガル様のことも大大大好きだからね!」
笑顔でそう答えた彼女に唖然としたが、俺は自分自身を重ねた。俺だって、アルベーリアがいるのにハルヒ様に話しかけられ嬉しく想う気持ちもあった……俺もだ。ハルヒ様に伝えたいと思っていた『最低だな』という気持ちが自分に返ってきた。
ハルヒ様と俺が二人で会話をしながら食事をしていると視線を感じ周囲を見渡せば、2つ先のテーブルにいるアルベーリアがこちらを見ていることに気がついた。彼女の表情から読み取れるのは軽蔑だ。しまったと思い瞬時に我に返る。彼女とは学院内で食事もしたことが無いうえに、婚約者以外の女性と二人で食事をしているところを本人に見られるなんて――。
言い訳にとまではいかないが、先にアルベーリアに謝罪を告げに彼女のクラスへと赴く。
教室の扉から中を覗くとニーズリー伯爵家のマークウェルと話しているようだ。
しかし、その様子に俺は言葉を呑み込んだ。彼女がマークウェルに親しみのある表情を見せて笑っている。俺の知らない彼女の笑い顔だ。頬を赤らめ可愛らしくコロコロと表情を変えて、マークウェルの前で淑女の仮面を剥がしていたのだ。
婚約者の俺の前では見せたことがないあどけなさ。彼女にそんな顔をさせることができるマークウェルを殴り倒したくなった。俺ではないことが辛く、胸が痛くて。ハルヒ様とレイナードのときとは比にならない怒りが溢れ出る。どうして、俺は彼女を想う気持ちを忘れていたんだろう。――これが、嫉妬か。
どうやって、自分のクラスに戻ってきたのか分からないまま、いつの間にか授業も終わり下校時間になっていた。
教室の窓から下校の光景を眺めていれば、アルベーリアが昇降口から出てくる。そして、隣にいるのはまたしてもマークウェルだ。二人は仲睦まじく微笑み合っている。俺は急いで教室を出ると昇降口へと向かって階段を下りた。昇降口の前にはまだ二人の姿がある。すると「お待たせいたしましたわ」サラリと金色の髪を踊らせながら昇降口の前で微笑んでいる二人の腕に一人の令嬢が腕を伸ばすと、両側に二人を抱えるかのように抱きついた。
ナチュリーラ様?その令嬢は、レイナード殿下の婚約者だった。
「ごめんなさい。待ちましたか?」
「私達も今来たところよ!それよりナーチュ、早く行きましょう」
「アベリアは腹が減ってるのか?」
「マークスこそ、ずっと何を食べようか悩んでいたじゃない!」
「マークスったら、ケーキを食べに行くのよ?悩む必要がある?アベリアは、今日はマロンのケーキを食べるのよね!」
「えぇ。あっ、マークスはチョコにしなさいよ!私とナーチュが一口ずつ貰うわね!」
「それ、いいわね!じゃぁ、さっさと行きましょう!」
3人の会話に驚いた。3人とも愛称で呼び合うほどの仲なのか。そういえば、アルベーリアに俺は愛称呼びを許されていないことに気がついた。彼女にも俺の愛称を許していなかった。それなのに、あの3人を見ているとどうしたことか俺はイラついた。
「アルベーリア!」
その瞬間、俺は彼女の名を呼んでいた。
アルベーリアが振り返る。俺が急いで彼女に向かって早歩きで彼女の前までくると、彼女は淑女らしい凛とした姿に戻る。先程までのあどけなさが無くなった。
「ランガル様、何か御用がお有りでしょうか」
無表情で尋ねてきた彼女にコクリと頷けば、彼女は二人に先に行くように促す。
「今日のカフェテリアでのことを謝りたくて、呼び止めてしまい申し訳ない」
「そうだったのですね。では、失礼いたします」
そう言って、彼女は振り返る。先に歩き始めた二人を追うのだろうと思った瞬間、彼女の腕を掴んだ。彼女は俺に掴まれた場所に視線を向けると淑女の仮面が一瞬剥がれる。不快だという顔をしたのだ。
「ちょっと待ってくれ。まだ話は終わっていない」
「では、話の続きをお聞きしますわ。どうぞ、話の続きとやらをお聞かせ下さい」
「先ほど俺が令嬢と二人でいたにも拘らず、アルベーリアは怒っていないのか?」
「えぇ。怒っておりませんわ」
「……な、なぜ?」
「貴方様が彼女を好きなことは誰しもが見知っております。そんな貴方様の婚約者が私だということも、皆さんが知っていることですわ。今更、何の謝罪をされたいのです?わたくしは、侯爵家の令嬢として育てられました。その私に平民のように感情的になれとおっしゃるのでしょうか?上位貴族の令嬢としての矜持を捨てろと?無理な話ですわ。わたくしから申し上げるとすれば、卒業までの数日間。これ以上私の婚約者としての地位を下げる行動を慎んでいただけることを望みます」
そう彼女が告げたことで、俺は今まで何をしていたのか。彼女に対してなんてことをしてしまったのだろうかと瞬時に悟った。
「それと、彼女に振られたからといって、わたくしに何かを求めることは止めて下さい」
俺は……彼女に何をした。
ずっと……彼女を傷つけ続けていたのだ。
それからの俺は、いつ婚約の解消を言い渡されるのかという不安に蓋をしながら過ごした。学院の卒業式でもアルベーリアをエスコートすることも出来ずに。
しかし、学院を卒業してからも婚約は継続されていた。毎月の誕生日の日にちに合わせ、騎士団へ向かう前に花を持ってリンドル侯爵家へと訪れるが彼女はいない。侯爵家の執事が言うには、彼女は結婚するまでの間にやりたい仕事をしているのだと彼は教えてくれた。
そして学院を卒業してから1年間。彼女に会ったのは、俺の誕生日と彼女の誕生日の2回だけだった。時間にすると1時間程度、一緒にお茶を飲むだけで会話は殆ど無かった。
そして今日。アルベーリアと俺は婚姻式を挙げたのだ。美しい彼女のウェディングドレス姿は、見る者全てを魅了していた。
彼女は今日から俺の妻になった。披露宴では穏やかに時間が過ぎ、彼女との会話も弾んだ。これから挽回して行こう。そう思い、俺は主寝室の扉を開いたのだ。
ところが、だ。
彼女の姿に目が点になると、発せられた言葉に驚きが隠せない。
2年後に離婚。白い結婚。
俺はどれだけ彼女を苦しめていたのだろうか。婚約を解消していれば……結婚しなければ彼女は苦しまずに今を生きていたのだろうか。
1年間のやりたい仕事と執事から聞いたときに何故気が付かなかったのか。離婚となると彼女は平民になるつもりだろう。『上位貴族の令嬢としての矜持を捨てろと?』そう言っていた彼女は、自らその道へと進む選択をしたのだ。いや、俺がさせてしまった。彼女の未来を握りつぶしたのは……またしても俺だった。
◇◇◇
王都の大神殿の裏側にある小さな扉の前で馬車が停車すると、マントのフードを被り顔を隠し馬車から降りる。
扉をノックすると内側から扉は開かれた。神殿内の通路を歩き神官長の居る部屋まで移動する。
マントを脱ぎ私の姿を確認した神官長が頭を下げた。
「お待ちしておりました」
「週に一度しか来ることが出来ずに申し訳ありません」
神官長に挨拶を済ませ、控えの間へと移動する。そこで、神殿で用意してくれた白い神官服に着替えるとベールを被り奥にある扉を開き、廊下を進み祈りの場へと足を進めた。
「今日もたくさんの人が訪れているわね」
「アルベーリア様。前回のように倒れるまでの無理はなさらないで下さい。わたくし達は民のこと同様、貴女様のことも心配しております」
「ありがとうございます。では、時間が惜しいので始めますわね」
そう言った後で祈りの場へと入室すると、私は民に治癒を施し始めた。
魔力が無くなる前に首にぶら下げているネックレスを握る。ネックレスには、聖魔法の魔力を回復するオパール石がトップに付いている。それを握ると徐々に魔力が体に満たされるのだ。
これは本来、聖女の称号を得たハルヒ様の物になるはずだった。しかし、ハルヒ様は聖女の称号を得た後で男爵家の養女になり学院へと入学したことで大神殿へ訪れていなかったらしい。
私はというと、彼女の幼少期などを詳しく調べようと彼女の生まれ育ったアンカー男爵領を訪れた際、彼女が聖女と判明した神殿へと足を運んだ。せっかく神殿に来たのだからと魔力判定をしてみたら聖魔法の使い手だったのだ。更に、魔力量が膨大だと神官様が慌てている。もしや、転生者が使える魔法が聖魔法なのかしら?
神殿では聖魔法の使い手が二人も現れたことに驚愕した。そのこともあり、ハルヒ様の幼少期を色々と知ることも出来た。
神官様は、大神殿へと私と同行すると神殿長と三人で話し合うことになる。聖魔法保持者が二人も居るとなると国に混乱を招き兼ねないからだ。神官長も頷くことで私のことは周知されずに済んだ。私のことを極秘としたのだ。だって、私は侯爵家の令嬢であり、この後結婚を控えているわけで聖女活動など出来るはずもないし。
極秘にすると決まると、私はそこでハルヒ様への仕返しを思い付いた。そして私は神殿長へと提案をした。
「ハルヒ様は学院を卒業したばかりで、これから貴族の教養をつけるにしても聖女として活動するまでには時間が掛かるでしょう。それまでの間、彼女の代わりとして週に一度、わたくしが伺わせていただきますわ。そうすることでハルヒ様の基盤を作ることが出来ます。彼女は偉大な聖女様でいらっしゃいますから、民の皆様の前に彼女が現れるまでの間、救いの癒し手をわたくしが代わりましょう」
神官長は大変喜んだ。そうして身を隠して民を救い始めると、神官長から渡されたのがオパールのネックレス。これは、ゲームの中での聖女の必須アイテムだ。神官長から手のひらに置かれると、この国に一つしかない聖魔石は虹色に輝いた。主を選ぶ聖魔石。虹色に輝いた石は私を主と認めたらしい。
ヒロインが悪役令嬢に虐められているのは祈りが足りないからだと、学院在校時に大神殿に祈りを捧げに来ることで神官長からゲットできたはず。なのに、私が渡されるなんて。ハルヒ様は、ゲームの色々なイベントをすっぽかして進んでいたのだろう。そのお陰で、悪役令嬢ナチュリーラが誕生しなかったのね。
私は魔力が枯渇寸前まで民を治療する。1週間、オパールに魔力を注ぎ毎日溜め込むことでかなりの民を治療することが出来る。
毎週大神殿へと訪れる度に聖女人気は上昇し、今では遠い領地から大神殿へ訪れる民で溢れ返っている。
この光景を見ただけで胸が躍る。ここから私が離れる日が今から楽しみで仕方がない。
それに加え、大神殿ではかなりのお布施が入り込む。貴族への治療に関しては、大神殿ではお布施を受け取っていたのだ。謝礼金をと神官長に渡されたときに、私は受け取らなかった。
「貴族から得られたお布施は、大神殿と民達へとお使いください。わたくしは、奉仕ということでこちらに来させていただいているのに謝礼をいただいてしまったら、それは奉仕とはならないでしょう。ただ、使える魔法が聖魔法だっただけですし……たまたま治癒が出来ただけ、ということですわ」
そう。そうすることで神官長に、施しは奉仕(無料)でするものだと教え込む。そして、民に慈悲を与えることで聖女を崇め奉ることを植え付ける。大神殿に多額の利益をもたらせることで聖女は金を生み続ける金の卵だと思わせるのが目的よ。だって、平民だった彼女が無料で毎回仕事に励むはずがないでしょう?それに、彼女の魔力量が並だと神官様から聞いてしまっている。必須アイテムが無い彼女は、この後どうなるのかしら?
ハルヒ様が私に代わり大神殿へとやってくる日が楽しみだわ。残念なのが、私と入れ替わった後の彼女の姿を見られないことね。
それとランガルと結婚してから、私は義母様を自身の開いた店へと連れてきた。そうすることで、家から外出している先を知らせる為と、外出し易い環境を整えることが出来る。
「ここがアルベーリアのお店なの?」
「はい。では、中をご案内させていただきますわ」
店内に入ると数名の店員達がいらっしゃいませと声を掛けてくる。その中から一人の店員が私達の前まで出てくる。それを視線で捉えた義母様は大きく目を見開き、彼女を上から下まで見回した。
ふ・ふ・ふ。分かる分かる。
彼女はこの店の店長で、前世でいうところの看板娘。長いストロベリーブロンドの艶のある髪の毛を片側だけ下ろし、大きめなイヤリングが歩く度に光を反射し揺れ動く。キラキラと輝くアーモンド型の金色の瞳と目が合うと、艶めかしい瞳に目が離せなくなるのだ。それに、長身で体のラインに合わせた装いも惚れ惚れするほどの見目麗しい彼女を引き立たせている。そんな彼女が大の男嫌いなのが勿体ないのだけれども。そのボン・キュッ・ボンに誰もが釘付けになーる。
口角を上げ色気を漂わせたぷるっぷるの唇が開かれた後で、私を虜にさせるような微笑みを見せると片方の瞳をパチリと一瞬閉じた。
「社長。おはようございます。お客様に御挨拶をさせていただいても宜しいでしょうか」
――最後のウィンク……要らねーよ
ヒクヒクする頬を抑え、私は義母様に笑顔を向ける。
「……えぇ。お義母様、彼女は店長のアンジュリーですわ」
「はじめまして。店長を任せて頂いておりますアンジュリーです。社長のお義母様だとは露知らず大変失礼いたしました」
「そんな事はないわ。まだ義母親になって日が浅いもの。エリザル・ムクライドです。これから宜しくして下さると嬉しいわ」
店長が店の奥の貴賓室へと義母様を連れて行ったところで、届けられていた書面にパラパラと目を通す。
――さすがナーチュ!
うちの看板セールスマンね。
ナーチュからの紹介で来店したいという書面が2日間で10件以上もある。お茶会で宣伝してくれたのだろう。
店員たちに予定を聞きながら日時を照らし合わせて来店日を決める。返信は店長の仕事になるので読み終えた書面に日時を記入したメモを挟むと、それを彼女の机の上にポンと置いた。
呼び鈴が鳴らされるとワゴンにお茶のセットを載せ、看板娘第二号の副店長が貴賓室へと向かった。彼女もまた、焦げ茶色の髪にアメジスト色の瞳でお客様を釘付けにする程の美しい女性だ。店長が薔薇なら、彼女は百合の花と言った表現が合う。
店長が貴賓室から出てきたところで店員達が一斉に店長の指示を待つ。アンジュリーが義母様から聞き出した情報と簡単に計測したサイズで商品を選ぶためだ。
私は貴賓室へ行き店長が貴賓室へ戻ってくるまでの間、義母様に店の内容を軽く話すことにした。
「――お客様は貴族の方が多いのですわ」
「そうなのね。でも、びっくりしたわ。店員の皆さん、美しい人しかいないのだもの」
「ふふっ。見た目が重要ですからね。彼女達に着させた物を見てお買い求め下さるお客様が多いのです。貴族の夫人や令嬢は、ご自分で試着出来ないので」
「今日の記念に今からアンジュリーがお義母様に似合う品をお持ちするので、お好きなだけ選んでお持ち帰り下さい」
呼び鈴を鳴らしそう告げたところで扉が開かれると、アンジュリーと数名の店員がハンガーラックを引いて入室してくる。
いつもの倍のラックの数に、私は店員達をギロリと見る。気合いを入れすぎだ。さっさと選ばせて帰りたかったのに、これでは時間が掛かるわね。
「社長。ここからはわたくしに任せて下さいますか?」
「ええ。では決まるまで私は外していますわ。お義母様、たくさん選んで下さいね」
そうして貴賓室を出ると、給湯室で湯を沸かす。店員達にお土産で焼き菓子を持って来たのだ。茶葉を蒸らし終えると店員達が休憩室に入室してくる。
「アルベーリア様、あの方がランガル様のお母様なのですか?」
「えぇ、そうよ。今日は、ごめんね。気を遣わせちゃったわね。でも、これで邸から出掛け易くなったわ」
「あぁー、上位貴族の夫人になると色々と大変ですよね」
「元々、侯爵家の令嬢だったのだからそうでもないでしょう。アルベーリア様だしね」
そうこう話をしているうちに呼び鈴が鳴り、私は貴賓室へと戻ると義母様は数枚のランジェリーを選び終えていた。
「斬新なランジェリーばかりでびっくりしました。アルベーリアもあの様な物を着ているのね。ランガルはとても喜んだでしょう」
「良い物が見つかりましたか?」
ランガルが喜ぶかは分からないわね。見せる予定もないので。
しかし、前もってランジェリーの店だと口に出していたら義母様は来なかっただろう。店に来てから分かったことで、色々知ってもらうことが出来てよかった。これなら邸から出掛けられるわ。
帰り道、馬車の中で義母様の言葉にチクリと胸が痛む。
「これなら早くに孫の顔が見られそうだわ」
義母親は満面の笑顔を見せた後で、車窓の外へと視線を向けた。
結婚してから、初めての結婚記念日を迎えた日。そう、私たちが結婚してから1年が経過した。
義両親の計画を阻止できなかった私はランガルと3泊4日の旅行へと無理矢理連れ出されることになった。
学院を卒業してから2年が経ち、彼は大分変わったと思う。
社交の場へは二人で参加することが多く、会場内では常に一緒に居てくれる。
彼と踊った後で他の方にダンスを誘われても断ってくれるし、行き帰りの馬車の中でも自然と笑みを零しながら会話が出来る仲になった。
邸の中でも私が居辛くならないように常に話題を振ってくれるし、どこででもエスコートしてくれる。
以前の彼とは比べようもない程に優しく接してくれていることが嬉しい。
それと、私の店に訪れるお客様の中には彼の職場の同僚の夫人もいる。
ランガルが夫に紹介してくれたのだと頬を染めて来店される方が後を絶たない。
初めて彼の紹介だと言って来店してきたお客様には驚愕したが。だって、普通に考えて、騎士団内でランジェリーの店なんか紹介する?いやいや、しないでしょ!
それに、彼の紹介で来店された夫人達が必ず私に聞いてくるのが「ランガル様はどんなランジェリーがお好きなのですか?」や「どんなランジェリーならお二人の様な仲睦まじい夫婦になれるのでしょうか?」だ。
――知らねーよ
「アルベーリア。寒くないか?」
馬車の中でいつの間にか寝てしまっていた私に膝掛けを掛けてきたランガルの声で目を覚ます。
「あっ、ごめんなさい」
謝った後で私は車窓から見える田園風景に視線を向ける。ずっと外を見ていると、ランガルが咳払いをした。
「明日は、俺たちの結婚記念日だ。何か欲しい物はないか?それとも何かしてほしいことがあれば教えて欲しい」
「欲しい物も無いですし、してほしいこともありませんわ」
「……そうか」
「ランガル様。わたくしのことはいない者として扱って下さっていいのですよ。空気だと思えばいいのですわ。ですから、私を気に留めないで下さい」
気遣ってくれる彼に、私は困り顔でそう答える。彼との記念になる物は、増やしたくないのだ。
「妻を気に留めるなと?」
「えぇ。来年の今頃は離婚届にお互いにサインをしているはずですわ。仮初の夫婦間に、思い出の品を増やすことはないかと――」
「この1年間、貴方は何も変わっていないということか」
「変わっていますわ。ランガル様が嫌なら直ぐにでも離婚が出来るまでに店も成長しましたし。資金も貯まりましたから。……そうですわ……もう大丈夫ですわ。長々とお世話になり申し訳ありませんでした、この旅行を終えたら直ぐに手続きをしましょう。その方が新しいパートナーを早く見つけることが出来ますわね」
彼との時間が心地良い時間へと変わり、伯爵邸の中の居心地の良さを思えば、淋しいと感じるが。
これ以上、優しい義両親へ嘘をつき続けるのも気が引けるし、何と言っても結婚してからも令嬢達の不動の人気を誇る彼には早く新たな相手を見付けて、今度こそ心から幸せになって欲しい。
ハルヒ様への彼の言動を見ていたときを思い出す。
今なら分かる。私は、彼を好きだったのだ。二人の婚約は、政略的だけだと思いながらも。
だからこそ、いつも彼を目で追っていたのだろう。私を見て欲しい、構って欲しい、好きになって欲しい……その想いに蓋をしたのは私だ。
だって、仕方がない。私の願いをランガル様はハルヒ様へとそっくりそのまま向けていたんだもん。
自分は傷つきたくなかったから、私は私を守る為に彼への想いに蓋をしたのだ。
そして、卒業式での彼の登場で悔しい思いが溢れたのだろう。私が私でいられるように、前世の記憶を呼び起こしたのかも知れない。
私がハルヒ様を許せなかったのは……。ムカついた理由は?気に入らなかった理由は?仕返ししようと思った理由は……今思えば、全部彼のためだった。大好きだった彼を取られ、最後に彼を捨てた彼女を許せなかったのだ。
「……アルベーリア」
過去の想いに引きずられていると、いつの間にか私の隣にランガルが座り私を抱き寄せている。
「未だ私はアルベーリアを苦しめているのか。頼む……頼むから……泣かないでくれ」
耳元でそう言われ、私は私が泣いていることに気がついた。
あぁ、もう我慢するのは止めよう。今だけは彼の腕の中で――。
「突然、申し訳ありませんでした。色々と思い出してしまい――」
「アルベーリア、無理はしなくていい」
「はい。もう元気になりましたわ。涙を流した分、いらない気持ちも流れたのでしょう」
私は、初めて彼に満面の笑みを見せると、彼は大きく目を見開いた。
素の自分を見せたのは初めてだったが、これが最初で最後の私の最高の笑顔だと言えるだろう。
「今までの……過去の自分とは決別しようと思います。わたくしは、わたくしらしく。そして、わたくしのままで居られるように。新しい人生を歩んで行こうと思っています。ランガル様、この1年間ありがとうございました。ずっと言えなかったことがありますわ。わたくしは……ランガル様を婚約者として初めて出会ったあの日から、お慕いしておりました。この先、私が歩む未来で次に好きになる方には全力でわたくしらしくアタックして幸せになって見せますわ」
彼は、目を見開いたまま私を抱く腕の力を弱める。
その後で馬車の中だというのに、私の目の前に体を移動すると跪いた。
そして、首を傾げ不思議そうに彼を見る私に、見据えるかのような視線を向けると、私の手を取り両手の手のひらに唇を落とす。慌てて手を引っ込めようとしたが、彼の手の力にびくともしない。
「アルベーリア。私も出会ったときからずっとアルベーリアを愛している。一時期、ハルヒ様と共にいたことで、褒められ慣れていなかった私が彼女に心を奪われたのも事実だ。でも、愛称で呼び合いながら楽しそうに話しているマークウェルとアルベーリアを見た瞬間。俺は嫉妬に狂ったことでアルベーリアへの想いが沸点に達した。ハルヒ様がレイナード殿下と婚姻を望んだときにチクリと音を立てた心臓は、アルベーリアとマークウェルの二人の様子を見ただけで破裂しそうなほどの痛みに、マークウェルを斬りつけたい思いを制するのに必死だった」
「今更かも知れない。でも、アルベーリア無しの人生など考えられない。どうか、アルベーリアのこの先の未来で好きになる男は俺では駄目だろうか?もう一度俺を好きになってくれ。愛している」
卒業式から3年か。
今日は、店にナーチュとマークスが遊びにやって来た。手土産は、王都で話題のカラフルな創作チョコレートだ。
久しぶりに3人で、のんびりする時間はとても解放される。
「はぁー。だらけられるって最高だわー!」
「ナーチュは、いつもだらけているだろう?」
「ここで夫婦喧嘩はしないで下さい」
半年前、やっと婚姻出来た新婚の二人は、だらけたい時の居場所として私の店に毎回訪れてくる。
「アンも一緒にチョコレートを食べようよ」
「マークスお兄様、ここでは愛称で呼ばないで下さいますか?」
アンジュリーはマークスが来店すると、いつも不機嫌になる。
私達が一つ年下のアンジュリーとまだ学院へ通っている頃。彼女の容姿に見惚れる令息達を自ら蹴散らしていたアンジュリーに、令嬢らしくするようにと毎回説教していた兄のマークス。
アンジュリーはマークスがうざいと言い、未だに何処ででも兄妹喧嘩を始めてしまう。
「そう言えば、アベリアは知ってる?」
ナーチュが振り返りそう言って、私に向かって瞳を輝かせる。
彼女の話は、第一王子のレイナード殿下が臣籍降下させられるという内容だ。王子妃となったハルヒ様が大神殿で問題を起こし、収拾がつかなかった事で責任を取らされるらしい。
私は、3か月前に治癒を施した日を最後に大神殿へと行かなくなった。
その時に返した聖魔石は、主から離れると3年間は眠りにつくのだと神官長様が言っていた。
聖女信仰者の多さを知ったハルヒ様が「王子妃教育も終わりを迎えたので、これからは私が大神殿へと通いますわ」そう告げた。なので、当初に書面に残した通りにハルヒ様が大神殿へ足を運ぶことで、私はお役目御免となったというわけ。
そして、彼女は知らなかったのだ。
聖魔石のオパールを私が既に手にしていた為に、彼女は毎回魔力を枯渇させるしか無かった。魔力量がけして多くない彼女は、一日に10人程度しか治癒出来なかったらしい。3年後に聖魔石が彼女を主として認めるかどうかは分からないが。
しかし、彼女は聖女としてレイナード殿下と結ばれた為に弱音は吐けない。普通ならね。でも、彼女は違った。
私の思った通り、自分の都合良く生きることしか出来なかった彼女は我慢など出来るはずも無く。
「お布施の金額順で治癒をして差し上げますわ。お金が出せないなら、神殿に来ないように。それと、汚い服を着た人達も見ていて不愉快ですわ。きちんと風呂に入り体を洗って身なりを整えてから来てください」
集まった大勢の民の前でそう言い放った彼女は、その後で石を投げられたらしい。その後で、民達は怒り王城の門を破壊するため門の前に集まったと聞く。
「王家は王城に集まった民の前に、レイナードとハルヒ様を差し出したそうよ」
「そうそう、レイナード殿下は新男爵に叙爵され、領地無しだってさ。ハルヒ様は大神殿で聖女として慈善活動をする際に書面にて契約してしまったことで、民の治癒をするしかないってことだ」
「民たちは、今までの聖女様に治癒を施して欲しいと訴えたらしいわ。でも、大神殿では今まで来て下さっていた聖女様は、ハルヒ様が治癒を施しに来ることになった為に国にお帰りになったと告げたのよ」
「そうなのね。でも、ハルヒ様は聖女としてこれからは頑張ってくれるのだから応援してあげましょう」
私はナーチュとマークスから聞いた内容にクスッと笑うと、お茶を口に含んだ。彼女への仕返しは成功したようだ。
ゲームのラストシーンを思い出せば、ハルヒ様の最後の言葉が浮かんでくる。「レイナード殿下と共に、民を守れる聖女となるわ」だったような――。
今では前世での記憶もあやふやになってきている。それは、私にはもう必要のない遠い昔の記憶。
呼び鈴の音が鳴り、店内から呼ばれると私は重い腰を上げる。
「あら、早かったのね」
「空模様が心配だったから、早目に迎えに来たんだ」
ナーチュとマークスが応接室から店内に出てくると、二人も帰路に就くと言ってコートを羽織る。
「また来てね」
二人にそう告げると、次は伯爵邸へ遊びに行くよと微笑んだ。
「アベリアを宜しくお願いいたしますわね。そろそろ、外出は控えるようにさせた方がよろしいかと――」
ナーチュったら、余計なことを言わなくていいのに!外出させてもらえなくなるじゃない。
「ありがとうございます。そうですね、外出は控えさせましょう」
左腕を私の腰に回すと空いている右手を私のお腹の上に置き、彼は優しく笑みを零すとナーチュとマークスに次は邸へと遊びに来て下さるようにと軽くお辞儀をした。
「まだ安定期に入ったばかりだから大丈夫。今、動かなかったら元気な赤ちゃんが生まれて来なくなるわ」
最後に大神殿へと行った次の日、体の怠さに医師の診察を受けた。すると、医師から告げられたのは妊娠しているという内容だった。
義両親は泣いて喜び「アルベーリアに似た女の子がいいわ」そう義母様が告げると、義父様まで「アルベーリアに似た女の子なら可愛らしいだろう」などと言い出した。
――跡取りは? 喉まで出かかった言葉を呑み込む。だって、私に似た子供と言われるほど、義両親が私を思って口から出てきた言葉だったから。
夕方、邸の前で停車した馬車の中からランガルが降りてくる。騎士団から帰ってきた彼は「ただいま」と、出迎えた私にふわりと微笑んだ。
居ても立っても居られずに、私はランガルに子供を授かったことを告げる。
すると、彼の美しい顔が次から次へと涙を流して崩れ、私を抱きしめる。
「アベリア。ありがとう。アベリア。愛してる……」
何度も繰り返される言葉に、胸がキュンと音を立てた。
「じゃぁ、先に上がらせていただきますわ」
ニコニコと笑顔で私とランガルに視線を向ける店員達を後に店を出ると、ふわりふわりと灰色の空から降りてきた雪に目を細める。
「やはり、降ってきたな」
「大分寒くなってきたわね。なんだか、ロマンチックだわ」
空を見上げながらそう言うと、ランガルはコートを脱ぎ後ろから私にふわりと羽織らせた。
「少しだけ、雪の中を歩いてから帰ろう」
顔を真っ赤にさせて、真剣な表情で私を見る彼の言動に首を傾げる。
手を握り店の近くの中央広場まで雪の中を歩くと、そこには何とも美しく一面が薄らと白くなった光景が――。
「綺麗ね」
隣で手を繋いでいるランガルを見上げると、先ほどより顔が赤くなっているように思える。
「ランガル? 熱があるのかしら? 顔が赤いわ。そろそろ馬車に乗りましょう」
そう言うと、彼は首を左右に振った後で眉尻を下げながら恥ずかしそうに呟く。
「唇を重ねてもいい?」
「え? ここで?」
私の返事を待たずに重ねられた唇はとても温かい。が、こんなに人がいる場所でとは……。一体、彼はどうしてこんな場所で……?
「突然でびっくりしたわ。どうしたの?」
「記念を増やしたくて……。嫌だった?」
理由を聞けば、以前の私が告げた想いを掻き消したかったらしい。それは、ランガルとの記念になるものはいらないと私が言った言葉。雪の降るロマンチックな中での二人の記念を増やせたと、まだ頬が赤いままで柔らかな表情を見せる彼。
まさか、彼とこんな人生を歩むとは思いもしなかった。
ふと、意識を過去へと飛ばすと私は瞼を閉じ彼に肩を寄せる。
あぁ、ゲームが終了した後のこの世界にも、それぞれがヒロインとなり人生は紡がれているのだわ。
遠回りをしてしまったが、私がヒロインとなって幸せを紡ぐこの世界は、まだまだ続いていくようだ。
誤字脱字がありましたら
申し訳ございません。
m(_ _)m