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透目町の日常  作者: 四十九院紙縞
『失敗作の景色』(自殺に失敗したら幽霊が視えるようになった「私」の話)

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『失敗作の景色』

 真っ白な部屋で、目を覚ました。

 あまりの眩しさに、思わず目をしかめる。

 ふと左に視線を遣ると、点滴がぶら下がっていた。規則的な速度で液体が落ち、チューブを通って私の左腕へ送られてきている。

 ここは、病院か。

 徐々にはっきりとしてきた意識で、私は自分の現在地を把握する。

 病院に居るということは、つまり、自殺に失敗してしまったということだ。

 堪らず、溜め息を吐いた。

 死ねなかった。

 死ななきゃいけなかったのに、死ねなかった。

 私は、生きていてはいけない人間だというのに。

「――ああ、目が覚めたんだ、失敗者さん」

 と。

 右側から不躾な声がして、そちらに顔を向ける。

 そこには、一人の人間が浮かんでいた。

 外見からは、三十代前半ほどに見える男性。至極一般的なスーツに身を包んだ格好をしているが、一点、社会人としては見慣れないものが彼の首に巻きついていた。

 縄。

 一目で首をくくるのに使ったのだとわかる縄が、彼の首には巻きついていたのである。

 なんとも奇妙な光景だったが、私がさほど慌てず事態を飲み込めたのは、彼の身体が半透明であったことが大きい。

 つまり、彼は幽霊なのだ。

「幽霊だ。初めて視た」

 だから私は、率直な感想を吐いた。

「はは、もっと驚いても良いのに。冷静だね」

「生憎と、今は大きなリアクションを取るほどの元気がないものでね」

「それもそうか。君、自殺に失敗したんだろ?」

 まるで見てきたかのように言う態度にむっとして、私が顔をしかめたからだろう。彼は即座に続けて、

「病院に来てからの君しか知らないけどさ。ここ最近、胃の洗浄をするのは、死のうと思ってオーバードーズした奴って相場が決まってるからね」

と言った。

 ふわふわと空中を漂っていた彼は、私の身体が横たえられているベッドの脇に置かれた椅子に座るような動作を取り、再び口を開く。

「なあ、少し僕と雑談しないか? この町においても、幽霊が視える人ってのは貴重でね。久しぶりに人と話がしたいんだ」

「別に構わないけど……。自殺未遂の人間に、楽しい話題を提供できるとは思わないでくれよ」

「こっちは自殺に成功しちゃった人間なんだから、お互いさまじゃん」

 それもそうか、と私は嘆息した。

「それで?」

 幽霊は、本当に久しぶりに人と話せることを楽しんでいるように、微笑んで言う。

「自殺の方法はオーバードーズで合ってる?」

「……ああ。家族に見つからなければ、俺だって今頃そっち側に居られただろうに。実家暮らしが仇になったんだ」

「実家暮らしで自殺は難易度高いよなあ。家が完全に無人になる時間って、結構限られてるし」

「かなり綿密に計画したつもりだったんだけどなあ」

「勘ってやつかね。ああいうの、なかなかどうして馬鹿にできないよな」

 気持ちの良い相槌を打ち、彼は重ねて問う。

「過剰摂取できるくらいに薬を持ってたってことは、普段から病院には通ってたんだよな? なにが最後の一押しになったんだ?」

「……。職場で、事故が起きたんだ」

 一度目を閉じ、何度か瞬きをしてから、私は言う。

「いや、事故とも言えない事故だったのかもな。少なくとも、誰も怪我はしてないわけだから。だけど俺の不注意がきっかけになって、人が死ぬかもしれなかったんだ。殺人を犯してしまうかもしれなかったっていうのが、たぶん、必要以上に俺の心を揺さぶった。怖くて、もうこれ以上生きてちゃいけないって思った」

「なるほどなあ。結構悩んだ上で自殺しようと思ったわけだ。それじゃあずばり、今の気分は?」

「最悪に決まってるだろ」

 私の自殺未遂の報せは、近所から職場まで、広く知られることとなるだろう。今後、どんな顔して歩けば良いのかを考えると、既に憂鬱だ。

「退院したら、また自殺チャレンジする感じ?」

「……するだろうなあ」

 僅かに思考を巡らせ、私は肯定した。

 今だって、生きてしまっていることへの罪悪感が消えないのだ。

 早く、一秒でも早く、死なないと。

「お前の死因は……いや、訊くまでもなかったな」

 私ばかりが質問されているのも癪に障るからと、こちらからも同じ質問を返そうとしたのだが。首に縄が巻きついている人間の死因なんて、ひとつしかない。

「そ、御名答。首吊りでござい」

 幽霊は、丁寧に死因を答えてくれた。

 縄が、ご機嫌な幽霊の動きにつられて、楽しげに揺れる。

「自殺の理由は?」

「なんだったかなあ。結構前のことだから、忘れちゃったんだよな。でもまあ、たぶん鬱を拗らせて、衝動に身を任せたら成功しちゃった感じだろうよ」

「成功しちゃったのか」

「うん。しちゃった」

「なにか未練でもあるのか?」

「そういうのはないんだけどね。何故か成仏できねえの。天使でも死神でも良いからお迎えが来てくれたら良いんだけど、そういうのもないからさ。僕は、居ないもの扱いされてんのかもな」

「自殺者の扱いは、まあ、良くはないだろうなあ」

「君もそう思う? やっぱ自殺者って肩身が狭いんだね」

「それじゃあ、天使なり死神なりを見つけたら、あんたのことを伝えておくよ。幽霊が視えるんなら、そういう連中のこともわかるだろうし」

「おお、有り難いねえ。頼むよ」

 軽薄なやり取りは、淡々と続く。

 そこに陰鬱なものは、なにもない。

 死に損なった者と、死に得た者との間に、そういったものは余計だからだ。

 からからとしているくらいが丁度良い。

「暇だなあ。そうだ、しりとりでもしようぜ」

「良いよ。じゃ、自殺のつから」




 終

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