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透目町の日常  作者: 四十九院紙縞
『雪解けのときはまだ遠く』(鬱で療養中の「私」が昔馴染みの雪女と雪だるまを作る話)

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『雪解けのときはまだ遠く』3

「なにからやる? まずかまくら作っちゃう? この積もりようなら、いくらでも大きなかまくら作れちゃうよ?」

「かまくらは、さすがにスコップがないと作れないだろ。家から取ってこようか?」

「んー、でも千慧の家ってここからそこそこ距離あるよね? それじゃあ、ひとまずかまくらは置いといて。まずは、雪だるまを作ろう! おっきいの作ろうよ」

「……よし、やるか」

 幸い、防水手袋は装備していた。たかが散歩で防水手袋を着けるのはおかしいだろうかとも思ったが、直感はこれで良いと言っていたのだ。結果的に、直感に従って正解だった。履いている靴も、防水防寒の長靴だし、雪遊びをするにあたって問題はひとつもない。

 頷いて、私は雪玉を転がし始めた。

 雪はふわふわとしいていて、ある程度転がしては固めてを繰り返していかないと、強度を保てない。静寂の中に、ぎゅうぎゅうと、強く強く雪を固めていく音だけがする。

 そうして、雪玉が膝丈ほどの大きさになった頃、蒼葉が不意に、

「風の噂で聞いたよ、千慧のこと」

と、口を開く。

「あ、風の噂って、本当に文字通りの意味ね。誰かから聞いたとかじゃなくて、風に乗って聞こえてきた人間の声を聞いたって意味」

 私は雪玉を転がす手を止めず、

「……ああ、だから今日、僕がここに散歩で来るって見当をつけられたのか」

と言った。

「半分は、そう。まあ、噂がなくても、わたしたちが昔よく遊んでたのってこの辺りだったし。雪が降ったなら、ここに来るだろうなって思ったんだ。大正解。ぶい」

 蒼葉は無邪気に笑い、ピースサインを作って見せた。

 その指先は、素手で雪玉を転がしていたにも関わらず、全く冷たさの影響を受けていない、暖かそうな色味をしていた。子どもの頃もそうだった。彼女はそういう存在で、人間の常識に囚われるものではないのだ。

 蒼葉はあの頃の心を保ったまま、美しく成長した。

 だからこそ、余計に自分自身が汚く思えてしまう。

「無様だろう、今の僕は」

 着ぶくれするまで着込んでなお、顔は赤く悴んで。

 上手に笑うことさえできない、今の私の姿なんて。

 失笑や苦笑する以外に、反応しようがないだろう。

「そんなことないよ」

 私の近くまで雪玉を転がしてきた蒼葉は、それに腰掛けて、言う。

 失笑でも苦笑でもなく、真っ直ぐに、真剣に、私を見据えて。

 私は咄嗟にそれから視線を逸らしてしまう。

「千慧のそれは、身体が風邪をひくのと同じようなものでしょ? 必要以上に自分を責めなくて良いんだよ。人間は誰だって病気に罹る。治す為には、ゆっくり休まなきゃ」

「……」

「千慧は今、ゆっくり休めてる?」

「もう三ヶ月も仕事をしてないんだ。そりゃあ、休めてるだろ」

「うーん、そういんじゃなくてさー」

 足をぱたぱたと揺らし、蒼葉は言う。

「考えなくて良いことを考え過ぎたりしてないかなってことなんだけど」

「それは……」

 それ以上のことを、私は言えなかった。

 図星だったのだ。

 私はこの町に戻ってきてから、散歩に執着し、頭の中では毎日が大反省会だった。あのときああしていれば、いや、こうしていれば。そんな選択肢の分岐先のもしもを考え、それを選ばなかった現状を後悔し続けている。

「わたしは人間じゃないけどさ」

 蒼葉はひょいと雪玉から降りたかと思うと、その両手で私の顔に触れた。

 氷のように冷たく、人と違って、そこからじんわりと温もりが伝わってくることはない。

「辛いとか苦しいとかって感情は、わたしにもあるから、完全じゃなくても、ちょっとはわかってるつもりだよ。逆に、完璧に人間じゃないからこそ、人間を俯瞰できてると言っても良いかもしれない。そういう立ち位置から言わせてもらうとさ、今の千慧は、そういうのが溜まり過ぎて、感覚が鈍くなっちゃってるんじゃないかと思うんだよね」

「鈍く……」

「そ。痛みに慣れ過ぎて、致命傷を食らってようやく『ちょっと痛い』って思っちゃってる感じ」

「……それなら……だからこそ、僕は、休まなくちゃいけないんだよ」

「うん。だけど、それが完璧である必要はないってこと。千慧が楽に息が吸えるようになれるなら、方法はなんだって良いと、わたしは思うわけでして」

「……」

「だからさ、おっきい雪だるまなんだよ」

 言いながら、蒼葉は私の広角を強引に上げる。

「お互い、昔に比べて身体が大きくなったからさあ、すごく大きなやつが作れるよ。それは楽しいことだと思わない? 今の千慧は、難しいことなんて考えず、楽しいことだけすれば良いんだよ」

「……そうだな」

 言って、私は笑って見せた。

 上手く笑顔を作れた気は、全くしない。

 けれど、自然と顔が綻んだのは、ひどく久しぶりな気がした。

「とびきりでっかいのを作ろう。下校してくる小学生が大声上げて驚くくらい、でっかいやつ」

「うん!」

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