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透目町の日常  作者: 四十九院紙縞
『飛べない翡翠の歩きかた』(失声症だけど鳥の声でだけ喋れる「私」の話)
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『飛べない翡翠の歩きかた』5

 さて、前置きが長くなってしまったが、ここからがようやく現在の話だ。

 結局、中学校で一人も友達ができなかった私は、隣の市にある高校に進学しても、相変わらず一人ぼっちだった。

 高校でも美術部に入部し、写生中に鳥とお喋りをする日々である。

 透目町に引越してきて一年も経てば治るだろうと思われていた失声症は、結局、高校一年生の今も治っていない。いつの間にやら『交通事故に遭ったショックで声が出なくなってしまった可哀想な娘の親』から『交通事故によって声帯を失った可哀想な娘の親』という設定に移行し、過保護という名の監視は続いていた。少なくとも彼らの前で異常な行動はしていないはずだし、鳥とお喋りをするときは、常に周囲を警戒しているから、誰かに見られてもいないはずなのだけれど。きっと、一度失った信頼を取り戻せないというのは、こういうことを言うのだろうな、と他人事のように嘆息するばかりである。きっと私はこれから先も、失敗作なりに軌道修正を繰り返され、かたちだけでも普通に見えるよう捏ねくり回されて原型が徐々になくなっていくのだろう。私は私の人生を、とっくの昔に諦めていた。

 だが、変化は前触れもなく現れる。

 私にとってのそれは、一学期中間考査の最終日――その夕方のことだった。

 考査前の部活動停止期間も終わり、数週間ぶりに軽く写生とお喋りを楽しんだ、帰り道。いつもと同じ道に、いつもは見かけないものがあったのだ。

 遊具がみっつしかない小さな公園の、出入り口の近く。

 雑種の中型犬二匹と、中学の同級生一人が居た。

 あれは確か、望月(もちづき)君だ。

 いくら友達が居なくとも、一学年二クラスしかないのだから、三年間で同級生の名前は大方覚えてしまった。そうでなくとも彼は、あることがきっかけで気になってはいたのだ。それは、中学二年のマラソン大会の練習をしているときに――

「――っ!」

 と。

 ぼんやり思い出に浸りながら、横を通り過ぎようとした、そのとき。

 望月君の連れている犬と、目が合った。それだけなら愛らしい顔を正面から見られて眼福だと思う程度だったのだが。次の瞬間には、二匹揃ってリードを持つ元同級生を振り払って、全速力でこちらに駆けてくるではないか。

『こnにtは! kんばんhっ!』

『目gあっtよn、犬h好きdsか!』

 満面の笑みを浮かべて来たかと思うと、私の足元をぐるぐると回り始めた。が、見た感じ、敵意はなさそうだ。犬の言葉は聞き取りにくいが、挨拶をされているように思える。

「わー! 駄目だよ、こっちおいでっ! ……って、あれ? 花桐(はなぎり)さんだ」

 二匹のリードを拾い上げて私から引き離したところで、望月君のほうも私に気がついた。私でさえ覚えているのだから、向こうだって言わずもがなだ。全く、狭い世間である。

 声の出せない私は軽く会釈をすることで、返事の代わりにする。

「急にごめんね、びっくりしたでしょ。今日は久しぶりに俺と散歩するから、二匹ともずっとテンション高くて……」

 屈んで犬を撫でながら話す望月君の言葉を、犬がばふばふと鳴いて遮る。彼は嫌な顔ひとつせずに、至極自然にそれに耳を傾けたかと思うと、

「うん、うん、俺も嬉しいよ。……ああ、花桐さんと目が合って、嬉しくって走ったんだ?」

と、犬に答えていた。

 望月君は、猫とも話ができる。

 それは同じ中学の人なら、全員知っていることだ。

 うちの中学で行われるマラソン大会は、校外をぐるりと回ってグラウンドに戻ってくるコースになっている。雄大な自然の中に中学校が建っているが故に、マラソンコースも自然と緑豊かとなる。

 中学二年のマラソン大会の練習後。

 とある女子グループが、望月君に助けを求めているのを見かけたことがあった。コースを走っている途中に見かけた猫をなんの気なしに撫でたら、学校まで着いてきてしまって困っている、と。

 望月君は件の猫の元へ向かうと、本当に話を始めた。にゃうにゃうとなにかを訴える猫に、真摯に頷き、猫に代案を提案する。望月君は日本語で話しているし、猫は鳴いているだけなのに会話が成立しているように見えるから、不思議に思ったのをよく覚えている。例えるならそれは、日本人とアメリカ人がそれぞれ母国語で会話を成立させているような奇跡と奇妙さを併せ持っているようなものだ。

 結局、あのときの猫は望月君の知り合いの保護団体が引き取ったらしいというのを、風の噂で聞いた気がする。

 そう、望月君はあくまで猫と話ができる人のはずだ。

「……?」

 私は身振り手振りで、望月君は犬の言葉もわかるのか、と尋ねた。

 当たり前のように、こうして目の前で犬と話している姿を見て、そう疑問に思わざるを得なかった。或いは、犬と猫は言語形態のようなものが近しいのか、なんて推察もしたのだが、果たして。

「いいや、猫ほどはっきりとはわからないよ。そうだなあ、英語の授業で習った単語で構成された英文を聞いている気分。知ってる言葉がいくつかあるから、なんとなく言いたいことはわかる感じ」

 どうやら望月君のそれは、私とは聞こえかたが異なっているらしい。私にとって犬の鳴き声は、周波数の合わないラジオ番組を聞いているような気分になる。なにを言っているのか、わかるようでわからない。

 犬は再び望月君に向かってばうばうと鳴くと、望月君は頷きながらそれを聞き取り、不意に私のほうを向く。

「あのさ、花桐さん、良かったらこの子たちと一緒に散歩しない? よくわかんないんだけど、なんか花桐さんのこと気に入ったみたいでさ」

 犬の散歩には、興味がある。我が家にペットはいないから、昔から憧れてはいた。だけれど即答で頷くのはなんとなく躊躇われて、私は、この子たちは望月君の家で飼っている犬なのか、と確認した。

「ううん、この子たちは、俺がボランティアをやってる保護団体で預かってる子なんだ。どうかな、花桐さん。この先にある橋までで良いからさ」

 そう言って、望月君は私にリードを差し出した。

 望月君が提案した行き先は、ここからでも見える場所だ。どれだけゆっくり歩いても十五分もかからない程度の距離だろう。なにより、私たちのやり取りを見つめる犬の、期待に溢れた視線があまりに眩しくて、断るという選択肢は瞬時に消滅した。

 私が一匹のリードを受け取ると、望月君は、ありがとう、と微笑んで歩き出した。

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