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透目町の日常  作者: 四十九院紙縞
『飛べない翡翠の歩きかた』(失声症だけど鳥の声でだけ喋れる「私」の話)

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『飛べない翡翠の歩きかた』3

 結論から言うと、この交通事故による犯人は捕まらなかった。

 当然と言えば当然だろう、轢いたのはあくまでも一羽の鳥であって、人を轢いた痕跡はどこにもないのだ。事故を目撃した人たちからも、人が車にぶつかったような音はせず、気づいたら道端に血塗れの女の子が倒れていたと、一様に証言された。

 車に轢かれた私の身体はというと、顔の左側に痛々しい傷が残った程度で、後遺症もなかった。事故に遭ってから二週間ほど意識不明になっていた割に、医者も驚くほどの早さで回復したらしい。これ幸いとばかりに、私の意識が戻らない間に様々な検査が行われたようだが、私は正真正銘の人間で、異常は見当たらなかった。

 しかし、良かったのはここまでだ。

 病院で目を覚ました私は、声が出せなくなっていたのだ。

 始めは失語症を疑われたが、脳に異常はなし。となると私のこれは、心因性失声症であるという診断が下った。

 医者によれば、心因性失声症とは、ストレスや精神的ショックが原因らしい。両親は口を揃えて、よほど交通事故に遭ったことが怖かったのだろうと言って、涙を流した。よくもまあいけしゃあしゃあと、そんなことを言えたものだ。なにも言えない私は、心の温度が急速に冷えていく感覚を味わいながら、『交通事故に遭ったショックで声が出なくなってしまった可哀想な娘の親』を演じる二人を傍観していた。いや、彼らにとってはその思い込みこそ事実なのだろうから、演じていると言うのは流石に失礼かもしれない。けれど、相変わらず私の話を一切聞かず悲しみに暮れる二人を見ていると、どうしてもそう思ってしまうのだ。

 退院する頃には、季節はすっかり秋になっていた。

 リハビリを真面目に行ったおかげで身体はすっかり元通りだったが、失声症までは治らなかった。当然といえば当然だろう、ストレスの原因は毎日のように病室を訪れ、自身が話したいことだけ話して帰っていたのだから。むしろ、入院中は顔を見ないで済む時間が多くて安堵していたところもあるというのに、退院してしまったらそれもなくなってしまう。

 案の定、家では常に監視された。

 医学的には人間として問題のない私が、二度と鳥にならないように目を光らせているのだ。そうでなくとも、私は家を飛び出し鳥に姿を変え、交通事故に遭った前科ができてしまっている。安全の為に、なんて大義名分の下、囚人のような日々を送ることとなった。

 それに伴い、事故に遭う直前に考えていた家出計画も、ご破産になる。

 カワセミの姿になる隙さえ与えられない生活を強制されていることも、要因としてはもちろんある。だが、それよりも、カワセミという小さい身体で車と衝突したという事実は、私が思っていた以上に根深いトラウマになっていたのだ。姿を変えようとすると、身体が震えてしまうようになってしまった。どれだけ人気ひとけのない場所であろうと、刻み込まれた恐怖が一気に蘇る。空を飛ぼうとしたら、またどこからか車にぶつかられてしまうのではないか。そんな不安でいっぱいになってしまうのだ。

 私はもうカワセミになれない。自由に空を飛べなくなってしまった。

 その現実が、なにより私の心を抉った。

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