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透目町の日常  作者: 四十九院紙縞
『飛べない翡翠の歩きかた』(失声症だけど鳥の声でだけ喋れる「私」の話)

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『飛べない翡翠の歩きかた』1

 私は、人間である。

 或いは。

 私は、鳥である。

 それは、どちらでもあり、どちらでもないという、実に中途半端な存在であるようにも聞こえるかもしれないが、しかし事実は事実だ。

 一番最初の記憶は、今も鮮明に残っている。

 あれは私が小学四年生の五月上旬――大型連休中のことだった。どこの家族もそうであるように、私の家も連休を利用して外出をしていた。雄大な自然の中にアスレチックがたくさんある施設で、当時都市部に住んでいた私は、その目新しさに大はしゃぎしていたのを覚えている。

 草花のにおいが、木々の葉を揺らす風が、そしてなにより、一切の遮蔽物なく広がる青空が、私の五感全てを刺激した。息が切れるまで、とにかく全力で走り回って。息が整ったら、また走り回って。他の子どもたちが夢中になっているアスレチックには目もくれず、私はひたすら広場を走り回っていた。

 だけど、物足りない。

 どれだけ全力で走っても、まだ足りない。

 どうしてだろう、と考えたとき、答えは自然と思い浮かんだ。

 そうだ、飛んでいないからだ。

 空を飛べば、もっともっと楽しくなる。

 どうして最初から飛んでいなかったのか不思議なくらい、自明のことだった。

 そうして次の瞬間には、私の身体は空に羽ばたいていた。

 視界がぐんぐん高くなる。

 風が全身を撫でる。

 身体が軽い。

 心地良い。

 これこそが、私の求めているものだった。

 この高揚感と爽快感さえあれば、他になにも要らないと思えてしまうほどだった。

 ふと喉が乾いて、近くの川辺に降り立ち、水を飲んだ。水面に映った私は鳥になっていたが、これだけ自由に空を飛べるのだから、鳥の姿になっていて当然としか思わなかった。

 どれだけの時間、自由に空を飛んで遊んでいたのか、気づけば、日が傾き始めていた。鳥になって飛び回るのは楽しいけれど、きっと両親が心配している。だから一旦は帰らなくちゃ。

 鳥の姿になってもそういった思考がある自分に若干驚きつつ、私は広場へ戻る。

 地面に降り立つと、ずしりと身体が重くなる感覚があって、それまで自在に風を切っていた両腕は、人間の手に戻っていた。残念に思ったのも束の間、両親が血相を抱えて私の元へやってきたかと思うと、強く抱き締めてきた。息ができなくなるほど、強く。

 動揺と安堵で聞き取りにくい彼らの言葉から察するに、どうやら私は両親の目の届くところで鳥に姿を変え、飛んでいってしまったらしい。幻覚かと疑ったが、実際に人間の私はどこにも居ない。どうしたものかと呆然としていたところに、私が呑気に戻ってきたようだった。

「もう帰ってこないんじゃないかと思った。二度とこんなことしないでくれ」

「貴女は人間なの。人間の女の子なの。お願い、鳥になんてならないで」

 私が今日、鳥になって体験したことを伝えるより先に、両親は鳥の私を否定した。それがひどくショックだったのと、両親がこんなにも取り乱しているのを初めて見たという驚きで、私はぼろぼろと涙を流しながら、彼らに謝罪した。

「ご、ごめっ、ごめんなさ……、ごめんなさい……!」

 しかしこれは、ほとんど反射的に謝っただけであって、私はなにひとつ悪いことをしたとは思っていなかった。いくら両親とはいえ、私の好きなことや楽しいと思うことを否定する権限はないはずだ。

 きっとそう考えているのが、両親にも透けて見えてしまったのだろう。その日以降、両親は揃って異物を見るような目を私に向けるようになった。


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