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透目町の日常  作者: 四十九院紙縞
『透明人間はスパゲッティで孤独を癒やす』(極端に影の薄い「私」が並行世界の人間と不老不死の人間に救われる話)
17/54

『透明人間はスパゲッティで孤独を癒やす』4

「それで、話を戻すんですが」

 私の向かいに座り直し、二木さんはフォークにスパゲッティを絡ませながら、言う。

「俺が暮縞さんを見つけたとき、電子機器の類は使っていなかった。その後に会った久君には、暮縞さんの特性の効果があった。だけど俺が暮縞さんに触れた途端に、久君にも暮縞さんを認識できるようになった辺りから、考えるに――」

「か、考えるに……?」

 私が喉を鳴らしながら二木さんの言葉の続きを待つのに対し、当の二木さんは、フォークに絡めたスパゲッティの塊を自身の口に放り込み、咀嚼して、それからようやく言葉を紡ぐ。

「たぶん、俺が異世界人だから、暮縞さんの特性が効かないんじゃないかと思うんです」

「……え?」

 聞き慣れない単語が、さも当然のように飛び出して、私の口からはそんな一音を出すのが精一杯だった。

「あ、いや、正確には、俺は、こことは違う並行世界出身の人間なんですけど」

 これは俺の仮説ですが、と二木さんは構わず話を続ける。

「俺は今こうしてここに居ますけど、厳密に言えば、この世界の理から外れているんだと思います。だから、暮縞さんの特性に対して適応外になったのかな、と」

「え? だ、だけど、永山さんとは従兄弟同士って……それに、二木さんが別の世界からここへ来たのなら、元々この世界に居た二木さんは……?」

 混乱する頭では、思いついた先から言葉を吐き出すことしかできなかった。

 二木さんは、いきなりこんなこと言われてもわけわかんないですよね、と苦笑しつつ、言う。

「久君とは、世界線こそ違えど遠縁の遠縁って感じで、親戚っていうのは嘘じゃないですよ。あと、ここはいろんな因果が巡り巡って俺が生まれなかった世界線らしいので、この世界に二木充紀は俺一人だけです」

「は、はあ……」

 曖昧に頷きつつ、頭の中で私なりに咀嚼を試みる。

「二木さんの言う理屈は、理解できます。違う世界線から来たのであれば、この世界のルールが通じない場面があってもおかしくないですもんね。あの、二木さんは――」

 考えなしに質問をしようとして、咄嗟に口を噤んだ。

 私が今、彼に言おうとした言葉は、こうだ。

 ――二木さんは、元の世界とこことを、よく行き来しているんですか?

 行き来が可能であれば、別段ここで生計を立てる必要はないのだろう。二木さんが今、この喫茶店に勤めているということは、つまり。二度と元の世界へは帰れなくなったと考えるのが妥当だ。それを口に出して訊くのは、あまりに無遠慮が過ぎる。

 私が普段、どれだけ疎外感を感じようと、私には家族が居て、ネット上になら友達も居ることに変わりはない。

 だけど二木さんは、それら全てが断ち切られ、一人ぼっちでこの世界に放り出されてしまったのだ。

「……暮縞さん? どうかしました?」

 突然言葉を切ってしまった私を、二木さんは心配そうに覗き込んできた。

 喉まで出かかっていた言葉を身体の奥深くへと押し込んで、それから、私は別の質問を投げかける。

「あ、いや、その……二木さんは、寂しくないですか?」

「そうだなあ、全く寂しくないって言えば嘘になりますけど。でも、この町にはいろんな人が居て、このお店にもいろんな人が来る。久君には毎日こき使われてるけど、なんだかんだ、楽しい日のほうが多いかなって思いますよ」

 きっと二木さんは、私が飲み込んだ言葉の雰囲気も察したのだろう。それでも彼は、笑ってそう答えた。

 その笑顔が無理して作ったものとは到底思えず。

 きっと、本当に言葉の通りなのだろう。

「誰が誰をこき使っているって?」

 と。

 永山さんが戻ってくるなり、皮肉交じりにそんなことを言った。しかしその表情は、怒っているでも呆れているでもなく、かと言って無表情ではないという、なんとも中立的なそれだった。

「やだなあ、冗談だよ。久君には本当に感謝してるって」

「はいはい」

 いつものやりとりと言わんばかりに、永山さんは二木さんの言葉に雑な相槌を打ちながら、再び彼の隣に座る。

「佐渡嶋と夜野、それぞれに話を通しておいた。明日は会社に着いたら、代表番号に電話を入れてくれ。電話なら誰でも気づくだろう。佐渡嶋とするだろう今後についての話し合いには、夜野も同席するよう言ってある。君がその特性故に今後も在宅勤務を続けたい気持ちはわかるが、元々は君がその勤務形態で無理をしたことが原因なのに変わりはないから、三人で上手いこと落としどころを見つけてくれ。僕にできるのはここまでだ」

「……永山さんって、ウチの社長かなにかですか?」

 この短時間に、そこまで話をまとめてきた永山さんの手腕に絶句し、私はそう言うことしかできなかった。いや実際、そうでもないと社内の人間にここまで融通を利かせられないのではないだろうか。

 しかし永山さんはといえば、一瞬きょとんと目を見開いたかと思うと、次の瞬間には一笑に付し、

「僕は知り合いが多いだけの、しがない喫茶店のマスターだよ」

と言うのだった。

 どれだけ多く見積もっても三十代前半くらいだろうに、とんでもない人脈だ。きっと、とんでもない密度で人生を歩んできたに違いない。

「ごちそうさまでした!」

 私が呆気に取られている間に、二木さんが食事を終わらせていた。

 私はといえば、話に夢中になっていた所為で、お皿にはまだもう少しスパゲッティが残っている。

「ああ、暮縞さんはゆっくり食べててくださいね。俺、自室から持ってきたいものがあるので、少しだけ席を外します」

「じゃあ僕は、食後のお茶でも淹れようかな。ハーブティーは飲める?」

「あ、は、はい。大丈夫です、飲めます」

 私が食事に集中できるように取り計らってくれたであろう二人に、心の中で感謝しつつ、スパゲッティを食べ進めることにした。

 そうして最後の一口を、名残惜しくも咀嚼し終える頃、二木さんが戻ってきた。

「おっ、ナイスタイミング~」

 陽気にそう言った視線の先には、お茶を淹れ終え、トレイに茶器を乗せた永山さんの姿があった。

「良い匂い……。これ、カモミールティーですか?」

 おしゃれなティーカップに注がれ出されたそれは、心が安らぐ匂いをしていた。

「正解。例によって消費期限間近のもので悪いな」

 永山さんはそう言いながら、もう二人分のハーブティーをティーカップに注いだ。

 そうして二人が席に戻ってから、ゆっくりとハーブティーを飲むと、身体の内側からぽかぽかと温まっていく。ここ一年ほど、仕事に集中する為にコーヒーばかりを飲んでいたからか、余計に身体に染み渡っていくような感覚に陥る。

「暮縞さん、これ、あげる」

 そう言って二木さんがおもむろにテーブルに置いたのは、鈴だった。硬貨ほどの大きさのそれには、深緑色の紐がつけられている。

「これ、今年の民謡流しのときに何個か貰ったんですよ。なんでも、透目町の民謡流しで使った鈴はご利益があるとかなんとか。お裾分けです」

 私も透目町の人間だ、この鈴がどういうものかは知っている。けれど、民謡流しもお祭りも、この特性のこともあり、小さい頃に父に手を引かれて行ったっきりだった。当時もそれを羨望の眼差しで見つめ、貰えなかったことが、自然と思い出される。

「いくら俺が暮縞さんの特性に対して特効薬的な力があったとして、四六時中貴女に触るわけにもいきませんから。気休め程度にしかならないとは思いますけど、どうか貴女にも、この鈴の音のご加護があらんことを」

 あ、もちろん本当に困ったときは、遠慮なく頼ってくれて良いんですよ。

 そう付け足して、二木さんは鈴をずいっと私の前に差し出した。

「……ありがとうございます。大切にします」

 手に取った鈴は、私の手の中で、小さく鳴った。

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