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透目町の日常  作者: 四十九院紙縞
『透明人間はスパゲッティで孤独を癒やす』(極端に影の薄い「私」が並行世界の人間と不老不死の人間に救われる話)

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『透明人間はスパゲッティで孤独を癒やす』2

「見えますけど……え? なに、もしかして幽霊?! でも足は有りますよね?!」

 案の定、男性は目を白黒させてしまっている。

「あ、違くて、私は幽霊じゃなくて透明人間で……いや、それも本当は違うんですけど……」

 伝えるべき言葉が頭の中でまとまっていないまま衝動に任せて口を開いてしまったものだから、余計に混乱させかねないことしか言えなかった。

 どうにかして状況を正確に伝え、この人に何故私に気づくことができたのかを訊いてみたいのだけれど、生憎と、他人から無視される状態が基本だった私にとって、他人から話しかけられて会話が始まるなんていうのは、ほとんど初めての経験だった。

 端的に言うと、動揺し、緊張していた。

 思考が上手くまとまらない。

「よくわからないけど、貴女は、生きてる人間ではあるんですよね? それなら……」

 男性は頭を掻きながら、状況をまとめようとする。

「ちょっと遅い時間ではありますけど、ウチで夕飯を食べていきませんか? 空腹や水分不足で行き倒れてたのなら、とにかくなにか口にしないとですし。それに、貴女が言う透明人間っていうのも気になるから、話を聞いてみたいし」

 一度食事の話を持ち出されると、私の脳は途端に空腹を知覚した。

「いやあの、でも、その、私、今お金もなにも持っていないので……」

 男性と話をしてみたいのは、私も同じだ。

 しかしそこまでご厚意に甘えさせてもらって良いものか、という葛藤もある。だが、そんな逡巡を打ち消さんばかりに腹の虫が鳴ってしまえば、その先になにを言っても説得力に欠けてしまい、私は押し黙るほかなかった。

「あはは、お金なんて取りませんよ。俺、そこの喫茶店の店員で、夕飯はそこのまかないなんです」

 言いながら男性が指さしたのは、数寄屋門を構えた立派な一軒家だった。そういえば、何年か前に両親から、町内に民家を改装した喫茶店ができたという話を聞いた気がする。

「俺、二木(ふたつぎ)充紀(みつき)って言います」

「あ、えと、暮縞(くらしま)昏葉(くれは)です」

 互いに名前を名乗るだけの簡単な自己紹介をし、男性――二木さんの案内で、彼の働く喫茶店へ向かう。そうはいっても、店先で蹲っていた私を見つけられる程度の距離なのだから、あっという間に到着した。どうやら二木さんは、表に出していた喫茶店の看板を仕舞いにきたところで私を発見したらしく、途中でその看板を回収して喫茶店の中へと入っていき、私もそれに続く。

 玄関で靴を脱ぎ、二木さんに連れられ入った部屋は、恐らくは喫茶店として使っているスペースだった。何部屋かを繋げて一部屋としているらしい畳の部屋には、椅子の客席と座布団の客席とがあり、幅広い年代が過ごしやすいように作られた空間であることがわかる。

「表を閉めてくるだけなのに、やけに時間がかかったな、充紀君。なにか拾いでもしてきたのか?」

 カウンター席を挟んだ厨房から、淡々とした男性の声がした。

 見れば、二木さんと似た顔立ちで、年頃も彼と近そうな男性が、まかないを作っている最中だった。兄弟か従兄弟だろうか。しかし二人は同じような雰囲気でありながら、絶妙に正反対な感じがする。

 二木さんは、犬に例えるとシベリアンハスキー――クールで格好良い外見だけど、その実常ににこにことしていて人懐っこい――のような印象なのに対して。

 厨房に居る男性は、同じく犬に例えるのならジャーマンシェパード――精悍な顔つきの割に柔和な雰囲気だが、他人に一切隙を見せなさそう――のような印象を受けた。

「拾ったわけじゃないんだけど……、あのさ(ひさし)君、夕飯をもう一人前追加できる? 今日はスパゲッティって言ってたから、できるよね?」

「それは問題ないが、犬猫に人間の食べ物は毒だぞ?」

 言いながら、久君と呼ばれた男性は手を止めて、すっと顔を上げる。

 きっと、二木さんがどんな動物を拾ってきたのかを確認しようとしたのだろう。しかし案の定、彼の目に私の姿は映っていないらしく、不可解だと言わんばかりに首を傾げる。

「犬猫じゃないのか? 鳥か? まさか、馬でも外に居るのか?」

「え? ここに居るじゃん」

 二木さんはそう言って私を見た。

 が、私はそれに、首を横に振って否定する。

「これが私に対しての普通の反応です。私、本当に影が薄くて、他人から認識されにくいんですよ」

「それで透明人間なんて言ったのか……」

 独りごつようにそう言って、二木さんはじっと私を見る。他人と目が合うなんて、家族でもほとんどなくて、私の体温は緊張で急上昇してしまう。

「暮縞さん、ちょっとだけ肩に触れても良いですか?」

「え? はい?」

 脈絡のない提案をしてきた二木さんに、私は咄嗟にそんな言葉にもならない声しか出せなかった。それはどちらかと言えば承諾ではなく、ほとんど反射で聞き返した『はい』だったが、二木さんは前者で捉えたらしく、気がつけばその指先は、私の肩に優しく触れていた。

「久君、俺が連れて来たの、この人なんだけど。これなら見える?」

「……見える」

 男性は大仰に表情を崩すことこそなかったが、その驚きを飲み込むように、ごくりと喉を鳴らした。彼にしてみれば、目の前に突然人間が一人現れたように見えたのだろう。

「それじゃあ、これならどう?」

 言いながら、二木さんは私の肩から手を離した。

「見えたままだ。なんだそれ、一度認識したら視認可能になる仕組みなのか?」

「詳細は俺もまだわからないけど。ウチの前の道路で蹲ってたから、夕飯に誘ったんだ」

「体調が悪いのなら、病院が先じゃないか?」

 男性からのごもっともなご意見に、私は蚊の鳴くような声で、

「本当に、ただお腹が空いてるだけなんです……」

と、申告するしかなかった。

 一度私を認識できたからか、男性は一発で今の私の発言を聞き取ると、それなら良い、と夕飯の支度に戻る。

「二人とも、まずは手洗いうがいだ。それが終わったら、充紀君は僕の手伝いをしてくれ」

「あ、あの、私もなにかお手伝いを……!」

 夕飯をご相伴に預かるというのに、なにもしないわけにはいかない。そう思って挙手しつつ手伝いを願い出ようとしたのだが、二木さんによってその手はゆるりと下げられてしまう。

「良いよ、暮縞さんは席に座って待っててください。すぐできますから」

「わ、わかりました……」

 ここは大人しく引き下がり、再び二木さんの案内で洗面所へ向かうこととする。準備の手伝いはできずとも、片づけの手伝いはさせてもらおう、と心の中で誓いながら。

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