6話
絶叫する声が自身のものであると気づいたアキヒトはふっと我に返り目の前に転がる2つの死体に再び目を向ける。恐る恐る冷たくなった母へと触れ抱き起こす。母は自身の喉に刃物を突き刺し息絶えていた。返り血と自身の血が入り混じり壮絶な死に様だったがその表情は満ち足りたものであった。男の方は上半身を滅多刺しにされ殺されていた。その場から動く事もできずただ呆然としていたその時、ガタンッと大きな音を立て扉が開かれ付近の住民達が数名駆け込んできた。寝室の異様な光景に皆一様に言葉を失っていた。住民達は動揺しながらもアキヒトに対し声を荒げ尋問する。
「何があった。これはどう言う事だ!?話せ!」
「わからない。納屋で作業をしていた。作業を終えて家に戻ってきたらこの状況だった。」
「何か知ってる事があるんじゃないのか!?隠しだてしても良いことは何もないぞ!」
知っている事など何もなく住民達と押し問答をしていたその時であった。
ガンガンガンガンガンガンッとけたたましい銅鑼の音が集落中に響く。
「今度は何だ!?」
「とりあえず外に!確認が先だ!!」
住民達が慌ただしく外へと駆け出すのを尻目にアキヒトはただ母の遺体を見つめていた。
どれほど時間が経っただろうか。外が嫌に騒がしい事がふと気になりフラフラとおぼつかない足取りで外へと出ると見慣れているはずの集落は火の海と化していた。家屋が人が燃えていた。盗賊だった。遠目に簡素な衣服を身に纏った屈強な男が愉悦の表情を浮かべ住民を斬り殺している様がハッキリと見えた。別の場所へと視線を移せば生きたまま火にかけられ踊り狂うかの様にのたうち回る者もいた。アキヒトはただそれを無感動に傍観していた。不思議と怖くはなかった。それどころか「あぁ、今日で終わるのか」と腑に落ちた気がしていた。集落の中心部を荒らしまわっていた盗賊達であったがアキヒトを見つけた数名の盗賊達が嬉々としてこちらへと走ってくる。まるで新しい玩具を与えられた子供のように。
「まだ生き残りがいたみたいだな。へへ、見落とすところだったぜ」
「女じゃねえのが残念だけどな。まだガキだが奴隷商にでも売っぱらうか?」
「タルコフのやつは男色じゃなかったか?結構見た目は整ってるし、あいつに売ってやろうぜ」
「そりゃいい、残念だったなガキ!お前死ぬより辛い目にあうことが確定したぞ」
粗野な男達から本来ならば絶望するようなフレーズを吐かれてもアキヒトは何も感じなかった。もうどうでも良かった。
何の反応を示さないアキヒトに苛立ちを覚えたのか盗賊の1人が前へと歩み出る。
「このガキ、少しくらい反応しやがれ!」
前へと出たと同時に振りかぶり飛んできた大ぶりの右拳を反射的にいなし盗賊の腰にぶら下がっていた山刀を引き抜くと一気に首を掻き切った。なぜ自身がそんな事をしたのかもよく分からない。自然と体が動いたのだ。
「あ、おい!まじかよ!あのバカ殺されやがった!」
「おいガキ!!テメェタダで死ねると思うなよ!!」
思わぬ反撃で仲間を殺された事で殺意を剥き出しにしてきた盗賊達を前にもうどうにでもなれと前へと一歩踏み出した瞬間、男達の上半身が掻き消えた。どさりと崩れ落ちた盗賊だった物の横に何かが立っていた。音もなく現れたそれはアキヒトの目をもってしても動きを追いきれなかった。
そこに怪物がいた。先程まで盗賊だった者達が転がる横に巌の様な肉体に鹿の頭が乗った怪物が静かに佇んでいた。怪物はおもむろにこちらを向くと
「‥‥盗賊ではないよな?生き残りか?なんだ、横取りしたみたいだな、悪い」
低い低い声ではあったがその声色には確かに理性が宿り思いの外穏やかなものであった。
先程まで漠然と抱いていた恐怖感は霧散していた。少々ズレた謝罪を受けた事は気になったが助けてもらった手前礼を言わぬ訳にもいかず
「い、いえ、、こちらこそ助けて頂いてありがとうございます。」
「うん、まあそろそろウチの者達が残りも片付けてしまうだろうから安心すると良い。」
アキヒトの礼の言葉に満足気に頷きそう言うと鹿頭の大男は音もなく走り去ってしまった。
これがお頭である鹿頭との出会いだった。
結果として集落を襲った盗賊団は全滅した。
後々話を聞くと盗賊団の根城を強襲した際に数が余りにも少なく生け取りにした盗賊に拷問した所集落を襲いに出かけている事が分かり追跡してきたのだそうだ。
盗賊団は全滅したものの集落の被害も大きかった約半数の家屋が燃やされ、住民も24名が殺された。残った住民は集落に残るもの、交流のある付近の集落へと移ると決めた者等様々だった。そんな中アキヒトは夜が明けても在中していた鹿頭の前に立っていた。
自身の過去に考えを巡らせていると空が白み始めており仲間がこちらへと向かってきているのが目に入った。交代する仲間に対し特に異変が無かった事を伝え、2、3言葉を交わすとアキヒトは自室へと戻り横になった。思いの外早くに眠気は訪れ、まどろみの中意識は深い闇へと落ちていった。