5話
仲間を危機に陥れた者の家族対し集落の人間の風当たりは冷たかった。それまで父に仕事を任せ家を守っていた母が仕事を探すも爪弾きにされる。どうにか見つけた仕事も集落周辺の開拓と重労働な上、報酬も他の者と比べるまでもなく低く切り詰めて大人1人がどうにか食べていける程度のものであった。朝から晩まで働き貯蓄を切り崩す日々。
貯蓄が底をつき思案にくれていた頃集落の長が家へとやってきた。大人の話だとアキヒトは納屋へと押し込められ長と母は2人で家へと消えていった。数時間程経ち納屋へアキヒトを迎えにきた母の目は暗く澱んでいた。その夜何を話し合ったかは定かではないがそれを機に母はその身を売り始めた。
30を過ぎ薹が立つ年頃ではあったが母は若々しかった。また黒髪黒目という異邦人の様相を強く受け継いだ母は集落の男達には魅力的に映ったのであろう。夜にひっきりなしに村の男の来訪がありその度にアキヒトは暗くカビ臭い納屋へと押し込められられた。小さい村落だ噂はすぐに広まる。表を歩けばヒソヒソと売女だ何だと陰口を言われ、母に入れ上ている世帯者の家族からは冷や水を浴びせられた。日が暮れるまで働き、日が暮れたら客を取る毎日。生活は少し楽になったがそれと反し母はやつれていった。
そんな生活が続く中で母は段々とアキヒトへ関心を示さなくなっていった。それどころか時折凄まじい憎悪の目を向ける事すらあった。
夜アキヒトが寝ている時突然首を絞められ「あんたさえいなければ」と憎しみと哀しみ、愛情がない混ぜとなった壮絶な母の表情は今でも頻繁に脳裏にちらつく。しかしそれでもアキヒトは母の事を愛していた。少しでも生活の助けになればと1人で森へと入り狩りを始めた。幸いにして道具は納屋に揃っていた。また森の浅い所であれば大人の男程の大きさのビッグラット、真っ赤な3つの瞳を持つレッドラビット等自衛手段を持たぬアキヒトでも何とか狩れる獲物がいたのも幸運だった。息を殺し獲物へと近づき眉間へと弓矢を放つ。父の才能を受け継いでいたのかアキヒトは狩りが巧く動物の動きが鮮明に写り捉えることが出来た。調子が良い日は動きがスローモーションに見える事すらあった。
無関心な母、周囲の冷たい視線。そんな息苦しい事を考えずに済む森での時間はいつの間にかアキヒトにとって心落ち着く時間となっていた。現実から目を背ける様にアキヒトは狩りへと没頭した。その結果もあってか1年も経たぬうちにアキヒトは集落の大人達に引けを取らぬ狩人へと成長した。しかしそんなアキヒトを快く思う者は少なく度々因縁をつけられ獲った獲物を横取りされ、見えぬところで折檻を食らった。
時折顔に青あざをこしらえた母に
「余計な真似をするな」と殴られる事もあった。
しかしアキヒトは狩りをやめなかった。森での時間だけが心休まる一時だったからだ。
ただ無心で森へと溶け込み獲物を狩る日々。
そんな日々を3年も過ごした頃、その夜もいつものように納屋で道具の手入れを行なってた時であった。突如として建て付けの悪い扉がが勢いよく開かれそこには幽鬼のような表情をした母が立っていた。
「あんたさ知ってた?」
突如として無表情のまま訳のわからぬ問いを呟く母に顔を顰めながらも返答する。
「知ってたって何を?おれ森か納屋にしか行ってないんだけど」
「そう‥そっか。知らないの。ふふそっかそっか」
「さっきから何?今日なんか変だけど」
怪訝な表情でアキヒトが問い返すと母は無表情のまま口元を歪ませる。
「父さんさ殺されたんだってほんとは。あの時先走ったのは他のやつ。そいつ助けるために奔走してた父さんにビックホーン全部押し付けて逃げてきたんだって。それが真実。」
「‥‥は?どう言う事?何で今更‥」
「あの時父さんと狩りに出かけてた1人が漏らしたのよ。酔った勢いに任せてね。もう時効だろって」
「なんだよそれ‥じゃあなんで母さんが!こんな苦しまなきゃ行けないんだよ!!」
「ほんっと馬鹿馬鹿しいわよね。生きるために父さん殺したやつらに体明け渡して好き勝手にされて。あぁ、父さんになすりつけた理由?嫉妬だそうよ。くだらない。」
吐き捨てるようにそう言い放った母にアキヒトは呆然とし何も返せなかった。
動かぬアキヒトを尻目に母は
「まあ、そう言う事だから。」
と言い残し家へと踵を返し去っていった。
そして次の晩母は何事もなかったかの様に客を取った。その日の客は父の親友だった男であった。頻繁に家へと通う男は父の生前とは打って変わり会うたびに嫌味や折檻を行なってくる粗野な男となっていた。
その日も納屋へと行くアキヒトに向かい
「たまには見学でもしていくか?お前の母親中々いい声で鳴くぞ?」
下卑た笑みを浮かべる男を無視し、母の横を通りすぎ玄関から外へと向かう際
「アキヒト‥ごめんね」
母がそう呟いた。ギョッとし母に視線を移せば母の表情は無機質で感情が抜け落ちているかの様であった。
母をみて背筋に悪寒が走ったアキヒトは何も返す事なく納屋へと籠った。
納屋でひたすら道具の整備に勤しむこと数時間
いつまで経っても男が家から出ていく気配はなく時だけが過ぎて行った。
整備もあらかた終わり納屋を出て軽く伸びをするアキヒトは自身の家から人の気配が全くしない事に気づく。自身が知らぬ間に男は出ていき母はもう寝たのかと家の扉に手を伸ばしたその時、扉の奥から確かに嗅ぎ慣れた血と死の臭いが漂ってきた。
嫌な予感に背筋が凍りつき乱暴に扉を開け放つと母の寝室へと飛び込んだアキヒトはみたび背筋を凍りつかせる。
そこにあったのは血溜まりの中男の上に覆い被さるようにして事切れている母の姿であった。