4話
「アキヒト‥ごめんね」
無機質な表情でそう呟く黒髪黒目の女。おれをこの世に生み落とした女が投げかけてきた最後の言葉。ああ、またこの夢か本当に嫌になる。
まどろむ意識の中アキヒトの心を暗く濁った何かが侵食していく。
「‥‥ヒト!アキヒト!起きろ!交代の時間だ!」
狭苦しいアキヒトの部屋に男の声が響く。
粗野な大声で呼ぶ男の方をまだ開き切らぬ目で睨め付けると
「何ガン垂れてやがる!お前今日夜当番だろうが!さっさと代われ!」と不快そうな表情を浮かべるマクバの姿があった。
「悪い‥今行く」
先程の夢のせいか、眠りを妨げられたせいか鉛の様に重い心身を無理やり動かしアキヒトは見張り場所まで向かう。
鹿頭一団の現在の根城は双子山から南西に20キロ程の所にある鬱蒼とした森の中腹にある。
道なき道を数時間程歩くと突如として開けた空間に戦前に建てられた古びた円柱状の建造物がある。昔は天体の観測所として使用されていたこの場所も今は野党の根城として再利用されている。幸いにしてこの建物は出入り口が一つしかなく、天体観測の為屋上にもかなりのスペースがあり見張り易い環境が整っていた。
アキヒトは出入り口での見張りを命じられており、何か異変があれば屋上の見張りがすぐに合図を出す手筈となっている。この上なく楽な仕事だ。
案の定2時間ほど経っても何事も起きず、眠気と闘いながらアキヒトは物思いに耽っていく。
頭の中を巡るのは過去の事。胸糞悪い気分になるだけだとやめようとしても一旦巡り始めた思考は中々止まってはくれない。
アキヒトは小さな集落にて狩人の父フォークと異邦人の血を引く母マフユとの間に生まれた。父の名小さい集落の中ではあったが父は最も優れた狩人であり幼少の頃は何不自由なく暮らしていた。森へと狩りに出かけては大物を仕留めてくる父に憧れ、いずれは自分も狩人になるんだと心に誓い父の後ろをくっついて回り森の中を駆け回った。母は心配そうにはしていたものの、いつでもアキヒトの事を優しく受け止めてくれた。平凡だが満ち足りた生活。この生活が音を立てて崩れていったのは自身が11歳の頃だったか。近所の悪ガキどもと近くの野原を駆け回っていると突如森の入り口付近が騒がしくなった。何事かと騒がしい方向へと向かえばそこには父の仲間の狩人達がぼろぼろの姿で帰ってきていた。10人ほどで朝方に出かけていった狩人達は半数しか帰ってきておらず父の姿も見えなかった。騒ぐ大人達を掻き分け、父はどこか、何があったんだと問い詰めると、父と最も仲の良かった狩人から信じられない言葉が飛び出す。
「山中でビックホーンの群れを見つけた。狩れない数ではなかったが被害も出るだろうと仲間内で話し合ってる最中にフォークのやつが先走った。おかげで碌な準備もできず戦闘になりりこのありさまだよ。」
「恐らくフォークも他の連中も生きてはいない。俺たちも何とか逃げ延びたんだ」
狩人達の言葉に未帰還の者の家族は呆然と立ち尽くし、あるいは泣き喚いた。そして喧騒が一通り収まるとその者達のぶつけようのない悲哀や怒りはフォークの家族であるアキヒトと母に向けられた。アキヒトと母がなんども「そんなはずはない!何かの間違いだ」と訴えても周囲の人間からの風当たりは冷たかった。
突如として一家の大黒柱を失い収入が無くなったアキヒト達は最初の数ヶ月はどうにか貯蓄で食いつないだがさほど裕福というわけでもない家庭の貯蓄などたかがしれている。半年と持たずに貯蓄は底をついた。
そしてそこから地獄の様な生活が始まった。